4年生の授業風景その3


目の不自由な人と一緒に楽しくお食事が出来る方法。
そして お金の識別の方法とふたつのお勉強をしました。
最後にもうひとつ必ずやることがあります。
そう それはサウンドテーブルテニスです。
勿論そこにはSTT用のテーブル(卓球台)はありません。
なので直接体育館の床にボールを転がしてやります。
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10人ほどの子供たちに鉛の入ったSTT用のボールを手渡しておきます。
ひとりずつわたしのほうへ向けて転がしてもらうのですが、転がす前に「いきます」といってわたしが「ハイ」といったら転がしてください。
わたしと子供たちとの間隔は3mほど。
ルールに従ってわたしはあえてアイマスクをつけています。
最初の子が「いきます」「ハイ」の合図と共にボールを転がしました。
わたしはその転がってくるボールの音を耳を澄ませて聞いています。
直前まできたボールを、持っていたラケットで「カコーン」と打ち返しました。
体育館の子供たちからいっせいに完成と拍手が沸き起こりました。
でもそのざわめきはスグに静まります。
「サウンドテーブルテニスのサウンドってどうゆう意味ですか?」とのわたしの問いに対して「音ぉーっ」と 返事が返ってきます。
そうです このスポーツは音だけが頼りのスポーツです。なので周りがガヤガヤしているとボールの音が聞こえません。 
わたしがボールの音を正確に聞き分けられるように協力していただけますか?。
「いきます」といってプレーがはじまったら子供たちはシーンと見守っています。
次々と子供たちの手からボールが飛び出します。
時には暴走するボール。
そのボールを追手わたしの体が滑り込みセーフのポーズになることもあります。
そんな時また子供たちからの拍手が沸きます。

 こうやって子供たちと遊びながらスキンシップをし、目の不自由な人へ対しての先入観や偏見を取り除けたらと思っています。
ところが これこそわたしの子供たちに対しての偏見で、子供たちのイメージの中には偏見や先入観などというものはそんなにないのです。
むしろ大人のほうがその傾向が強く、亜全とさせられることもよくあります。
最近経験したことをひとつお話させてください。

それもある学校のお手伝いに言ったときのことでした。
応接間に通され、「少しお待ちください」といわれたところまではよかったのですが、ひとりの女性がやってきて、いきなり盲導犬に話しかけ始めたのです。
よっぽど犬好きな人のようで、めずらしさとかわいさに夢中に成っている様子。
その間わたしにかけたことばといえば、「犬っ子の名前はなんてゆうの」とひとこといっただけ。
エルモっていいますと答えたが、でも今はお仕事中ですので話しかけたり名前を読んだりは遠慮してくださいと伝え、今布施をしてキチント待っていたところへあなたに声をかけられたのでこの子は立ち上がって尻尾を振っていたでしょ?これは盲導犬としてお行儀の悪いことなのです。ご協力してくださいね。といったら何を思ったのか何も言わないでその場から去っていきました。
その日は他のクラスにも秋田から講師を呼んでいるので忙しいのですとのこと。しばらくしたらわたしの掛けているソファーの後ろのほうから、弾性の声がして「今日はご難儀かけます、宜しくお願いします」と会釈をしてスグ戻った人がいた。
そのうち もうひとりの講師が見えたらしく、隣の部屋から挨拶を交わす声が聞こえる。
接待をしているのはさっきわたしに声をかけた男性の声。聞くとも思わずに聞こえてくるその接待振りはとても丁寧な物腰。
さらにさっきの助成がお茶を運んで進めている。それがどうゆうわけかコーヒーカップとスプーンの音がする。
わたしの耳はダンダンダンボになっていく!!!。
ひとりで待たされているわたしのテーブルのまえにはポツンと番茶が置かれてある。
ナ ナ なんだこの待遇の違いは!!!。
そうだ 思い出した! ここの学校には数回来ているが、その都度対応の悪さに不愉快な思いをしていた。
担当の先生だけが一生懸命頑張っていても、周りの職員との連携が出来ていないので外部からわたしが言ってもだれひとり対応してくれるものがいなかった。
それがこの学校へきた時の一回目の感想だった。
2回目3回目とその都度非常に不愉快な思いをしている。
にもかかわらず何故にそこへ行くか? と自問自答してしまう。
 前回前々回の記事にもアった様に、こうゆう偏見を持った大人になる前に、子供のうちから正しい目で見られるように、伝えることが大切なのではないかと思っている。

