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日盲連からの情報2本


挑戦する気持ち大切トライアスロン完走 全盲の立木さん講演 

 三木町鹿伏の町文化交流プラザで8日、人権問題講演会(同町教委など主催)が開かれ、世界で初めて全盲でトライアスロンを完走した立木早絵さん(19)=東京都=が町民ら約800人を前に、「挑戦する気持ちが大切。何かをやり遂げると、自分が成長できたと実感できる」と呼び掛けた。
 2歳の時に失明した立木さんは「自転車に乗っている兄がうらやましくて、転びながら練習して小学校に上がるまでに乗れるようになった」と幼少期のエピソードを披露。水泳にも取り組み、16歳で津軽海峡約40キロを泳ぎ切ったという。
 昨年はアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ(タンザニア、5895メートル)に初挑戦で登頂に成功、「信じること、あきらめないことの大切さが身に染みた」と振り返った。
 自作曲を透き通った声と伸びやかなピアノ演奏で披露した後、「10代最後の日に、夢を語ることができて幸せ。これからも感謝の気持ちを大切に一歩ずつ進んでいきたい」と誓った。

君もオンリーワン 盲目の歌手新垣勉さん 興田中(一関)で授業

 全盲(ぜんもう)のテノール歌手、新垣勉(あらがきつとむ)さん(60)は11月30日、一関市大東町の興田(おきた)中(吉田靖雅校長、生徒85人)で、2年生に英語の授業を行いました。米軍基地のある沖縄で生まれ育ち、ハンディを抱えながら、英語教師を目指して勉強を続けた新垣さん。長年の夢をかなえた特別な授業では、「自分にしかできないオンリーワンの生き方を」とメッセージを送りました。
 「Did you enjoy the concert?」
 授業は、前日に同市の中学生を対象に開いたコンサートの感想について、新垣さんが滑らかな英語で尋ねることから始まりました。
 英語との出会いを「幼いころから米兵の言葉が身近にありました」と振り返る新垣さん。「全く勉強をしなかった」という少年が変わったのは、「あなたの英語の発音は素晴らしい」という中学の先生の一言でした。
 ラジオで英会話を聞きながら、勉強に熱中。高校生の英語弁論大会に沖縄を代表して出場するまで上達しました。
 新垣さんは生徒と一緒に、自身を題材にした英語の教科書の単元を音読。「一つのきっかけで人は変わります。思い通りにならない人生で一番の敵は怠(なま)けたり、逃げたりする自分です」と、全盲と天涯孤独(てんがいこどく)の逆境(ぎゃっきょう)を乗り越え、音楽の才能を開花させた生き方を伝えました。
 伊東満帆さんは「楽しくて分かりやすかった。私も自分の夢に向かって頑張ります」と語り、特別な時間を「宝物」にしていました。
 授業は昨年、新垣さんが震災復興支援として大船渡市の中学校を訪れた際に「自分も英語を教えたい」と思ったことがきっかけ。新垣さんは「英語教師にずっとなりたくて、夢がかないました。多感な中学生時代、自分自身を大切にすることで、思いやりや他者との絆が生まれます。自分のオンリーワンを求め、大切にしてください」と温かな笑顔で話しました。
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by wappagamama | 2012-12-14 11:56

豪雪の中「期日前投票」へその2


 あの悪条件の中、よくもエルモは迷いもせずに「障害学習センター」まで私を誘導してくれた!

あの悪条件の中、エルモはお仕事意識バッチリととても頼もしく、とてもかっこよかった!

 に比べ、鼻水拭き吹きとてもかっこ悪い私とは正反対のまるでエルモは「雪の精」のようだった。同行している人を頼りにして歩いていたときのエルモとはまるで雲泥の差だった。
逆に言えば、同行者を頼りにせずに自力で歩こうとした私の気持ちがエルモはチャントキャッチしてくれたのだということがはっきりした。
このことひとつを取り上げて見ても、いかに私がエルモをだめにしていたかがわかる。
今回の「期日前投票」はそんな意味でも大変貴重な体験だった。

