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思い出したくなかったもうひとつのバス疑惑?…



 バスでの不愉快な出来事を書いているうちに、以前にもこれ以上の不愉快な経験をしたことを思い出してしまった。

 封印してしまいたいくらい思い出すのもいまいましいことだったが、この際ついでなので記事にしておこうと思う。

 それは、今から約17・8年ほど前。
そんな昔のこと今更むしかえして取り上げるのもどうかと思うが、その当時はなすすべもなくされるがままになっていた当時の自分が情けなくなって
…。
今だから出来るブログ上でのせめてもの報復(?)。

 それは、バス通勤していたころのこと。
そのころは弱視ながら視野の真ん中だけの視力がまだ若干残っていた。
視野が10度以内だったので、その10度内に視点が会えば多少のものは見えていた。

 10度内に視点をあわせる動作が困難になっていたが、それでも視点さえ会えば、なんとかの文字や人の顔なども見えていた。

 しかも、わたしのこの病気の特徴として、外見から見ては晴眼者となんら変わらない目の動きをしている人が多い。
一見すれば誰もが目の不自由なものとは気づかないらしい。

 人と接しているときには普通、話をしている声の方へ自然に目を向けている。
それに、顔面の中のパーツの一っことしてみても、幸か不幸か、わたしの目は決して小さくはなくしかも二重で(ふたえ)でそれなりに人並みらしい…。
 そもそもがそんなこんなのもろもろのことが重なって起きた誤解なのかもしれないが(?)…。


 通勤に利用していた定期バスなので、毎日それに乗らなければ通勤できない。
バスは毎日同じバスだけど、ドライバーは毎日違う。
そのころはまだ白杖使う勇気もなく、いつも折りたたんだままバックに入っていた。
乗車料金の支払い時にはいつも手帳を掲示していた。

 バスの乗車口がわからなくてうろうろしていたり、乗車券の取り出し口がわからな
くてもたもたしていても、たいていのドライバーはわたしが目が不自由なことを理解してくれていた
中には「手帳は出さなくともいいよ」といってくれるドライバーもいるくらいだった。

 そして困っている様子を見て、声をかけていただいたり、手を貸していただいたり親切にしていただいていた。

 ところが、ドライバーの中にも様々な人がいて、約二人「わたしはこの人に嫌われている」と明らかにわかるような態度をとる人がいた。
そのうちの一人は最悪だった。


ひとつには、 バス停の前で待っているわたしより、すこしずれた場所に停車する。
ふたつには、乗車券の取り出し口がわからなくて手で探していても、その様子を何にも言わないで黙ってみている。
みっつには、これがなんていったって一番最悪。
毎回毎回身障手帳をを請求する。
それも「手帳」とぶっきらぼうに一言いうだけ。
しかもその手帳をわたしの手からとって、2・3ページしかない手帳の中身をまじまじと時間をかけて見ながら、わたしの顔と照らし合わせている様子。
そのときのそのドライバーは一言もことばを発することなく、その後何も言わないで黙ってその手帳をわたしの方へ差し出していたようだ。
わたしはそのときのドライバーの顔を覚えておこうと、一所懸命目を凝らして見ているので、手帳を差し出しているドライバーの手の方は見えていない。
沈黙のまましばらく黙ったまま。
最後の駄目押しに「フ」と発して、手帳を何かに叩きつけて、音を出してわたしに気づかせようとしている。

 たった数十秒だったのかもしれないが、わたしにとっては最高に屈辱的な悪夢のような時間だった。
それも、一回や二回にとどまることなく。
今でもそのときのそのドライバーの顔は、はっきりと覚えている。
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by wappagamama | 2010-05-24 23:46