チョット 町さ用足しに…PAATOシックス  ブティック編その2


ユーパスの時代から、素晴らしい思い出を一杯作っていただいた、このブティックのオーナーさんは、元々は娘繋がりのお付き合いである。
ユーパスが我が家にやって来てから、この辺では盲導犬第1号だったため、徐々に学校やマスコミなどから注目されるようになっていた。
そんなあるとき、県南の情報誌を目にしたオーナーさんから電話がはいった。
わたしが若かったころやってみたいと思っていたが実現できずじまいの、趣味のきじに注目してくれたのだった。現在そのオーナーさんは、横手のスタジオに通いその趣味を満喫しているとのことだった。
よかったら一緒にレッスンに通ってみないかとのお誘いだった。
いざとなったら、わたしも中々決断できないでいたが、誘ってくれる人がいるという安心感と、このチャンスを逃したらという思いで、おことばに甘えることに下。

 
最初は場違いな感じを消し去ることが出来ずに、恐る恐るだったが、励まされながら何回か通っているうちに楽しくなってきた。
その時の様子が「ユーパスクンは今日も行く」のコラムに載っています。次号で紹介しまーす。

それから 数年、可愛がっていただいたユーパスが亡くなった時にもご家族といらしていただきました。
その祭壇と様子にびっくりしたそのオーナーとご主人様は、その場でマスコミに連絡を始めた。
お陰さまで、以前紹介していただいたことのある、県南の情報誌に「ユーパス逝去」の記事が大きく記載された。

 そして、2005年 新パートナーエルモとの、生活が始まって間もないころ。
事件がおきた。
エルモとの歩行も数ヶ月と、まだまだ不安定な時期だったので、気持を集中して気を付けて歩いていたつもりだった。
新国道に出て、ロイヤルホテルへ向っていたときのことだった。
途中まで来たら何時もと様子が少し違うのに気が付いた。
車の往来が激しいのと、その車の動く方向がいつもより複雑な動きをしている。
おかしいなー おかしいなーとおもいながら、車の往来がこわくなって少しずつ右側に寄せながら歩いていた。
そしたら、突然エルモが動かなくなってしまった。
少し右に寄せすぎたかなと思い、左側に誘導しても動かない!
元来た方向へ誘導したがそれでも動かない!通るのは車だけで人っ子一人通らないため誰にも聞けない。
仕方なく少しずつすり足で動いてみた、ヤット 手に触ったものが、ばかに太い、電柱のようなものだった。
そうしている間もエルモは頑固として動かない!体調が悪い様子でもなさそうだし、ましてやストライキなんてことは考えられない。
「エルモ どうしたの おうちに帰ろうか?」といっても動かない!
仕方がないので、そこから一番近い友人といえば、ブティックだったので、携帯から電話をした。
現在地だろうかと思う位置を伝えても見つからないとのこと。
彼女は新国道を南に向って来てヤット探してくれた。
そして、エルモがここから動かなかったことを話したら、彼女はビックリして感嘆の声を上げた。
エルモ偉い! エルモすごい! エルモ母さんどご守ったのが! エルモすごーい すごーい」の連発!
エルモのからだの横には人間がひとりすっぽりはいれそうな深い穴があいているとのこと。この穴から母さんを守ってくれたんだエルモは偉いねーと彼女は涙声になっている。見えている人に事情が分かってもらえて、エルモにとっては、大切な大切な理解者である。

 盲導犬としてまだまだ経験が浅いので、何かトラぶったのではないかと思った私が間違っていました。
エルモの能力の高さ、それは亡くなった矢内さんの言葉は確かでした。そして、そのエルモを盲導犬として訓練してくださった、協会のI・Kせんせいの指導力に対しても、そして、愛情一杯に育ててくださったパピーさんのK・Kサンゴ家族に対しても、改めて感謝の気持が深まっていました

