くさむしり


 今年はじめじめしたうっとおしい梅雨がなかったが、先週あたり小雨模様が続き、草むしりには絶好のチャンスだった。
我が家の玄関先と駐車場は雑草が我が物顔で伸びている。
チョット言い訳をすれば、何時もの年はそんなにひどくならないうちに気を付けていたので、雑草たちを我が物顔にはしておかないつもりだった。
そればかりか、花壇や鉢植えなど管理しきれないほどの数で玄関先は一杯になっていた。
 今年の我が家の家ノ前はチョット いや かなりさみしい!

 ユウパスクンが亡くなった年の3月、ユーパスクンがおしっこをした場所に次々と夢中で花の球根を植えた。
春になり花が咲き毎年そうやってユーパスクンを偲んだ。
でも冬になるとその管理に何時も失敗していた。

 今年はパソコンの講習を受けるために5月の上旬に札幌で2週間過ごすことになったので。ひとまず花壇の方はお休みしなければいけなかった。
札幌から帰ったら今度はブログの更新に忙しい。(といえばかっこよいが、ほんとうは更新するまでには凄い長い時間がかかった)
なので花壇のほうまでは手が回らなかったというのが正直なところなのです。

そんなこんなの2ヶ月間仕事&事業&ブログ&遊びとめまぐるしく忙しい日々を過ごしていたら、あっという間に雑草天国になってしまっていた。
「しぇんしぇー おがいそがしくて しごどすむひまにゃしゃー?」と笑い飛ばされる。(ドギッ もしかしたらそれいやみ?わらい)
そろそろこの辺で生活リズムを見なおさなけりゃ!

 先週一週間かけて、道路側からズーッと奥の駐車場まで全部きれいに(? かなり
あやしい)草むしりをした。
霧雨模様なのでその作業には最適だった。
以前から頼んでいた砂利を大矢さんが手配してくれた。
なので いつもの雑草とは種類の違うものが生えている。

1日に数回 エルモのオシッコタイムの際に、雑草チェックをしているが、
もう また先にむしったほうから次々と勢いよく生えている。
かなりの虎刈りではあるが、ささやかながら「一日一膳」気分…
といいつつ どれほどの範囲なのか気に成るので計ってみた。(せこいことするなー?)
奥行きは 歩数で88歩、道幅15歩。勿論真ん中は車の往来があるので雑草は生えていない。結構頑張ったでしょ。

 追伸
ユーパスクンの遺影には今日順々からいただいたでっかいメロンがお供えしてありま~す。

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                     母さんありがとよ!おれ ユーパス
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# by wappagamama | 2007-07-19 18:48

ヤッタ~! 600軒達成!


今朝 マイブログのレポートを開いてみたところ、何とといって言いか ヤットといっていいか やはり何とのほうかな~ 600軒達成していた。
ブログを開始して今日で69日目。
4・5日前までは気づかなかったけど、訪問者数の数が550件を越えた頃から気に
なりはじめた。
結構見てくれている人がいるんだな~と思わずうれしくて顔がほころんだ。

 お気楽に趣味で始めたとはいえ、七転八倒の中から皆に応援していただいて何とか2ヶ月を経過した。

 ブログ上のコメントはやはり励みになるし、とてもうれしい。
ところが、ブログ上でのコメントにはちょっと抵抗があるというか恥ずかしいというか今一ゆうきとの相談をしている人たちは、メールでのコメントをくれたり、電話で感想を伝えてくれる人もいる。

  先日のユニバーサルダンスパーティーの報告会の会場で、名刺を配ってもらった
名刺にはブログアドレスが記載してある。配ってくれたのがパソボラのトピアのNさん。勿論 Nさんはトピアメールマガジンにわたしのブログを紹介してくれた人なので、その内容は把握してくれている。(と思う)
Nさん 名刺を配りながら「目が見えなくともこのようにグログが作れます、写真も載っています、是非見てください」とPRよろしくその任務?を終了。
このようにしてみなさんに応援していただきながら、マイブログライフを楽しんでいます。

