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一般の視覚障害者への案内状


                             平成25年4月吉日
            
     視覚障がい者及びご家族の皆様へ

                       湯沢市雄勝郡視覚障害者複肢協会
                           会 長 柿 崎 妙 子

     『公開定期総会のご案内』

 春の気配に心浮き立つこの頃ですが、皆様におかれましてはお健やかにお過ごしの
こととお喜び申し上げます。
 本会では、視覚障がい者及びご家族の方々を対象に、地元での活動をご案内する一
環として、毎年、公開で定期総会を開催いたしております。地元での活動内容をご説
明するとともに会員同士の情報交換(日常生活用具、病気の悩み、職業等)を通して交
流の場としております。視覚に障がいのある方だけでなくご家族の方もご一緒にご参
加いただきますようよろしくお願い申し上げます。
 昨年、同案内状に対して、多くの方よりお問い合わせをいただき、そのうち複数名
が新会員として活動、交流会に参加しております。当会は大変活気ずいてまいりまし
た。迷っておられる方はお気軽にご連絡ください。当会は、年齢制限はございません
。20代から90代まで、幅広い年齢構成となっております。
 尚懇親会にもご参加くださいますようあわせてお知らせいたします。

              記

1.期 日:平成25年5月12日(日曜日)
    総 会・・・午前10時~午後12時
    懇親会・・・午後12時~午後2時 
2.会 場:湯沢ロイヤルホテル
3.懇親会費:お一人3,000円(総会のみのご参加は無料です)

※ご参加の方は、準備の都合上、5月5日までご連絡くださいますようにお願いいた
 します。
 申込み先&問合わせ先
  高橋義昭 電話:73-1869(成沢鍼治療院内)
  柿崎妙子 電話:72-4666
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by wappagamama | 2013-04-26 10:43

湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会25年度公開定期総会準備着々


 今年もまた湯雄視障協の公開定期総会の時期となりました。

 「公開」となっって4年目。 
「公開方式」にしたのには訳があります。
会員の高齢化による減少が毎年免れない状態になっていたこと、元々会員数の少ない当会にとっては、そんな現実は大変大きな痛手となっていました。
にもかかわらず、会の事業内容は、年々充実化かつ広大かしていきました。
行政からの応援体制・会場の充実化それになんといってもボランティアのサポート体制などなど、こんなにも少人数で小さな視障協でありながら、参加会員さんたちの笑顔に勇気付けられ、会内外からの反響には私たち執行部の大きな支えでした。

 視覚障害者が家から出て、同じ障害を持つもの同士、一日楽しく過ごしていただきたい! という思いが私の願いです。
現在20人ほどの会員です。
湯沢市内の視覚障害者として、身体障害者手帳所持者のほんの数パーセントです。
この会の存在を知らない人たちへ、なんとかしてこの会の存在を知っていただきたい、という強い思いから湯雄視障協の定期総会を「公開方式」にしたのです。

最初の段階はFMユートピアのラジオで放送していただいたり、魁新聞社から取材に来ていただき新聞記事として載せていただいたり、次の段階では、ゆざわ公報にイベント案内の記事を載せていただけるようになったのも、私たちにとっては大きな進歩でした。
その効果は同だったかといえば、問い合わせ軒数は少しずつ増えてはいましたが、正直言って直接的な成果に結びつくまでにはいたりませんでした。
新聞や公報に関しては、視覚障害者の目に入ることは大変困難です。
ご家族が、興味を示してくれて、読み上げていただけたならそれが何よりなのですが、実は、大変悲しいかな、ご家族の理解を得ることが一番のバリヤーとなっている現状なのです。
長年の生活の流れを変えることなく、それで仕方ない、家族に迷惑はかけられない、という思い出新しいことに挑戦する気持ちを抑えている人もいるのかもしれません。

ラジオからの情報は耳から入ります、これに関してはそのつど反響がありました。
折角情報のバリアーが解消されて、視障協の存在を知っていただいた喜びを感じても
次にひかえしバリアーに閉ざされてしまうのです。
そうです それは「移動」のバリアーです。
折角一歩を踏み出そうと思っても、一人では会場まで出てこられない、という大きなバリアーです。
二重のバリアーが私たちの目の前には塞がっているのです。
こんなときに、移動をサポートしてくれる支援の手があったらなぁと、歯軋りをする重いです。