と感症に浸っていたのはそこまで。
投票を済ませ、途中ホテルへ寄ってランチを済ませてから返ろうと帰りのコースを変えたのが事件のはじまりだった。
裏道を通ってきたので気が付かなかったが、ホテルまでの道は歩道とアーケードになっているので雪の障害は免れるものと思って歩き始めた。
そもそもそれが大きな間違いの元だった。

 エルモの動きが止まった。
歩道に向いているのに 動かない。
後ろについてきていた弱視の友人があわてている。
歩道がないとのこと。
そう 頼りの歩道には雪がドッサリ積もっていて、人の歩いた形跡がないとのこと。
そうだったんです、日曜日だったため、福祉事務所も、商店もお休みで歩道の除雪はしていなかったのです。
仕方がないので車道を歩くしかありません。
その車道も道幅が狭いため非常に危険な状態のようです。
ホテルまでは慣れた道でもあるのでどうにかなるだろうくらいの気持ちといざとなれば弱視のサポートがいるという、安易な気持ちがかつてない経験へと導いて行った。


 弱視だからと思って安心していた私もうかつだったが、その弱視のサポーターの動きがおかしい。
銀世界となってしまった町並みは、その弱視のサポーターさんにとっては、全てが真っ白に見えて全く感覚がなくなってしまったようだ。
「ちょっとまって ちょっとまって」 といいながらあっちへ行ったりこっちへ戻ったりと怪しげな動きになっている。
それでも それほど見えていないともわからないで私は後から付いて行くしかなかった。
「えっ? 今どこ歩いているの?」と聞いても「真っ白で見えない見えない チョット待って」というだけで、現在地がわからなくなってしまった。
視覚障害者だけで歩くときはお互いのことはお互いに責任を持って歩かなければいけない。
たとえ何があったとしても、それは自分の責任で型をつけなければいけない。
そんなことは今までにも何回となくあった。
考えて見れば、エルモと二人っきりで歩いていたときよりも、弱視のそのサポーターさんと一緒に行動していたときのほうが怪我をしている率が多い。
それはやはり、私自身が人を頼ろうとする気持ちがあるため、油断していたり、同行している人が盲導犬同伴のこちらの行動まで理解できないためにおきるトラブルが多い。
よくよく考えて見れば、エルモも私も自律歩行が衰えていった理由のひとつとなっているこの現実から逃れようとして、3年ほど前から私は行動を共にすることを頑なにやめた。
悪い習慣から脱皮しようと、真剣に苦しみ悩み脱皮に成功したのだった。

それなのに 今回また同じ過ちを繰り返そうとしてしまった。
人を頼りにしないで最初っ殻タクシーにすればこんなことはなかったのに… …。
「後悔あとをたたず」

膝した位の積雪がいつの間にか、膝の上まで来ている。
気づくとエルモの動きがおかしい。
「ピョンピョン」跳ねている。
そうかぁ 私の膝上まで雪があるということは、エルモにとっては顔が埋もれているはず。
前が見えなくなったエルモは、視界を求めて飛び跳ねているんだ。
ラッセル者状態のエルモ。
「アララララ 困ったなぁ 速く脱出しないと」とあわてている私に「妙ちゃん どご歩いてる?」と知り合いの声がした。
「エッここどこ?」と聞けばホテルへ向かっていたはずなのに、なんと方向が全く違がっていた。
そのとき初めて、同行していた弱視のサポーターさんの視力がこんな状況の中ではほとんど見えていないんだということがわかった。

 親切心を、むげに断ることができなくて、同行した私の優柔不断な態度に、またまたあきれてしまう結果となってしまった。
人間関係の難しさ!
視障協関連では、お互い無視のできない立場にあるため、竹を割ったような付き合いは難しい。
されど、エルモとの関係が崩れるのはもっと重大な問題である。
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by wappagamama | 2012-12-12 13:25

豪雪の中「期日前投票」へその2


 あの悪条件の中、よくもエルモは迷いもせずに「障害学習センター」まで私を誘導してくれた!

あの悪条件の中、エルモはお仕事意識バッチリととても頼もしく、とてもかっこよかった!