 文章力や表現力は勿論全くの自己流なので、自分の無学さを公表しているようなものですけど、キーボードを叩き出すと指がとまらくなります。
でもいつも気に成っていることがあります。
画面の構成です。
目で見てくれている人から見たらどんな感じなんだろうと気になります。
「、 。 ・ 」の使い方、行がえのタイミング、段落のタイミングなどなど文法上の決まりごとなどは、ここしばらく活字を網膜に写さなくなって久しいものですからもう スッカリ忘れてしまいました。
そして 一番の問題は、変換ミスです。
これは音声だけでの作業なので頭とユビのスピードが合わない時、あせっているときなどは特にミスが発生しやすくなります。
それと音声で聞いてくれている人に対してももう少し気配りをしなければと思っています。
 たとえば、「お人形さん」と書いた場合おんせいでは「おひとかたちさん」と読むことがあります。直前直後の文字によっては漢字の読み上げが「音読み・訓読み」が
変化します。
少しゆとりが出てきたら「お人形さん」と漢字で書いたあとで音声対応の人のために「おにんぎょうさん」とひらがなで書き添えたほうが宵のかなとも思っています。
それとも最初からひらがなにしたほうがよいのかどうか 今 思案中です。
この 「 今 思案中」の短い文章の中に「今」の後先に1スペースが入っているのにお気づきですか?
このスペースが入らないと「こんしあんちゅう」と読み上げるのです。
前後にスペースが入ってはじめて「いましあんちゅうと読んでくれます。
「づ」「ず」など「D」か「Z」の使い方もいい加減です。60の手習いみなさんに教えていただきながらひとつひとつ改善していけたらなと思っています。
お気づきになったらご連絡くださいね。
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# by wappagamama | 2007-07-19 10:46

東京ものがたりその4 数分間のドラマ


昼食は立川の松坂屋ビル9階で日本そばの定食を食べた。
今回の東京で気づいたことがある。
それは何処で何を食べてもとてもおいしいと感じたことだった。それは 入ったお店が偶然にも美味しい店だったのだろうか…?
以前だったら美味しそうな店を一生懸命探して選んで入った店でも、食べた後でガッカリすることがあった。
これだったら家に帰ってお茶漬けでも食べたほうが良かったね、とボロッと愚痴がこぼれることさえあった。
最近マスコミでは殖に対する恐ろしいニュースが氾濫している。
なれない大都会で食事をしようとしても何だか怖いように感じることもアル。
折角の楽しい旅行も時には夢が壊れてしまうことさえあル。
お昼のそばセットには、マグロの漬け丼とくづぜんざいが付いていて中々美味しかった。最後にそば湯で冷房で冷えたお腹にやさしかった。
松坂屋ビルの9階のその食事処は真ん中が庭園に成っていてその庭園の周りをぐるっと囲みどのお店からもその庭園が見えるように成っているとの娘の説明があった。
わたしにはその庭園が見えないのが残念だが、でも健康でさえ居ればまたこんな風に色んなところへ来れるし、わが身の幸せを感じる。

昼食を済ませ小雨の中立川の治療院へと足を運んだ。
4・5時間待ちを覚悟で雨にぬれたエルモの体を入念にタオルでふき取り、用意してきたバスタオルを敷いてエルモのベッドを作った。
そのままわたしも娘も玄関先に腰を下ろしてやれやれと一息ついたところで、院内の様子が何時もとチョット違うのに気付いた。
いつもだったら玄関や会談や待合室が人 人 人で埋まっているのに今日は換算とし
ている。ここで換算とということばを使ってはいるが、普通の常識のそれとはチョット違う。
玄関先でマイクッションを持ち込み待っていた女性が「今日は珍しく患者さんが少ないので 早く治療してもらえそうですよ」とのこと「ヤッター らっきー!」娘と喜んだ。
1時間もしないうちに治療を終えて2階からもう10人ほどの患者さんが降りて着ている、それと同じくらいの人数の新しい患者さんが上に上がっていった。
その都度エルモに対する反応がこれまたおもしろい。あるおばぁちゃんは階段の途中で「キャー 犬怖い わたし犬怖いの」と立ち尽くしてしまった。
大丈夫ですよ盲導犬ですからと説明してもこわごわおびえている。
「犬は嫌いじゃないけど怖いの」と言い訳をしているのかな~?ヤット階段を降りてきた。「あらそう盲導犬なの? そういえば2・3日前テレビでやっていたわね すごいわね~ 頭がいいんでしょ えらいわね~」と今度は褒め言葉に成っている。
そして子供の頃犬に追いかけられてコロン日カラだの上にのし上がられたときの恐怖が忘れられないと怖い理由を説明してくれた。その間数人の人がみなエルモのことを褒めてくれているものだから、最後にそのおばあちゃん靴をはいたのにまた上がってきてこんどはエルモの頭をなでている。「やさしそうな目をしているわね~ 賢そうな顔をしているわね~ がんばってね~」と何回もなでている。こんな場合触らないで下さいとは言えない。
たった数分の出来事、たった3・4メートルの距離感のドラマ、そのおばあちゃんの心は犬に対する先入観が少しは変わったのかも…。少なくとも盲導犬に対する意識は変わったと信じたい。
そんな時 エルモは愛くるしい目でみんなのお話を聞いている。

