ちらし寿司 七月三十一日、今日は娘の誕生日。 久しぶりに彼女の好物のちらし寿司を作ってあげようかな…。 色良く、つや良く、香りよく。勿論、味は絶品だ。もう私の脳裏には完成予想図が出来上がっている・・・と思った瞬間食欲中枢が刺激され、耳下腺からは豊富な唾液がしみ出てきている。 今まさに私はパブロフの犬そのものだ。 数時間後台所には、甘酢(あまず)の香りがいっぱいに広がり、とろ火にかけている小鍋がふつふつと小さな音を立てて私を呼んでいる。 誘惑にかられ「つい」ふたを開けるとそこには、干瓢や干ししいたけ達が、甘辛く香ばしい香りをいっぱいに漂わせて、機嫌よさそうにおしゃべりをしている。 そこへ、醤油差しで小さな円を描く。もう一差ししたいところだが、ぐっとこらえて静かにふたを閉じる。 次はお得意の錦糸卵の番だ。 よく溶きほぐし味付けした卵を、ほどよく熱したフライパンに少量流し込む。ジュッという音がしたら、フライパンを傾けて大きく円を描く。 黒いフライパンの肌に、黄色い滑らかな卵が私の思い通りに動いてくれる。 卵のふちが乾いてめくれ上がってきたら、両手でつまんで一気に裏返す。 「よしよし、うまくいったぞ」作業は順調に進んでいる。 最後の四枚目。卵の分量がちょっと多いけどまあいいか、入れちゃえ。これはちょっと時間がかかるので、その間にキュウリの千切りでもしておこうかな。 塩こくりをした後さっと熱湯に通したキュウリは、その緑がより一層冴え、誇らしげに自分の出番を待っている。 まな板の上に乗ったキュウリと、包丁を持った私の手が一瞬止まる。 その次の作業、キュウリを四等分するという単純な作業が私は苦手だった。 触覚を頼りに適当に四等分にしても、不揃いだったらと思うと包丁が入れられない。完成予想図に限りなく近いものに仕上げるためには、ここで手を抜いてはならない。こういう時に決まって私流の丸秘の裏技が登場する。 それは、「紙」。ここで私の場合点字用紙を使用する。 点字用紙をキュウリの長さにし、その用紙を半分に折ってキュウリの上に置き、包丁で切る。二つになったキュウリを二本揃えて、またその二等分に折った紙をキュウリの上に置いて四等分にする、というやり方である。 やれやれと思ってホッと我に返った瞬間、あっ!卵が――。 とろ火にかけていた卵が焦げている。慌ててひっくり返したが、もうすでに金色がキツネ色を通り越してタヌキ色になっている。 「やっちゃったー! んだがら油断するなって言ったベしゃー せっがぐ、こごまでいい調子できたなさー。ほんとに、おめなば、おっちょこちょいなんだから…」とブツブツとひとりごとをいっている。 「でもまあ金色とタヌキ色のリバーシブルの錦糸卵てゆうのもおしゃれだべー。」と気を取り直して最後の仕上げに取りかかる。 煮干のだし汁としいたけのもどし汁で作った冷やし汁を冷蔵庫で冷やしておく。 椀だねはソーメンと薄切りみょうがと、いたってシンプルなもの。 これで準備は完了。 スカーフをほどき、まずはお毒味。 ご飯の酢加減はまずまず良し。干瓢と干ししいたけもなかなかのいい味を出している。さっきの味の微調整は正解だった。 シャキシャキとした歯触りのキュウリも、何事もなかったかのようにすましている。ちらりとタヌキ色の混じった、ツートンカラーの錦糸卵も他の皆と口の中で調和して、とてもいい味のハーモニーをかもし出している。 細く切った海苔の風味と紅しょうがの辛さがピリッと味をしめている。 いいあんばいに仕上がったちらし寿司は、娘にほめられるのを楽しみに待っている。 いつものようにおなかをすかせて帰ってきた彼女は、ちらし寿司を見るなり 「やったぁー。こんたに手のかかるちらし寿司、よぐつぐったしゃぁー。」と私を喜ばせてくれる。 彼女が一生懸命食べている様子を見ていると、いっぺんに疲れが吹き飛ぶ。彼女の口から美味しいという言葉が出てくるのを今か今かと待っている、私とちらし寿司。 その時彼女は大きく息をついて、「うめぁー母さん。この冷やし汁いいだし出てて、すんごくうめぁど。おかわり。」 ちらし寿司の立場はどうなるのヨ…。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ヘヘヘ この「ちらし寿司」は十数年前の作品)?」でした。 安上がりな 誕生日ぷれぜんとでごめんなさい。 でも、改めて読みかえして、当時のことを思い出しています。 あのころはまだ フライパンの中の卵が、少し見えていたっけなー… でも 視力の進行度が、一番激しい時期でもあったっけなー… 第二の人生を歩もうと決めて、函館視力センターに入学し、資格取得を目指して頑張っていたころだったなー… でも正直なところ、そのころは、まだまだ 自分の中では、迷いや恐怖や、かっとうがあった。 勿論それは、視力低下のこと、勉強についていけるかどうか、人間関係など… あれから十数年、失ったものも多かったが、得たもののはるかに多かったことに、今あらためて思う。
by wappagamama
| 2007-08-08 05:29
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