何処の学校へ行っても校長先生・教頭先生・そして手の空いている先生方がわたしの授業を参観してくださっている。
何処の学校へ行っても、応接室・校長室には多数の先生方、時には子供たちまでが、入れ替わり立ち代りおはなしをしにきてくれる。
帰る頃には多勢の子供達も玄関屋窓から見送ってくれている。

 純粋な子供たちに正しい知識を伝えることのお手伝いをしているわたしですが、時としてこころない大人の差別に怒を感じずに入られません。
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# by wappagamama | 2007-11-01 12:31

4年生の授業風景その2


昨日は みんなと楽しくお食事をしました。
今度は支払いをしなければいけません。
それでは今日は、お金を間違わないで支払ったり受け取ったりするのにはどうしたらよいか、とゆうお勉強に入ります。

 お札には目の不自由な人のために色んな工夫がされてあります。
現在のお札では、角度によって一箇所がピカピカ光るように成っているもの。
それと 一箇所がゴソゴソして肌触りの違うものなどとそれなりの工夫がされてはありますが、そのいずれも全く視力のない人や指の感覚があまりよくないひとにとっては有効的ではありません。
以前はお札の隅に点字のようなぼっちが付いていましたが、それはお札が古くなるとほとんど識別できませんでした。
それらの方法ではわたしも大変時間がかかるし、間違いやすいのでそれはほとんど利用していません。

一万円札・五千円札・千円札それぞれ2枚ずつ用意し、わたしがそれぞれ一枚ずつ、そして子供たちに一枚ずつ手渡しておきます。
 五百円玉・百円玉・五十円玉・十円玉・五円玉・一円玉とひとりの子にそれぞれ同じコインを5枚ずつ手渡しておきます。
そしてそこから 自分の好きなだけわたしの手に返してもらいます。
わたしの手の中に入っているお金が、指で仕分けされ金額が発表されます。
子供たちからの歓声が飛びます。

 種明かしが始まりました。
先ずお札から。
3枚のそれぞれのお札を縦にどちらかにそろえます。
すると横の幅は3枚とも同じなのに比べ、縦の長さは3枚とも全て違います。
長さの違いを子供たちに見せながら、一番長いのが一万円。
真ん中のが五千円。
一番短いのが千円とそれぞれ2・3ミリくらいの違いがあることに子供たちの目が釘付けに成っています。

 次はコイン
五百円玉…一番大きくて重くて淵にギザギザがある。
百円玉…五百円玉よりは大分小さくて軽いけどギザギザがある。
五十円玉…百円玉よりは少し小さくて真ん中に穴があいていて、これにもギザギザがアル。
十円玉…百円玉よりはほんのちょっとだけ大きくて、淵にはギザギザがない。
五円玉…これも五十円玉よりはほんのちょっとだけ大きくて、真ん中に穴があり淵にはギザギザがない。
一円玉…今までのどのコインよりも小さくてどのコインよりも軽い。

弱視の人には色の違いも判断材料にすることが出来る。が全く見えない人はこうやって触角で確かめている。
それともうひとつ、聴覚で確かめる方法もある。といったらみなさんはどんなことを想像しますか?

 ウッカリ床に小銭をばら撒いてしまったとき。
特にバスの中などでよくやりました。
これは大変です! 
すいているバスだったらどうにかなるけど、込んでいるときはしらんかをするか、人に拾ってもらうしかありません。
手探りで探す姿を周りの目に晒してまで、小銭を拾うか?それとも 素直に周りの人に頼むか決断の分かれ目です。
もっともこれはまだ自分が視覚障害者として自分を認めていなかったときのことですけどね…。

 でもそんな状況の中であっても、人間の本性とは恐ろしいもの…。
転がった小銭が複数枚だったら、五百円玉が転がっていった方向を必死で耳で追っています!。
五百円玉なのか 十円玉なのか 一円玉なのか 落ちて転がる音で大体の判断が付きます。
欲の皮が突っ張っているわたしには五百円玉の行方をキャッチする才能があるので
す!。
すごいでしょう!
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# by wappagamama | 2007-10-31 21:08

4年生の授業風景


先日ある学校からの依頼で、4年生の授業のお手伝いをしてきた。
前回の授業では、「目の不自由な人への食事のサポートをする場合、どのようにしたらよいか」という内容も組み込んだ。
その際 担当の先生に作っていただいた、ご馳走のセットがある。
そしてそれは 私の行く先々で、ときおり出場していた。
今回もその先生からの依頼でそれをまたやって欲しいとの希望だった。