そんなふうに 出て帰宅とも出てこれない人もいるという現実には、なすすべがありません。
耳がダンボになって気になっていても他人事のように打ち消そうとしている人もいるかもしれないという思いが、私を更に書き立てました。

そうです私は次の段階に挑戦しました。
それが去年から実施している、≪一般への案内状発想≫です。
一昨年、視障協の30周年記念式典において、ご来賓でご出席いただいた湯沢市長あてに向けて、会長挨拶の際、直接お願いしたことがありました。
そうですそれが「市内在住の一般の視覚障害者に向けて案内状を発送していただきたい旨をお願いしたのです。
勿論これは「個人情保護法」という大きな大きな法律の壁が立ちはだかったおります。あくまでもその個人情報保護法に反することはなりません。

 数ヵ月後、市長からのご承認をいただきました。
本当に画期的なことです。市長のご理解をいただいたことは私たちにとってどれほどの勇気をいただいたか知れません。

個人的に届いた封書は、確かに、確実にご本人の心に伝わりました。
数多くの方からお電話をいただきました。
2重3重と数年前からの発信に更に重ねてご本人への直接的なアタックは受け取った方たちの心を動かしたのかもしれません。
現在、数名の方が新しく会員となり、毎回イベントを待ち望んでくださり、会全体が活気付いてまいりました。
「もっと早く知っていればよかった」と口癖のように話してくれます。
湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会にとって、かつてない大きな喜びであり、大きな勇気をもたらしてくれたことは、何者にも変えがたいものがあります。

今年もまた、5月12日(日)に開催される「公開定期総会」の案内状を発送していただきました。お一人でも多くの方々からのご連絡をお待ちいたしております。
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by wappagamama | 2013-04-25 09:08

こんなにもおとなしいエルモが突然私に体当たりしてきたのはなぜ?!


 
まいブログ上に何回か書きましたが、我が家の盲導犬エルモは、とてもおとなしくて・斟酌で・引っ込み思案で・繊細な性格であることはもうすでに、ご愛読者の皆様にもご周知いただいているかもしれませんが。

人間にも 犬にも個体差があるように盲導犬にもそれぞれの個体差があります。
斟酌というところでは、私がエルモのおしっこの時間や食事の時間を、一回分すっぽり忘れていたことがある。
患者さんが来ていて仕事が忙しくてとか、パソコンや家事などで何か仕事をしているときまたは体調を崩して寝込んでいるときなどは特に、エルモのことを後回しにしているうちに忘れてしまっていても、エルモは私に催促をしたことがない。
仕事の手賀はなれて、ほっとわれに返ったとき、やれやれと腰を下ろしたとき、その時初めてエルモは私にアッピールをする。
最初に「ク~ン ク~ン」と微かに鼻を鳴らして甘えているような声を出すのだが、それでも私が気づかないで「ハイハイハイわかったわかった エルちゃんの子と忘れていたわけではないからね おまたせおまたせ」くらいに口先だけの相手をしていると、今度はわきの下に鼻を突っ込んできて「あそぼあそぼ」といっているかのようにまつわりついてくる。
エルモにとってはそれが最高のそして精一杯の訴えなのである
「アッ?! そうかそうか ! 忘れてた! 忘れてた! エルちゃんのおしっこ忘れてたね ごめんごめん」といいながら、あわてて外へ飛び出していくということがたまにある。

 いつぞやは夕食を上げるのを忘れて、「さあ もう寝ようね エルちゃんベットだよ」と戸締り、火の始末をしながらいつものように声をかけた。
いつもならその一連の流れに沿って自然にベットに入っていくエルモなのに、その日は違っていた「なにいってんのよ」くらいのいきおいで、わたしにまつわりついてきた。
アレッおかしいなどうしたの、と思った瞬間、エルモに夕ご飯をあげていなかったことに木津いい田。

 いつもは6時ころがエルモの夕食の時間。
その日は就寝しようとしたのが12時ころ。
約6時間もの間、催促もしないでおとなしくしているという、なんともまあ エルモクンはけなげで斟酌なのでしょう………
人間だったらそうは行かない。
 そんなに遠慮しないでもっと早く母さんに教えてね、とその都度エルモにいっているのだが、これがエルモの正確なのだから仕方がないのかもしれないが、なんともはやそんなエルモクンのいとおしいこといとおしいこと……