 に比べ、鼻水拭き吹きとてもかっこ悪い私とは正反対のまるでエルモは「雪の精」のようだった。同行している人を頼りにして歩いていたときのエルモとはまるで雲泥の差だった。
逆に言えば、同行者を頼りにせずに自力で歩こうとした私の気持ちがエルモはチャントキャッチしてくれたのだということがはっきりした。
このことひとつを取り上げて見ても、いかに私がエルモをだめにしていたかがわかる。
今回の「期日前投票」はそんな意味でも大変貴重な体験だった。

と感症に浸っていたのはそこまで。
投票を済ませ、途中ホテルへ寄ってランチを済ませてから返ろうと帰りのコースを変えたのが事件のはじまりだった。
裏道を通ってきたので気が付かなかったが、ホテルまでの道は歩道とアーケードになっているので雪の障害は免れるものと思って歩き始めた。
そもそもそれが大きな間違いの元だった。

 エルモの動きが止まった。
歩道に向いているのに 動かない。
後ろについてきていた弱視の友人があわてている。
歩道がないとのこと。
そう 頼りの歩道には雪がドッサリ積もっていて、人の歩いた形跡がないとのこと。
そうだったんです、日曜日だったため、福祉事務所も、商店もお休みで歩道の除雪はしていなかったのです。
仕方がないので車道を歩くしかありません。
その車道も道幅が狭いため非常に危険な状態のようです。
ホテルまでは慣れた道でもあるのでどうにかなるだろうくらいの気持ちといざとなれば弱視のサポートがいるという、安易な気持ちがかつてない経験へと導いて行った。


 弱視だからと思って安心していた私もうかつだったが、その弱視のサポーターの動きがおかしい。
銀世界となってしまった町並みは、その弱視のサポーターさんにとっては、全てが真っ白に見えて全く感覚がなくなってしまったようだ。
「ちょっとまって ちょっとまって」 といいながらあっちへ行ったりこっちへ戻ったりと怪しげな動きになっている。
それでも それほど見えていないともわからないで私は後から付いて行くしかなかった。
「えっ? 今どこ歩いているの?」と聞いても「真っ白で見えない見えない チョット待って」というだけで、現在地がわからなくなってしまった。
視覚障害者だけで歩くときはお互いのことはお互いに責任を持って歩かなければいけない。
たとえ何があったとしても、それは自分の責任で型をつけなければいけない。
そんなことは今までにも何回となくあった。
考えて見れば、エルモと二人っきりで歩いていたときよりも、弱視のそのサポーターさんと一緒に行動していたときのほうが怪我をしている率が多い。
それはやはり、私自身が人を頼ろうとする気持ちがあるため、油断していたり、同行している人が盲導犬同伴のこちらの行動まで理解できないためにおきるトラブルが多い。
よくよく考えて見れば、エルモも私も自律歩行が衰えていった理由のひとつとなっているこの現実から逃れようとして、3年ほど前から私は行動を共にすることを頑なにやめた。
悪い習慣から脱皮しようと、真剣に苦しみ悩み脱皮に成功したのだった。

それなのに 今回また同じ過ちを繰り返そうとしてしまった。
人を頼りにしないで最初っ殻タクシーにすればこんなことはなかったのに… …。
「後悔あとをたたず」

膝した位の積雪がいつの間にか、膝の上まで来ている。
気づくとエルモの動きがおかしい。
「ピョンピョン」跳ねている。
そうかぁ 私の膝上まで雪があるということは、エルモにとっては顔が埋もれているはず。
前が見えなくなったエルモは、視界を求めて飛び跳ねているんだ。
ラッセル者状態のエルモ。
「アララララ 困ったなぁ 速く脱出しないと」とあわてている私に「妙ちゃん どご歩いてる?」と知り合いの声がした。
「エッここどこ?」と聞けばホテルへ向かっていたはずなのに、なんと方向が全く違がっていた。
そのとき初めて、同行していた弱視のサポーターさんの視力がこんな状況の中ではほとんど見えていないんだということがわかった。

 親切心を、むげに断ることができなくて、同行した私の優柔不断な態度に、またまたあきれてしまう結果となってしまった。
人間関係の難しさ!
視障協関連では、お互い無視のできない立場にあるため、竹を割ったような付き合いは難しい。
されど、エルモとの関係が崩れるのはもっと重大な問題である。
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by wappagamama | 2012-12-12 13:11