四角のおぼんにご飯 味噌汁 漬物 キンピラゴボー ハンバーグ お茶と、おいしそうなご馳走が黒板に貼り付けられた。
 そうそう それは教材なので、画用紙に描いたものを切り取り、いっこいっこ磁石が付いているものである。
最初はおぼんにご馳走が並べてある状態。
このご馳走を 今私は食べたいのですが食べやすいように教えてください。と問いかけると、一瞬し~んとなる、その後それぞれ思い思いにばらばらに話し出す。
 その品物を順序に話し出す子。
手に持たせてあげるという子。と何とかしてあげたいという気持が現れてはいるが、
どうしたらよいかわからないのが本音のところだと思う。
残念なことに、それだけでは十分ではないこと、手に持たせてもらうと、一緒に食べている人もわたしも大変なので、もっと簡単にわかりやすくそしてお互いが楽しくお食事が出来る方法ガあることを話す。

一旦 ご馳走を外し、おぼんだけが黒板に残る。
四角のおぼんを時計の数字版とおもって想像してください。
(わたし) 真上。ここの数字は何ですか?
(子供たち) じゅうーにぃーっ!
(わたし) じゃーぁ 下は?
(子供たち) ろくぅーっ!
そして3・9ト書き入れて、その中間の数字も頭に入れておいてね?といったあと、
今度はそれぞれのご馳走を、またおぼんの中に並べてもらう。
そして ご飯は何時のところにありますか?と問いかけると、チョットまが空いて、「7時?」と子供たちはチョット自信なさそうに答えるが、
でもわたしがその7字のところにあるご飯に手をやると、子供たちはいっせいに「ウワーッ!」っと歓声を上げる。
ヒトツがクリアできたら後は簡単!。
そして メインの料理 ハンバーグは、大きなお皿にハンバーグ トマト ブロッコリー キャベツなどが盛り合わせてある。
また そのハンバーグのお皿を時計の数字版と考えてください。
トマトは何時のところにありますか?とさっきの復習がはじまると、子供たちの声は一段と大きく元気になる。
その子供たちが答える数字のところへ、わたしの指がピッタシ当るたびに、わたしと体育館の子供たちはひとつになる。

最後に 味噌汁やお茶などのように熱いものは熱いから気を付けてね。
そしてコップやワイングラスなどのように背の高いもの・壊れやすいものなどがある
ときは、右側にワインの入ったグラスがあります」とひとこと伝えていただけたら最高にしあわせな気分になります。
そしてご馳走がさらにおいしくなり、一緒に食べている人たちともモット仲良しになれるのです。
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# by wappagamama | 2007-10-29 20:21

祝勝会


全国障害者スポーツ大会 若杉大会において、秋田県選手団は、見事に大勝利を勝ち取った。
その栄光を称えて先日秋田市において祝勝会が開催された。
壇上の選手たちは みな安堵感と、達成感に満ち溢れていた。
そして 審判団・サポーター・指導員と挨拶が続いた。
みな興奮の渦が覚めやらず、涙声になっている人もいた。

 全国から集まった選手たちはほとんどが トップレベル。
我こそはとその意気込みも半端ではない。
いざ 試合が始まると、選手は勿論、審判団さえも緊張して、手足が振るえているとのこと。
それだけに 審判のジャッチは非常に正確さを要求される。
勝利の有無はある意味、審判に託されているといっても過言ではない。

閉会式の行進では、感動!感動!の渦で7割の人が涙していたとのこと。
そんな渦中、他県から、K審判を探し回りあいに来てくれた選手がいたとのこと。
その選手は全国的にも決して弱いほうではなく、それなりのレベルの選手だとのこと。
K審判の担当コートの際、「フォールディング」での判定を相当数取った選手だったので、もしかして?と一瞬不安がよぎった。
ところがその選手は「ありがとうございました」を繰り返し、K審判に抱きつかんばかりにして、自分が貰った花束をプレゼントしてくれたとのこと。

 採られたフォールディングのわけは、ラケットの角度!
その選手はその自分の癖に気付いて、K審判にどうしてもお礼を伝えたかったのだと思う。
そんなこんなの裏話を、わたしの席の隣でK審判はチョット興奮気味で話をしてくれた。
そこに参加できなかったわたしにもその雰囲気は充分伝わった。

 そして 祝勝会もたけなわ、最後にK監督からの好評。
選手ひとりひとりの試合のスコアー表に従って、的確な評価が発表された。
試合の流れ・選手の精神状態そして 次の対戦相手の試合を事前に見学して、情報を収集したりと、その報告の内容はむしろ、見えない私が現場で見ている以上にリアルに伝わってくる。

 対岸の火事的だったわたしではありましたが、祝勝会に参加してみんなからの感動のおすそ分けを頂きました。
そして フォールディングを取られても尚感謝の心を伝えようとする、そのスポーツマンシップにも敬意を表したい。
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# by wappagamama | 2007-10-25 14:03