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# by wappagamama | 2007-07-15 23:57

東京ものがたりその3 あのお人形さんが欲しい


東京ツワー後半 立川の先生に鍼治療を施していただきうそのように快復したわたしは、ショッピングにと出かけていった。
普段エルモとのふたり暮らしなので、身の回りのものの調達が出来ない。
目が見えないから仕方がないといって、身の回りのことを無頓着でいたらドンドン夢がなくなってゆく。
現実に歯どめをかけるかのようにささやかなおしゃれを楽しみたいというのが
わたしの心情である。

 それを知っている娘はわたしのそんな欲望を満たしてくれる。
以前はわたし好みのと自分好みのものをコーディネートしてくれていたが、最近の町行く人々のファッションがわたしにはわからなくなってしまった。
なので ほとんどはむすめと姪っ子の趣味のなかから選ぶというのが多い。

 買うときに商品の色柄を説明してもらい記憶しておかなければいけない。
そして大事なのは組み合わせのポイントである。
折角オシャレしたつもりが上下のバランスがアンバランスだと、ガッカリする。
外出した後でそれに気づくと恥ずかしくて家に帰りたくなる。
おしゃれとはいってもいつもエルモと一緒なのでほとんどがジーンズが多い。
何時どんなことに遭遇するかわからない、エルモの世話で動きが激しい、エルモの毛が目立たないなどの理由でジーンズハ最適なのである。

 最近では学校などの講演活動などにもジーンズで行くことが多い。
お話が終わった後のSTTは子供たちの心を掴む。
 そんなわけで今回東京ツワーではもう一本ジーンズが欲しい。
と入ったショップで見つけた最新のジーンズ。
どうも… また上が短いのが気になるが試着してみた。
イヤ これが試着したらそれが気にならない。記事もソフトで肌触りも良い。
進めてくれた店員さんがこれまた感じのいい子で、自然に接してくれている。
娘いわく「この店員さんお人形さんみたいに可愛いよ 触らせてもらったら?」という。
つばのついたかわいい帽子の脇と後ろから細かくクルクルにかけられたパーマがボリューム一杯に肩まできている。お化粧もほっぺにつやのアルオレンジ色のぼかしを入れているとか、
そして気軽にその子はわたしの手をとって、着ている洋服も触らせてくれた。
コットン素材の襟ぐりが大目に開きレース仕立てのストーんとしたマタニティー風のギャザータップリの可愛いワンピース。
そしてそのワンピースの下も触ってと誘導された。なんと3回ほど捲り上げた太目のジーンズをはいている。

昔子供たちが小さかった頃おもちゃのフミオにだっこするお人形さんがあった。娘に買ってやりたかったけど貧乏で買えなかった。娘にといったがほんとうは自分も欲しかったのを思い出す。

この店員さんがその時のだっこ人形さんそっくりだった。
今日はエルモのおにいちゃんのお嫁さんにかっていってあげようかなぁ~
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# by wappagamama | 2007-07-15 16:50

車椅子ユニバーサル ダンスパーティー


先日地元のホテルで元気なふるさと街づくり活動支援地域力活性化事業共同研修会が行なわれた。
長ったらしいタイトルで何だかよく意味が判らなかったが、当日ある人のお誘いがあって参加してみた。湯沢市長を始め各関係団体からの参加者が多勢集っていた。
最初に発表された事例報告が「ユニバーサルダンスパーティー」だった
着飾った人々の車椅子でのダンスパーティーの様子がビデオで放映された。
わたしは画面は見えないものの、ナレーターの声も、映し出されているダンサーたちの声もみな聞き覚えのアル声ばかりだった。
精一杯着飾ったダンサーたちの声は、何時もよりチョット紅葉気味で嬉々としている。そう そのダンサーたちはわたしの古い友人である。

 話は去年の春頃だったろうか。
わたしのパソボラの理事長さんから「こころのバリア フリ」住みよい街づくり運動に参加しないかと声をかけていただいた。

わたしが現在までに経験したいろんな活動とは、チョット毛色が変わっていたものの何だかとても楽しそうで夢がある。
今一 会の内容はあまりよく判らないままに、とにかく参加することにした。
これだけではただの物好きか出たがりか、身の程知らずに思われそうだが、実はそれには理由がある。