豪雪の中「不在者投票」へ…その1

 昨日日曜日、「不在者投票に行きませんか?」とのお誘いがあった。

 またまた昨日に限って膝下くらいまでの降雪量があり、エルモの誘導で一人で行くのは危険だと思って躊躇していたところだった。

まが悪いことに、大量に降った雪は、日曜日ということもあり、除雪車も着ていない。
それに何よりも、流雪溝(りゅうせつこう)の稼動開始が今月の15日から出なければ稼動しないとのこと。


 膝下くらいまで積もった雪は、息子が駐車場の脇に積み上げてくれてはあるが、ほんの一日で駐車スペースがなくなってしまうほど積もってしまった。

 なんだかんだ理由をつけて、投票に行くチャンスを見逃してしまうことのほうが痛手だとおもい、とりあえず出かけることにした。

 先日のホローアップの際、防寒儀に不備があっり大失敗をした経験を生かし、今回はガッチリ防寒対策を決め込んだ。
雨と霙と雪の違いは条件は大きく違うが、目の見えないものにとってはどこで何が障害になるかわからない。
今回は特に、積雪量が多いので、道路も道なき道と化していることが想像される。
なので、ブーツの上についている長い紐をぐるぐる巻きにして上から雪が入らないようにした。

 一緒に同行してくれる人も弱視ではあるが、目の前のものは見えにくくとも、周囲が広くぼんやり見えている人なので、何かと力を貸していただいていた。
ところが困ったことに、その人は先へ裂きえと喋ってしまう人なので、エルモのほうがそれに反応してしまうという大変困ったことになってしまう。
出発前「何にも言わないで後ろから黙って付いてきて見てて」とお願いした。

投票会場は「障害学習センター」
そうです! ここまでのコースは、ホローアップで何回も訓練した場所。
「今までのエルモとは違うよ」というところを見てもらうためにもいいチャンス!。
スタート直後、道路の積雪は想像通り!
車のわだちのほかは、ブーツの上まで積もっている。
私はその雪をこぎながらの前進となった。
「?ん? とすれば エルモは? え?車のわだちを歩いているの?」
当然道路幅も狭くなっているはず、「寄って? 寄って?」の支持にも反応が悪い。
私の帽子にも肩にも雪がモサモサ降っている。
エルモの頭や背中にも積もっているはず。
時折「ブルブル」とエルモは雪を振り落としている。
でも、お仕事意欲はきちんと意識しているようだ。

 時々後ろから「後もう何メーター」とまたおしゃべりのサポーターの非常に迷惑な大きな声がする。
「黙って見てて!教えないで! エルモはちゃんと覚えているから!」と私の声が銀世界に大きくこだまする。

帽子を伝わって冷たいものが流れて落ちる。鼻水が流れている感覚があっても、タオルはリュックの中。
触覚を頼りにしている関係上、手袋は使えない。
人差指と親指で、流れているであろう鼻水を何回となくこくった。
調子よくお仕事をしているときは、極力その流れを壊したくない。
たとえ、冷たいものが首筋を伝わっても、鼻水が流れ落ちてもめったに歩みを変えることはできない。
どおう? 「ワイルドでしょ!」(ん?)


 「湯沢市青少年ホーム」到着です!
道なき道・モサモサ降り続ける雪という悪条件の中、エルモは目的の「ドアー」に無事入りました!。
「よしよしよし! エルモ グットボーイだよ! かっこいい! かっこいい! すごぉくかっこよかったよ!!!」といいながら、かぶっていた帽子を脱いでエルモの頭と背中の雪を払ってあげているうちに、暑いものがこみ上げてきた。
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by wappagamama | 2012-12-10 12:06

時差ぼけ記事です


 1年と9ヶ月ぶりでまたまた大きな地震が!!