泡盛・かきこみ・車椅子ダンス


9月の記事「さんまのなめろう」に対してのかきこみの中に、「わっぱがままさんは 泡盛も飲める?」とゆうのがありました。
「ン? それって もしかして?」とひそかに期待していたことは確か。
アレから約一ヵ月後車椅子ダンスの練習会の会場で「ハイ 約束のもの」といってわたしの手に小瓶が渡された。
「ん? なーにこれ?」って思った直後、それが泡盛であることがすぐにわかった。

そうそれは あのかきこみをしてくれた 沼さんからのものだった。
まずは その泡盛が何故に手に入るのかという 説明からはじまるのが、沼さん流のいつものやりかたである。
ズックを爪先でトントンと床に叩きつけたあと紐を結びながらその説明がはじまった。そしてそこにいた7、8人ほどの車椅子ダンサーたちと、ひとしきり泡盛談義をした後、それぞれのポジションに付き、ダンスの練習が始まった。

ブログヲ開設して半年、ブログ上のやり取りの中で現実に物品が手に入ったという経験は初体験である。
いつも こちらから一方的に記事を投稿しているが、それがなんぼのもんかはわたしには いっさいわからない。
記事を作成しながら真夜中に 時々孤独に駆られることさえある。
そんなとき 訪問者数を覗いたり、記事に対してのかきこみが入ったりすると、ひとりで有頂天になって一喜一憂している。
今回のこんなパターンはまたなんともうれしい。

 ところで、ブログに対しての「かきこみ」のやり方に付いて、ダンス終了後  侃々諤諤(かんかんがくがく) 泡盛以上に、ダンス以上に口角泡を飛ばしてすさまじい状況となった。
このダンス仲間たちにもわたしのブログを見てくれている人たちがいる。
でもかきこみのしかたがわからないので、やりたくてもできないとのこと。
ちょうどそこにいたのが、パソボラの沼さん。
パソコンの話になったらひとりひとりバラバラ!
やっていることも違えば、パソコンの機種も違う。何より自分の興味の強い事に関しては口から泡が飛ぶ!
いくら秋の夜長とはいえ、広くつめたい体育館で反響するみんなの声は、いつまでも止まらない!。
結局 パソコンを目の前にしながらでないと、話ガ見えないという結論に達し、その日は 皆それぞれが不完全燃焼のままに家路にむかった。

 この集まりは、「ひまわりの会」と称して、「やりたいことをやる会」の お題目の元に有志が集まったものである。
 以前の記事に、「車椅子ユニバーサルダンス」というタイトルで記事があったことを、みなさんは記憶にありますか?。
その時のメンバーが、その後その イベントだけでばらばらに成ってしまうのはどうしてももったいない!という思いがひとつになり、再結成されたのがこの「ひまわりの会」です。
最初のきっかけは、NPO団体の方たちが立ち上げたものにわたしたち障害者が共同で何かをやるという形でした
その後 ひまわりの会となってからは、障害者が中心と成って、NPOの方たちが側面から全面バックアップするという形になったものです。

発足時の話し合いの中で、 これまでの障害者を取り巻く社会との繋がりに、何らかの疑問や不振などを抱いていたことなどの共通点を確認しあったこと、そして、自分たちの夢を琢セルすばらしい人たちとの出会いがあったこと。
こうしてひまわりの会が生まれたのです
自分たちで自由にやりたいことをやる。でもそれにはおのずと限界が生じる、そこでNPOの方たちにサポートしていただいて一緒になって新しい形の会を作ろう というわけです。

こんな風にお話していても 伝えたいことが、みなさんにどのヨうに伝わっているのか疑問です。
わたしは口下手なので自信がありません。
わたしたちも、どれだけ続くか正直先が見えません。
でも今はっきり言えるのは、今までにであったことのないタイプの人たちとこころがひとつになり、垣根を越えたお付き合いが出来ているという新鮮な気持で集えることです。
あせらず・きおわず・ゆっくりとたのしい会にしていけることを願っています。

やりたいこととして、現在進行形の、車椅子ユニバーサルダンス。
クリスマスパーティー(?)に向けて只今練習中。
ふたつめ
ぱそこん操作。
ブログに対してのかきこみなど。
でももう 夕べその中の友人のひとりが、かきこみに挑戦してそれをクリアーしました。
かきこみしてあるのにさらに電話で、「おめでとう」と長話をしているわたしたちでした。
目まぐるしく忙しい秋の夜長でした
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# by wappagamama | 2007-10-25 00:56