かとおもうかと、先日のバス酔いのときのように、私の異変を即座に察知し、誰よりも私のことを心配してくれたエルモクン。
本当にこの子は特殊な能力があるのではないかと思うほど。
といえば「親ばか」と笑う人もいるかもしれない。

 いえいえ! そんなことくらいで笑わないでください。
つい先日そんなことを笑った人たちが「エッ ほんと?」と思うようなできごとがありました。
これも何回か書いたことがありますが、現在モンスターペアレント(?)的な存在で悩まされているという事実からいまだに脱出することができず、非常に血圧の上がる日々をすごしております。
(モンスターペアレントとはいっても、教育現場でのそれとは勿論違いますが、そのようなことなのだろうなという意味です)

その相手に返信メールを書くときは、半日以上もかかるほど気の使わなければいけません。
丁重に丁重に、下でに出て・上げたて奉って褒め称えて、普通の人にはこんなことはかけない、というようなことを、心ならづして書かなければいけないという現状。
しかもそれでさえもなおかつ心臓にグッサグッサ刺さるお叱りを頂戴しなければいけない。そのときのそのモンスターちゃんの文章はすばらしい!私などが一生かかっても使うことのないようなご立派なお言葉がずらずら陳列されてある。
ほんの30分くらい出かけるような内容のメールでもそのモンスターちゃんに出すときはざっと半日以上はかかる。

 先日、そんな作業をしていたとき、私自身非常に体調が思わしくなく、頭がフラフラし、旨がムカムカしながらぎりぎりでパソコンのキーボードをたたいていた。
いつもなら、エルモは自分のお気に入りのポジションでまったりとうとうとしているのに、なぜか行ったりきたり私の周りをうろうろしている。
ご飯の時間でもないのに… おしっこだってさっき行ってきたばかりなのに……。
そのうちわたしのわき腹に鼻を突っ込みなにかアッピールを始めた。
そのときも「はいはいはいもう少しまってね 
もう少しで終わるからね いい子だね」とそのまま作業を進めていた。
そのうちエルモは私の横に体当たりをしてきた!
しかも2・3歩後ずさりをして勢いをつけてくる。
こんなことはいまだかつてなかったこと。
我が家に着てから今年で8年になる、なのに、いまだかつてこのような乱暴な仕草和したことがない。
「どうしたのエル?」と立ち上がろうとして体を動かしたら、フラフラと眩暈がした。
アララララッ ビックリして横になったが、何だか気分がすぐれない。 

そうか… エルモありがとう… そうだったのか ありがとうね…
としばらく横になっていたら気分が落ち着いてきた。


 そのことを、来院した高階さんに話をするやいな、「なえでが! 血圧上がって井田灘べた」と叱られるやら、エルモが教えてくれなければ大変なことになりかねなかったかもしれないよと厳しい口調で怒鳴られた。

それもそれ、動物の本能のすばらしさを高階さんは良く知っている人。動物の気持ちで物事を考えられる人。
「あたりまえだ、エルモは柿崎さんが血圧が上がって異変を察知したから教えたんだよ。柿崎さんに何かあったとしてもそれは仕方がないかもしれないが、もしそうなったらエルモと患者さんたちが困るから気をつけてもらわなければ困る!。
とそれはそれは、本当に本気で叱られた。
「叱られる」という二つの実例の、見事までナ相反する体験だった。そしてエルモに私は又エルモに救われた。
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by wappagamama | 2013-04-19 15:46

雪消し作業のたたりかな?その2


首肩腕の痛み、専門用語に言い換えれば頸肩腕症候群(けいけんわんしょうこうぐん)そのものずばり!

 O整形外科を受信して、先生の一言で「ハッ」とした。
「首を後ろにそらしてください」
そう 首を後ろにそらして角度を変えながら痛みがどこへ走るかという検査法。(アレ? 検査法の名称はなんてったっけ?)ト
そうだ! 首肩腕のこの激痛は「それだ!」と納得。
20年前、箱館で鍼灸師の勉強をしているとき、約3年間この痛みに苦しめられた。
いわゆる50肩だと思っていたが、検査の結果「変形性頸椎症」と診断され、週に2・3回ほど通院していた。
厳しい勉学中の放課後の整形外科通いは、それはそれは大変だった。
約3年間通っても改善せずむしろ増あくするだけだった。
果ては、帯状疱疹を発祥し数週間の入院となった。
体力的にも参ってしまっていた私は、非常勤教師の中垣先生から経絡治療を施していただくべく、毎土・日、先生の治療室に、電車で通った。
以来、私の体力的苦痛は取り除かれ、全身状態が信じられないほどに体質改善された。
そもそもそれがきっかけとなり、私はその中垣先生の技術を教え請うため、押しかけ弟子となった。
と一言で言ってしまえば簡単な話だが、それを実現させるためには、数多くの方たちのご支援とご協力があってのこと。
この一連の物語は、私の一生を大きく左右した大イベントとなった。
このことは何年か前に記事にしたことがあるが、今又体の痛みが再発して、そのころのことを思い返している。

