三陸物語:視覚障害の兄妹・中村亮さん、三三子さん/1
◇避難の数十秒後に津波
鍼灸(しんきゅう)師の中村亮(りょう)さん(57)と妹の三三子(みみこ)さん(55)。全盲と弱視の兄妹が2人で住んでいた岩手県釜石市の治療院兼自宅も、津波に襲われた。
中村治療院に津波が達した瞬間を隣の写真館の菊地信平さん(63)が撮影していた。3月11日午後3時22分のことだ。写っている男性は直後に津波に巻き込まれ、建物の内部に押し込まれたが、神棚につかまって天井とのわずかのすき間で息を継いで生還。女性は治療院の外階段を駆け上がって、一命を取り留めた。
36分前の地震発生時。亮さんは1階の治療院でパソコンをいじっていた。ストーブにかけたやかんを右手で持ち上げ、左手で柱につかまって踏ん張ったことを記憶する。パソコンが倒れ、ビンが流しに落ちるのは音で分かった。
一方、三三子さんは歩いて10分のスーパーで買い物中に地震に遭い、家に急いだ。普段は信号の音を聞いて交差点を渡っていたが、この時は停電で音がしなかった。
揺れが収まり、中村さんが居住スペースの2階に上がると、家具はすっかり位置を変えていた。上着を着て1階に下りたところに、三三子さんが帰宅。「逃げよう」と告げて携帯ラジオを取りに2階に戻り、スイッチを入れると現場中継が飛び込んできた。「津波が今、釜石港の防潮堤を越え、車をのみ込みました」。治療院は港から600メートル。血の気が引いた。
白杖(はくじょう)をついて路地に出たら、隣組の女性2人の声がした。「待ってたの、一緒に逃げっぺ」。一人が荷物を持ち、もう一人が中村さんに腕を貸し中村さんが三三子さんの手を引いた。
写真はその数十秒後に撮影された。長きにわたる「見えない避難生活」の始まりを切り取った一枚である。