 常日頃その理事長さんのお人柄とおかんがえに対しては、いつも感銘と感動を受けていた。
その理由をヒトツ紹介するとしたらまずわたしがパソコンを使えるようになったのがその理事長さんとそのスタッフのお陰なのです。
話せば長くなるのですが…
とにかく困っている人を見たら見捨てて置けないというか、どうにかしなければと解決の糸口を考えてくれるのです。
しかもこちらが負担を感じることなく自然に、恐ろしいほどまでに柔軟性を持って、なおかつ熱い鉄が冷めないうちに(チョットドッコイショしすぎかなぁ~?イヤッ そんなことはない! 皆さんの周りにもこんな方がおりましたらお知らせください)

 ある年齢に達している立派な大人といわれる人たちは、それなりに倫理観を持ち、色んな知識や常識も持ちアわせています。でも ともすれば、それは先入観とか、偏見とか、思い込みと か、思い違いなどの裏返しとなることもまれではありません。
一般的にその辺のところを理解してもらうのは中々難儀なことです。
でも その理事長さんはこちらの話をちゃんとこころで聞いてくださり、「アッ そうかそうか そうゆうことだったのか? じゃーそれだったらこうしたらどうお?」とそれはそれは「エッ? なんでそんなことが今まで気が付かなかったんだろう!」とその柔軟性豊かな発想にビックリさせられることしばしばでした。

 ともあれ、そのような方とお話しているだけでも時間がたつのも忘れさせられます、ましてや何か目的を持って活動することに声をかけていただいたとしたら、それはよろこんで賛同する気持がお分かりいただけたろうか。

この辺で  お話を軌道修正しましょう。
去年の春「こころのバリアフリー」スタッフ会議に参加したところ、NPO団体が中心と成って住みよい町づくり運動の計画を話し合っていた。市民と障害者がひとつとなって何かを始めようとしていた。
が何故かその会議には障害者はわたしひとりだった。
共同で何かを始めようとするのなら、最初の段階から障害者も参加するべきではないかとの私の意見を受け入れてくれて早速障害者団体に声をかけることになった。
言いだしっぺのわたしは自分の所属する身体障害者協会そしてその関連団体のトップに声をかけた。
ところが、そこには以外に厚くて大きな「バリヤ」を感じてしまった。
正式文書の提出を求められたまではよかったが…
次の作戦としてわたしの知ってる限りの知人に、メール送信。その方法も反応は最悪
障害者団体に所属している私自身が、日ごろその体制や空気に言い知れぬ違和感を感じていた。何か新しい風をと期待したが、そこには強固な壁があった。
最後の手段に、親しくしている友人に相談してみたが やはり内容をよく理解してもらえない。
なぜなら、わたしたち障害者は自分たちのグループで行動するとき意外は、全てといってよいほど行政化どっかの団体が企画してお膳立てしたものへお客様として招かれるといったものがほとんどだ。
地域の人たちと一体と成って共同で意見交換しヒトツの目標に向うって何かを作り上げようと結うのは慣れていない性なのかもしれない。

 最後の頼みのツナとなった友人たち3名が「採りあえず一回だけ行ってみてこよう」とわたしからの頼みを断りきれずにシブシブ承諾してくれた。
ところがそんな中車椅子の友人が「一度ソウユウことをやってみたかった」とまさに闇の中の一筋の光のよウに感じた。

 難産の末次回のスタッフ会議には友人たち4名が参加。
会議の司会信仰を勤めている理事長さんの会の目的と主旨が説明された。
4人ともその話に釘漬けになっている。
そして 次のスタッフ会議の会場や日時まで彼女たちが積極的に発言している。
理事長さんやそのスタッフのメンバーその会場の雰囲気が彼女たちの心をシッカリと
キャッチしたようだった。
車椅子ユニバーサルダンスパーティーのスタッフの一員として最初の日からもう 彼女たちは指導員とともに練習を始めた。
パーティー当日までの数回にわたる車椅子ダンスの練習会が彼女たちの嬉々とした笑い声が弾んでいたことはみなさんにもご想像が出来るでしょう。
そして、先日のホテルでの報告会でも、インタビューに対しての受け答えが、もうスッカリ気分はトップダンサー!!!
会場からの大きな拍手に包まれて…
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# by wappagamama | 2007-07-15 14:00