 そんなユーパス・わたし・エルモの人生に深く温かくかかわってくださっているオーナーさんは、S・Yサンといいます。
このようにして、わたしたちは大勢の方たちのお陰で、楽しい人生をエンジョイしています。どうしたことか、チョットお硬くまとまりのない記事に成ってしまいました。ごめんなさい
今後も長い目でお付き合いくださいね。
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# by wappagamama | 2007-09-07 19:30

チョット 町さ用足しに… PAATOファイブ  ブティック編その1



午前9時半頃自宅を出発してから、もうすでに 7時間半が経過している。
その間エルモのオシッコタイムのタイミングをイシテシマッテ気になっていた。
今回のコースは町のど真ん中を歩いているため、ちょっとした路地や空き地がわたしにはわからない。

その点、弱視のユーザーよりは、盲導犬に対しても負担がかかることが多くなっていると思う。
一回の外出で数カ所回らなければいけないときには、朝食のときに水分を少なめにしておく必要がアル。
今回はまたタイミングが悪く、丁度オシッコタイムに適した時間帯が、土砂降り雨と成って、一歩も外へは出れない状態だった。

また 誰かに誘導してもらっているときでも、相手に悪いと遠慮してしまい、それも エルモへの負担となる原因となることは、承知しているのだが…。
「ごめんね エルモ」
あと 数分で最後の目的「ブティック」だよ! 「もう少しだからガンバレエルモ」
年に1・2回しか来れないので・エルモがお店のドアーを忘れて通り過ぎたら大変と、携帯からオーナーに電話をして、「ドアーのところで見ていて」と頼んだ。
エルモの歩きが少し早まって嬉々とし始めている。もう オーナーを見つけたのだ。
近付くにしたがって尻尾の振りにもエルモの感情が表れている。
でも決してわたしの歩調を崩すようなことはしない。
しかも、そのアーケード街は道幅が狭い上、いつも自転車が自由に乱雑に駐輪してある。
盲導犬エルモにとっては、その力量を試される道でもある。
そんな難問を難なくクリヤしつつ、しかも大好きなオーナーを目前にしながらも、わたしを安全に誘導しているエルモ。
「グッドボーイ グッドボーイ ゆっくりエルモ」といいながら無事到着!
オーナーは、こちらのお願いしたマナーを守り、声を出さないで笑顔で見守ってくれている。本当にありがたい。
順調だったのはそこまで。うれしさのあまりエルモはオーナーに飛びついてしまった。でも エルモも喜んでばかりもいられない。「
オシッコ オシッコ エルモのオシッコ場所に連れてって?」と「オシッコ」ということばを出したとたん、エルモも「あっ そうだった 」と思い出したように何時ものオシッコ場所へと直行。
偉かったねー エルモ いいこだったねー エルモ よしよしよし」のわたしのことばとエルモのオシッコのしぶきの音がハモってなんとも心地よい!
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# by wappagamama | 2007-09-07 15:26

すすき・コスモス・赤とんぼ


治療を終えた患者さんは、身支度を整えた後、枕のタオルやバスタオルなどをたたみ、ベッドメーキングをしてくれる。
時には落ちている針やお灸の燃えからなどもそれぞれの処理場所に処理をしてくれる患者さんもいる。
その間わたしはといえば、その患者さんに使用した使い捨ての鍼灸の処理をし、テーブルの上を片付け、次の患者さんを迎える準備をしている。
狭い治療室ではあるがわたしにとっては大切な空間である。
そんなとき身支度を終えた患者さんは治療室の窓辺に立ち、外を眺めながらこうゆう「あらー ススキの穂に赤とんぼが… ええごどー?」
その一言でわたしの脳裏にはすがすがしい秋の景色が駆け巡る。患者さんとの何気な
いそんなひと時がわたしは大好きです。