〔話を軌道修正〕
その後症候状態を保っていたが、5・6年ほど前に一度再発したことが会った。
その時は近所の整形に通ったが、そこも箱館の整形外科とほぼおなじ治療法だったため改善せず、自分で経絡治療を施した。苦しい一新で夢中だった。

今回2回目の再発となる。
首を後ろにそらしたとき、首・肩・背中・鎖骨周辺・腕に激痛が走る。
頚椎が加齢偏性により、椎骨と椎骨の間にある、椎間板が薄くなったり骨棘というとげが神経根や血管を圧迫するために起こる痛み。
まさに私がその状態だった。


前回のブログを見てくれたご愛読者から、「筋肉痛治ったか?」とメールが入っていた。
o~ NONONOnono~ アナタそれ ニンシキブソクヨ(怒り)

 雪消し作業に気合が入りすぎて、頸ついが又変形を起こしてしまったのだ。
20年前箱館にいたときの整形外科の治療は私には会わなかったらしく、ちっとも改善されなかったけど、今回ここ湯沢では経絡治療かはいないので、とりあえず最近すごい評判のO整形外科を受信したのである。
そこの診断は以前と同じだったが、治療法が違っていた。
それは薬物療法だった。
夜も目が覚めるほどの痛みということで、強めの痛み止めが処方された。
痛め止めは胃に副作用が出るので胃粘膜を守る緩和剤とセット、それに、筋弛緩剤が2種類。
いつもの常備薬とあわせると合計8種類の薬の服用となった。
だがそれだけではない、一週間前非常に耐え難いストレスに侵された上、この頸椎症で起きた首肩腕の痛みがあいまって、血圧が上昇したことは前回書いたが、そのときには降圧剤と安定剤が処方されていた。
薬大嫌いな私が、それをここ1週間お医者様の言うことを効いてきちんと飲んでいる。

 痛みから解放されたい一身で、まじめに飲み始めて間もなく、予想通りの胃痛が始まった。
痛み止めを一回置きに服用し、胃の痛みと下痢の様子を見ながら薬を調整した。

 一週間目の今日 また o整形外科を受信。
初心のときとは違って、今は ほとんど痛みがない。
o先生にそのことを告げたら、「良かったですね それじゃ薬は朝晩二回に減らしましょう」
薬物療法には生理的に拒否反応というか、不安を抱いていたのだったが、今回あの苦痛が治まったということで、思いが変わった。
でも、薬を少なくしたり止めたりしたときにどうなるのだろうという不安も残るが、さしあたって、現在痛みが取れたということで、様子を見るしかない。
薬物治療で痛みは取れても、頚椎の変形は治ったわけではないので、何か狐につままれているような感じ。

苦し時の神頼み。友人の治療員めぐりで、そんな時丁寧に丁寧に治療を施していただいたことのありがたさ。

まとまりのない長文ごめん
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by wappagamama | 2013-04-16 22:41

雪消し作業のたたりか…


 先月まで屋根の高さまであった駐車場の雪の山。

 南側の窓の下は花壇になっている。
その花壇には、水泉やむすかりたちが春を待っている。
屋根から落ちてきた凍った雪がその花壇を覆いつくしていた。
玄関前は、ガラス戸に太陽の日差しが反射するので、我が家ではここがどこよりも一番早く雪消えが始まる。
そこのすぐ隣になっている花壇は、それと条件が正反対なので、黙って放置しているといつになっても雪が消えてくれない。

 毎年の琴ながら、そこは私のエネルギー消費の格好の場となっている。
前述したように今年の積雪量は今までに最高だった。
この冬は頼りの息子もいないので、これほどまでかと思うくらいに積もっていた。
しかもいつまでたっても寒さが続き、雪の山はいつまでたっても緩んでくれない。
だが! 雪ノ下では草花たちが芽を吹き出していることを思えば、一日も早くその雪を消してあげなければと、頼まれもしないのにやっきになっていた。
やった! やった! やった! エネルギー消費をかねてその作業は日課のごとくやった!