 パソコンのキーボードをたたいていたら、突然携帯電話のエリアメールがぶーぶー鳴り出した。

 ギシギシ ガタガタ の真っ最中、私は何を始めたでしょう・
ガタガタ揺れる中でブーツをはき始めていました。
丁度温風ヒーターの前に乾燥していたブーツに一生懸命足を入れようとしているのです。
よろよろしながらそれでもしっかりはいた後、ストーブのスイッチを切って今度はエルモにリードをかけ・ドックフードと携帯電話をポケットに突っ込みながら、家の中でエルモと二人でうろうろしていました。
速かったこと! 直後かなちゃんから電話。
コリャ! また来るよ! 寒くないようにして非難準備をしてなきゃね! という危機感に襲われるほど怖かった!
押入れのあっちこっちにリュックにつめた非難用品は、いつの間にかばらばらになってしまってあまり用を成さないものばかりが残っていた。
あの大地震の危機感が薄れている証拠を見た。
つい先日、視障協主催で、「災害時緊急対策・炊き出し講習会」を行ったばかりだったのに…。
唯一サイトワールドで購入した「視覚障害者向けの非難用品」が一式手付かずにきれいなまま床の間に鎮座ましましてござった。
それだけでもなんか安心感というか、ホッコリした気分になった。
その後あわてて再度、着替えや、火のいらないお灸「太陽・世界」などを持ち出しようバックにムリクリ詰めこんだ。

 陸前高田で家を流された綾ちゃんの言っていた言葉が頭をめぐった。
「湯沢は津波が来ないからいいよ! たとえ家がつぶされて信者っても、遺体が残るから見つけてもらえるでしょ」壮絶な経験をした人でなければ出てこない言葉だった。
そのことを思い出したら、あわてても使用がないか…という気持ちになった。

 報道では近いうちまた大きな地震が来るかもしれないといっていたけど、日本列島も危ないなぁー 
でもまぁー この年まで生きたんだからこの先何があっても仕方ないかぁ?
好きなことやって生きてきたんだからもう いまさら命乞いはしなくともいいわ
なぁんちゃって ね? 
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by wappagamama | 2012-12-10 09:53

冷たい霙のと泥はねの中のホローアップ

 12月4・5日(火・)この悪天候の中、ホローアップをしていただいた。

 4日午前、盛岡から飽きたい利したN先生、湯沢到着予定は10時半ころとのこと。
今回はいつもとは違って、我が家に顔を出さずに先生の気配をエルモに気づかれないようにして後ろから隠れて      歩きを見てくれるという作戦。
そう この子達は、先生が見てくれているとしっかり演技をする。
いえ それは 盲導犬だけではなく、私自身の意識もそうなってしまうようだ。(苦笑
折角北海道からホローアップに来ていただいても、「普段の困ったチャン」を見ていただけなかったら、来ていただいた意味が半減してしまう。
「柿崎さんが心配するようなことはありませんよ、エルモはきちんと歩いてくれていますよ、エルモを信頼して任せてみてください」という言葉で何回ジレンマを感じてきたことか……。
とすれば、結局は私自身の方に問題があるのだろうか?… という結論に達してしまっていた。
そしてこれ以上ホローアップを頼んでも改善策が見つからないとしたら、私自身の自信のなさと地元の地図がイメージできていない私の責任となってしまう。
という結論の元、以来 7年間ホローアップとは縁遠くなってしまっていた。

 と、 ここまで書いてみて思った。
なんだかんだ理由をこじつけて上手に歩けなかったことを弁護しようとしている自分がいることに嫌気が差してきている。
だから話題を変えようかと思うが、ここまで書いてしまった以上やめるわけにはいかない。


 初日4日10時過ぎ、N先生から携帯に電話が入った。
「今近くまで来ていますけど、雨が結構降っています、少し様子を見てからにしましょう」
防寒儀に防水スプレーをたっぷり振りかけて出発準備万端整っていたが、先生のその電話で時間聴性となった。
その間先生は協会のワゴンの中でひたすら待機。

待つこと子一時間、「少し雨が小降りになりましたけど どうしますか?」
「ハイ 行きます」と姿は見えなくとも携帯電話でのやり取りで、本当はエルモは感ずいているのでは?…
雨の日なんてエルモと外出するときは必ずタクシーで出かけているのだから… 
エルモだって不思議に思うはず…。

 とにもかくも 折角の貴重な時間を1時間でも無駄にはしたくない、という欲張りな気持ちが俄然勝ってしまって「少しくらいの雨なんか」なんて気持ちで出発した。
目的は「湯沢市生涯学習センター」ここまでは前回のホローアップの際、成功報酬として「ドックフード一こ」というやりかたでエルモの作業意欲がぐんとアップして成功しているパターンだった。