 今は初秋。ススキの穂に赤とんぼが青空にゆれている様子…
でもこのシーンには、残念ながら匂いも音もない。
患者さんが何気なく窓の外に目をやり、何気なく言葉にしてくれたことが、私の脳裏に記憶が蘇るのです。
なんてステキナ一瞬でしょう。

 梅雨時、窓辺には アジサイの花がたわわに咲き乱れる。
この季節はムシ暑さで気持がめいってしまうこともある。
でも 湿度90パーセント以上の空気中に、窓辺のアジサイが、部屋一杯に芳醇な香りで満たしてくれる。そんな季節も、患者さんたちは、むらさきの額アジサイが見事に咲いていることを教えてくれる。
そして、時には「しぇんしぇ 花バサミを貸して」と、一抱えのあじさいを切ってく
れ、首が重くなって座りの悪いアジサイを、花瓶に生けながら思わぬサプライズに大喜び。

 だが そのあじさいが満開になるころには、大きな足長蜂が飛び交うようになり、怖くて網戸はひらけなくなってしまう。
治療中も網殿直ぐ外ではブンブンと足長蜂の羽音が聞こえている。

我が家の治療室の窓辺の様子を文章にしてみました。
文面だけで聞いていると、美しい自然のイメージですね。
でも 実際はそうではありません。
本当のことを言わないで、イメージの世界にお任せしていたほうが良いのかなとも思いますが…。

北側の隣には、人が住まなくなって、十年以上のりっばな家があるのですが、今 流行りの古民家にはもってこいの広い庭付きのお屋敷が、荒れ放題と成っています。
さっきから登場している、すすきもあじさいもぜーんぶ隣の家のものです。
ついでに、「かなへびでも出てくればお話の内容は完璧になるんだけどなー…。」
でもまぁー 足長蜂で我慢してもらいましょう。


追伸
タイトルのコスモスが登場しませんでした。ごめんなさい

毎年毎年 大好きなコスモスを植えていたのですが、以前の記事に書いたように、春に長期留守をしていたので今年は植えないでしまいました。
植えていたら、今 がさかりだったろうなぁーと、チョッピリ寂しい思いをしているので、タイトルにだけ載せさせていただきました。ゴメンナサイ
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# by wappagamama | 2007-09-06 20:40

パソコンのデモンストレーション


昨日は、横手市の「かがやきネットまつり」のイベントとして、パソコンのデモンストレーションに参加してきました。
わたしのパソボラ「NPOトピア」さんからの依頼で、視覚障害者でも、このようにパソコンを活用できることを、社会に紹介しませんか、ということで参加したのがきっかけで、今回で5回目となりました。
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 今年は チョット趣向を変えて、大きなスクリーンにパソコンの画面を映し出して、多勢の人たちに見てもらえるようにセッティングしてくれていました。
そして、今回は実演者がもうひとり。
我が視障協の事務局Tさんも応援に駆けつけてくれました。
音声ソフトを使ってのメールの送受信の実演なども紹介できればという目論見もありましたが、サーバーとの接続のトラブルが発声してしまい、予定変更となりました。
どんなイベントでも本番では、予定通りにいかないことはよくあることなので、そこは臨機応変に…。
トピアのスタッフの方たちも、慣れた様子でいつも冷静沈着、その点こちらも安心していられる。
折角の貴重な持ち時間。ならばと、マイブログ「コスモス」をひらいて、エルモの写真を紹介しちゃいました。
大型スクリーンにも映し出してもらい、えるもクンここでも大活躍?

