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ちょっとうれしいことがあった最近の話その5


 押入れから私の宝物を発掘してくれたその翌日のこと。

 私の所属する、湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会と湯沢市雄勝郡鍼灸マッサージ師会との合同で、「地域交流活動として、毎年施設に赴いてボランティアマッサージを実施している。
以前は老人ホームなどに行っていたが、数年前からノロウイルスや・インフルエンザなど猛威を振るっていたころ、施設内に外部からの人の出入りを制限されたことにより、私たちのボランティアマッサージもその範疇にあった。
そのため受け入れ先を変えなければいけなくなり、私たちが普段お世話になっている施設にお礼をしたいという思いから、湯沢市社会福祉協議会へ受け入れていただくことになった。
勿論、社共さんからのさまざまなご支援をいただいていることは何回か記事にしたことはありますが、その他に私としては、部署は違っていても、介護福祉の方の職員さんたちにもマッサージで疲れを癒していただきたいという思いがあった。

 介護福祉のほうは、私がお世話になっているヘルパーさんたちの事務所であり・また、ディーサービスで働く職員さんたちの所属するところでもある。
普段、治療院にやってくる患者さんたちの仲には、そういった介護の仕事をしている職員さんたちがいかに体を酷使して働いているかということを目の当たりにしている。
お年寄りそのものは国・県・市町村から色々な恩恵を受けられる。
むしろ、そういった施設で働く介護しさんたち職員さんたちのほうが過酷な労働を虐げられている。
そういった方たちに何らかの手を差し伸べることができたらという願いがかなって5・6年になる。

 介護の職員さんたちが送迎や・在宅介護を終えて、事務所に戻るころを見計らって、実施時間を午後の4時半から・6時ころまでとした。
全般事務所の職員さんたちに、後半介護のヘルパーさんたちに利用していただけたらと思い、情報を流しておいていただいていた。


  今年は、施術者(鍼灸マッサージ師)6名に協力参加していただいていた。
社共の玄関に着いたとたん、数名の職員さんたちが出迎えてくれた。その中にはかの有名な「泣く子も黙る」局長さんの声もしていた。
そしてエルモの足を拭き、スリッパに履き替えたとき、小さな声で「柿崎さん Eです」と手を握ってくれた人がいた。
まさにその声は、あの記録長に書いてあったEちゃんだった。
畳敷きの広間のテーブルの足にエルモをハーネスをはずして渓流し、座布団を敷いて準備しているまもなく、普段私たちがお世話になっている職員さんたちが次々と挨拶にいらしてくれてマッサージを受けていただいた。
一番にいらしてくれたのが、Sさん、去年在宅介護で外出がなかなかできないご家族のために慰労会を企画していた所長さんである。
「あの時のマッサージがとても気持ちよかったと、皆さんに大変喜んでいただきました。今年もまた企画したいと思いますのでどうぞご協力ください」。と丁寧にてをついで頭を下げてくださった。
ご本人にマッサージを施してあげていたけど、腰周辺には手を当てただけでくすぐったいと、身をよじっている。まだまだ若い証拠です、それにくすぐったいくらいだったらこってはいないでしょう、とパンパンと肩を軽くたたいて「おしまい」
私の周辺で次を待っていた方たちからの笑い声がとんだ。

次にひかえし方は、前号でちらりと話題を出した、「私がお世話になっていた居宅介護のヘルパーさんの主任さん。
この方にも大変お世話になった。ここでも内容を詳しくお話できないのが悔しいが、この方は私の無理なお願いや、相談事の全てを解決してくださった。
一番ありがたかったのは、私の夫がすんでいた家が、今は住む人もなく空家となっている、豪雪が続いたここ4年の間にその家がつぶれやしないかと気が気ではなかった。
そこで、ヘルパーさんに、どこか安く雪下ろしをしてくれるところを知らないだろうかと話をしたところ、、その話がその主任さんの耳に入り、早速その話を社共会長まで伝わり、会長の引き入る「除雪救助隊」(名称は確かではありません)出向いていって一気に片付けていただいたという有難い有難いお話があった。

 次に控え仕方は、7月から制度が変わり、新しいヘルパーさんを派遣してくれる担当の職員さんである。
見習いに行った新しいヘルパーさんはいかがでしたか?と心配顔で伺いを立てに来てくれたようだった。
そこまで気を使ってくれなくともと思ったが、実はそのKさんとも他に複数お世話になっていた。
Kさんのご主人には、盲導犬ユーパスと一緒にあっちこっちの学校へ連れて行って行いただいたり、湯沢市の伝統行事「犬っこ祭り」の会場でデモンストレーションを行ったりと私を社会に引き出してくださった方の一人である。
そうゆう訳で、今春湯沢に就任されたその奥様には初めて出会ったような飢餓死なかった。
「柿崎さんのお話は主人から聞いています」との一言で、更に親しみを感じた。

 次の方も、今年あらたに赴任された、私たち湯雄視障協の担当になってくださったIさんである。
就任直後から湯雄視障協の定期総会の各種資料作成にはご尽力いただいた方である。
湯沢に赴任して右も左もわからないうちから、湯雄視障協というひとつの小さな団体から、こんなにも次から次と仕事が舞い込んでくるのか、と思われていたのではないかと思うほどの仕事量だった。
これも 以前は局長がにらみを聞かせていたので、こんなふうには頼めなかった。
稲川支所のAさんが点字資料を全面的に担当してくださって、湯沢のIさんは墨字資料の全てを担当してくださった。
定期総会が盛会裏に終えたのにはこの方たちの影のお力梨ではなしえなかったことである。

まだまだ他にも声をかけてくださった方は沢山いる、今年移動された元地域福祉の課長さん・赤い羽根共同募金公募事業でお世話になった方、その他各種イベントでお世話になった方等々、数え切れないほどの方々からの応援をいただいている。
 こうやって書いていて改めて思うに、柿崎妙子がこんにちあるのも、こういったかたがたからのご支援をいただいていたお陰と改めて感謝の気持ちがこみ上げてくる。
そして、我が湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会がこんなにも福祉の恩恵を受けながら、見守られていることを確信させられた。

 休むまもなく次々とやってきてくれる職員さんたちと、私以外5名の施術者さんたちとの会話が弾み、その広い畳敷きの部屋は活気にあふれてにぎわっていた。
物静かに腕を動かしている人・さすが と思うような拳打法(軽く握った両手を患者の体をたたくときに、親指のはじく音が軽快直人がでる)、患者さんとの会話のやり取りが周囲の雰囲気を盛り上げてくれている施術者等々施術者にもそれぞれお得意分野があり、それぞれみな自信とプライドをもっている。
ボランティアマッサージだからといって誰一人として手を抜こうな土と思っている人はいないはず。
むしろ、クイックサービスなので短い時間内でいかに楽にしてあげられるかと一生懸命になっているはず。 
一旦手をかけてしまったら誠心誠意尽くしてしまうというのがプロの宿命のようだ。
施術者の中には、肩を骨折してまだ痛みの残っている人もいる。私といえば、そのころは体調が思わしくなく、それに伴い腰痛も発祥しているという最悪な状態だった。
にもかかわらず、……。
そうこうしているうちに、終了の時間がちかづいた。
やはり、介護の職員さんの中には、時間まで間に合わなかった方もいたようで、待っていたけど会えないでしまった方もいた。
と チョット残念に思って帰り支度をして玄関に向かった。
次回へ続く
by wappagamama | 2013-07-19 11:29
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