 今はもう 花壇はすっかり雪が消え、春の草花たちは初々しく・瑞々しく・いとおしいほどに5・6センチほどに伸びている。
ほんの数日前まではそこ以外の周辺はまだ固い雪の山だったが、ここ数日の台風のような雨風によって情けないくらいしか残っていない。
しかも、エルモがどこまでも雪の山でおしっこをするためおそらくそれは怪しい色と化しているかもしれない。

 このように黙って放っておいても雪は間違いなく消えてくれるのに、数週間前まで、私はなぜあんなにも夢中になって雪消し作業をしたのだろう?…と思うほど…

 そう そして、その雪消し作業のたたりなのか、今首肩腕が激しく痛い!
それは、夜寝返りを打つたびに目が覚めるほど。

時にはストレス解消に、敵を討つような思いで思いっきり全身を使って硬い雪を割り、思いっきりできるだけ遠くに投げ飛ばし、前進運動だ!位に派手な格好でやっていた。
はたから見ていたらさぞかしこっけいな姿だったろうと、一人で想像しては薄笑いをしていた。
これも、血糖値対策のつもりだったのだが…
そちらの方面に関しては、計算どおり効果が出ていてそれはそれで一人で納得していた。

 問題はとんでもないところに表れた。
首肩腕の痛みには参ってしまった。
一週間ほど前から突然現れたその痛みは、まるで50肩を経験したときのような痛みに似ている。
それと同時くらいから血圧も上昇し、170と100近い値を示すようになっていた。
その血圧は、今大事な仕事を抱えていて、それを成功させるために準備中なのだが、一人自分の思い通りに行かなければ気がすまない人がいて、それをどうやって方をつけてまとめようかという非常に頭の痛い問題を抱えているため、それのストレスだと思っていた。
勿論それが原因のひとつでもあったのだが、血圧上昇は首肩腕その痛みからきていることでもあろうとも思っていた。
何より、首肩腕の痛みを何とかしなければと思い、昨日評判のO整形を受信した。

次回へ続く
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by wappagamama | 2013-04-11 21:59

公共の場所で大変なご迷惑をおかけしてしまった「オオトラ」


 今週の日曜日、県の予算総会のため秋田へ出向いた。

 湯雄視障協の上部団体である「秋田県視覚障害者福祉協会」の予算総会である。
「一般社団法人」への移向のため去年から準備を重ね、今回の総会ではそのための大事な決議事項がまだいくつかあった。
午前10時から始まったその会議は正午を過ぎ1時を過ぎても喧々諤々その勢いは収まらない。
法人化絵の移向に際しての意見は私などの考えも及ばないレベルのもので、移向前途あとのその違いを確認することだけで精一杯の状態だった。
激しい議論の結果なんとかかんとか議会は決議された。

懇親会に入ったのは午後2時過ぎ。
50人以上の参加者が、それまで誰一人と無く文句も言わずに会議の流れを見守っていたもんだと後になって気づいた。
お弁当それに缶ビール・ワンカップ・フルーツジュース・お茶の入った袋が一人ひとり渡された。
早朝、湯雄視障協会員さん3人で高速バスで秋田入りした私は、バスの中でパンと缶コーヒーで軽い朝食を済ませていた。
2時過ぎの昼食は食欲を旺盛にしてくれた。
激しく戦う皆さんの討論を聞いていただけでも、喉がカラカラに渇いてしまっていた。
乾杯したビールののど五趾のいいこといいこと。
 
 県内から集まっている仲間たち、いろんな場面で一緒にスポーツをしたり旅行をしたりしているので懐かしい顔・顔・顔
あちらこちらから声がかかり、見えない目で会いたい人を探し回って手を握り合う光景でにぎわっている。