早速ブログアドレスをメモしている人、また 主催者のT・Mさんは「エルモの日記」のことなども紹介してくれていました。

 インターネットを自由自在に操って、豊かな情報を得られることなど、Tさんのお得意場面が発揮されたり、見えている人と何ら変わらず、キーボードの上を自由自在に動く指。それは勿論ブラインドタッチ!ほとんどの指がフル回転!
その指に連動して、画面が一瞬 一瞬変化する様子。
画面と指を交互に見比べている人の中には、「あっ もうひとつ右、あっ いぎすぎだ・ ンダここだ・ OK OK よしよし ・ンダンダ この字だ!」などとまるでプロレス観戦デモしているかのように、夢中になっている人も居ました。
 

 将来的には、「視覚に障害がある人たちにも、紹介ができたらいいね」という話で夢を繋げた一日でした。
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# by wappagamama | 2007-09-02 10:38

追悼


平成16年8月上旬、夏真っ盛り。
酷暑!酷暑!と大騒ぎしながら、湯沢視の勤労青少年ホームはその酷暑を吹き飛ばすほどの情熱に燃えていた。
全県から集ったSTT愛好家たちと、行政・審判員、地元のボランテァ・中学校卓球部などなど約50名ほどが集い、一つの目的を持ってそれぞれの立場で切磋琢磨していた。
「第一回湯沢市STT技術向上交流大会」が前年度大好評を記した。
地域住民の方々からこれほどま多勢の方々に応援していただいたのは、このときが最初だった。
みなさんから知恵を貸してもらい、力を貸してもらい、暗中模索しながら始めたことだったが、大会が終了する頃には、参加者全員こころひとつに燃えていた。
全県のSTT愛好家たちから「湯沢の大会は面白かった、是非またやって欲しい」との要望に答えて翌16年 第二回大会が行なわれたのだった。

 その年のボランテァの元締めをやってくれたのが、先日亡くなった「明日香ママ」だった。
人望の厚い彼女の一声でボランヘァさんたちが集まって着てくれた。
ほとんどの人が、視覚障害者へのサポートは初体験!
正に、お互いが手探り状態!
サポートの受け方もひとりひとり違うので、どうゆうやりかたをすればよいのかその都度聞いて欲しい、食事の際の配膳の時には、何処に何をおいたかことばで伝えて欲しいなどなど、一からのお付き合いのスタートだった。

吹き飛ぶ汗もものともせずに、競技2 熱がはいり、大会は盛り上がった。
熱中症対策にと、水分補給を呼びかけてるが帰ってくるのは、ブーイング!。
それもそのはず、大会終了後にはキンキンに冷えたビールが待っている。
正積発表で大会のフェニッシュ。
競技者への健闘を称え、関係者への感謝の気持で胸が熱くなる。

 さぁーっ 冷たいビールが待っている。反省会会場の「明日香へと!」
それぞれ湯沢の町へ飛び出した。
秋田市内からの選手団はボランテァさんのワゴンで来ていたので、それに載って、向った。
泳ぐようにして明日香へたどり着いたわたしたちを待っていたのは、冷たいビールどころか、店内の冷房が故障したと、あわてているママ!
しかも、一番早く出発したはずの秋田一個団体がまだ到着していない。
初めての道ではないので、迷うはずがない。
なんと、この暑いさなか 車まで故障して、皆で車を押して歩いているとのこと!
あぁーっ ! 最悪ーっ! 冷房と キンキンに冷えたビールを目前にして、汗を流しているだろうことを思い、半分かおが引きつりながら笑っている。
とにもかくにも、明日香の店内は、蒸気した団体で超満員に成った。

こんなどたばた劇にもかかわらず、参加者 協力者のほとんどが、口々に感動のことばを発してくれた。
ヤット冷房が復活したものの、みんなの蒸気は納まらない。電車の時間に成っても、誰も帰ろうとしない。
ママの人柄と山菜料理に、みなの腰に根っこが生えてしまったようだ。

それから5年、わたしたちは様々な活動を展開してきた。
その都度、「明日香」との繋がりが深く広く絆が深まっていった。
現在 わたしたちがこのような充実した活動が展開できるようになったのには、明日香ママの存在無しでは語れない。

今回の、ママの訃報に際しては、秋田からの友人たちからの衝撃とお悔やみの声が、連日わたしのところへ届いている。
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# by wappagamama | 2007-08-31 22:40