 帰りの電車やバス時間を気にしながら、紅葉した気分を残し散々午後それぞれ散っていった。

 私たち湯沢のご一行様はもと来た高速バスで帰ると決めていた。
電車より運賃が半値近い値段で収まるということ。
それに、同行してくれる弱視の二人の意見に合わせたということ。
「ん?」私 バスに弱いんじゃなかったっけ? と思いながらも、最近酔ったことが無いから大丈夫だろう?くらいに気楽に考えていた
それに朝出かける前に酔い止め薬を飲み秋田へ向かうバスでも酔わなかった。
年をとれば体も変化し、体質も変わり、酔わなくなるのかな?位に思っていた。

駅前のバス乗り場で待っているとき、電車で行く大曲横手方面の仲間たちが「アレッ 柿崎さん今日は電車じゃないの?珍しいね」と声をかけられた。
そのときでさえも、「うん 今日はバスなの」と自信たっぷりに答えていた。

 私たちの乗った高速バスは駅前を発車し、市内の主な施設をめぐり(長崎屋・イオンなどから乗車する人が多いので)などを経由し高速道路に乗る。
約2時間半湯沢までのバスは順調にスタートした。
市内をまだでないうち、なんとなくお腹がもやもやしてきた。
曇っていたのに窓からの熱気で汗が出てきた。コートを脱ぎ、さらに上着も脱いだのに汗は止まらない。
そのうち顔が青ざめて、血圧が下がっていく感じがする。
汗は冷や汗に変わっている。
「アァー コリャ バスに酔ったかな」と思ったら今度はトイレに行きたくなった。
まだ市内なのでここでおろしてもらおうかと思ったが、一人で降りたとしてもどうすることもできないことを考えると我慢した。
市内を出て大曲に近くなるとトイレタイムがある。そこまで我慢しようと青ざめていく自分を抑えながら我慢した。

やっとトイレタイム。「すみませぇん」とほとんど身動きもできなくなってしまっていた私の様子に築いた後ろの方がブザーを押してくれた。
同行していた仲間のOさんにトイレにつれてって」と頼んだが、私のそんな緊急事態だことには気づいていないこともあり、シートベルトをはずすのに手間取っている。
エルモが私の様子に築いたのかあわてだした。もう一人の同行者にエルモを預けようと思ったが、エルモは言うことを聞かない。
しかも弱視であるoさんはトイレの道順も間違えて遠回りしていると話ながら歩いている。
やっと目的に到着!!「危ない!危ない! なんとか間に合ったぁ~!
フゥ~ッ」
その時に下からだけではなく、上からも排泄しておきたいと思ったが、これまた思うようにいかない。
それでも、下からの排泄だけでもだいぶ落ち着いたので、時間の恵果が気になり再び乗車した。

 大曲・横手とバスは湯沢に近づいている。
私の手にはレジ袋とタオルがしっかり握られている。
湯沢に入り岩崎に差し掛かったとき、同行しているOさんが岩崎さ付いたよ あどもうすこしだがらな?」と言葉少なに励ましてくれる。
後もう少し、後もう少し、と抑えているのに、体がいうことを利いてくれない。
胃の中のものが沸いている。
身動きができない。
終点の湯沢営業所前のアナウンスがなっている。
でも立てない。
後ろの席の人たちがドンドンエルモを越えて降りていく。
いつもだったら一番先に降りようとするエルモなのに?エルモは私の傍から離れないピたっとおとなしく布施をしたまま動かない。
私の緊急事態を察知しているようだ。
そう思いながら、私はビニール袋に顔を突っ込んでいた。
懇親会で飲み食いしたもの全てが、胃を突き上げてビニール袋の中へ音も無く排泄された。
横の通路からは下車する人たちが行きすぎる。
お腹の中が軽くなった分気分も落ち着いてきた。
やれやれ と思った瞬間、ジーパンが生暖かくなった。
ウワー! ビニールに穴が開いていたんだ! ヤバイ! 困ったなぁ~

乗客は全て下車したようだ。
仕方なく排泄物をそこに置き、ジーパンをタオルで拭きエルモと共に出口に向かい「運転手さん すみません 袋に穴が開いていたらしく汚してしまいました すみません」と丁重に誤って下車した。

約2時間半秋田から湯沢まで、ナが~区つらい旅でした。
もう2度とバスには乗らないぞ!
それにつけても エルモのあのときの態度には驚きました。ありがとうねエルちゃん

(言い訳)ビールは一本しか飲んでいません。油ものの弁当お食べてすぐバスに乗った
せいかもしれません
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by wappagamama | 2013-04-04 11:32