「センターまでの行きにしますか」とN先生往復ではなく、行きだけの片道だけを見る?との問いに、私「いえ 往復にします」と少しばかり難しくとも往復を遠くから見ていただきたいという気持ちを伝えた。
連日の雨で一ヶ月以上も練習できずにいたので成功する自信があったわけではない。
とは裏腹に実は、ホローアップの成果を見ていただきたいという気持ちもあった。

 代一関門無事通過道路の端に 「寄って?」の支持の反応はよい。
「寄って コーナー」(コーナーとは曲がり角のことを言う)の支持でもきちんとコーナーで一時停止。
八幡様のT字路で持ちてを変えて(持ち手を変えるとは、盲導犬を左手持ち出歩いていてコーナーで横断して左へ曲がる際は、盲導犬は右手持ちかまたその反対の動作のことを言う)左へ横断。
次の難問図書館どおりへ右へ曲がるコーナーも無事通過。
ここは、旧国道へ出る信号のある交差点との分かれ道で、エルモが特に行きたがる魔の交差点である。
ここも特に意識を集中してエルモに騙されないようにしなければいけない難所となっている。
図書館道理に入ってしまえばしばらく一直線。
とはいっても、これまた気を抜くことができない。
なぜなら、この通りの左側には旧国道へ抜ける横道が2本もある。以前はそこへ知らん顔して斜め横断しながら旧国道へ誘導されていた事実が何回あったことか?…。
それに道路側に突き出している電柱が何本もあって右へ「寄って」をかけても、その電柱を避けようとしているエルモの気持ちもわからないでムリクリ左へ寄せて図書館や民家の駐車場に入っていったこと幾たびか。
こんな単純なところでさえ「見えていない」ということの恐ろしさ。
ぼんやりとでも確認できているとそうでないとの大きな違いを感じざるを得ない!
とはいっても仕方のないこと…。
やれやれ と思っているうちに、やっと渡辺病院の角。
そこがまた、流雪溝(りゅうせつこう)のグレーチングがある。
それも、道路の中央に伸びている長いもの。しかもその角の建物側ぎりぎりにもご丁寧にグレーチングがもう一枚。
エルモにとっては絶対的に上には載らない。
ということは、それを避けようとすればどうなるでしょう?
想像していただけますでしょうか?
そうです、そのグレーチングの上には絶対に載らないのですから、当然道路の真ん中によって行きます。
それをさせないようにこちらがコントロールすれば、今度はグレージングの上を飛び跳ねるのです。
それでも私がそれを事前に察知しているときはその方が成功なのですが、時としてその現場だとわからずにエルモに先に飛び跳ねられてしまったらびっくりします。
「あっ そうだったのか そうだったのか よしよしよし グットボーイ」とあわててほめ言葉ガあとから付いて行くという状況。
もっともっとギリギリ渡辺病院側に寄らせればエルモ一人分くらいは歩けるのだが、そこを ギリギリ寄らせて歩くと、次に出てくる渡辺病院の入り口に入り込んでしまうという難所なのである。
この難所をクリヤーすれば、この先距離的にはたいしたことはない。
とはいってももう2回、コーナーガ控えているんですけどね…。
実は、そのコーナーが前回のホローアップで成功を収めたコーナーなのである。

今回、そこまでクリヤーできることを願って往復路に挑戦していたのだった。

元の青少年ホームを通過し、 市役所どおりまで出て、コーナーを支持して右へ曲がれば後は目的地障害学習センターどおりに出る。
それも、商工会議所の縁石やスロープそれに駐車場出入り口などと私には認識できていなかった障害物としかおもえないものがたくさんあった。
それらのものは今までほとんど私にとっては障害物に過ぎなかった。
だからエルモの誘導で歩いていてもほんの少しだけ一歩か二歩 左右前後に反れてしまえばそれは明らかに障害物となってしまうのである。

「アレッ? おかしいな? 違うんじゃない? エルモ違うよ どうしたの? 」ということになる。
正確な道だけしか覚えていない私にとって、一・二歩ずれて、違うものに触れてしまえばそれだけで、「間違っている」と思い、修正するためにもう一度「あと」(回れ右をしてもと来た方向へ戻り、もう一度やり直すというやり方)。
本来ならば、少しずれたところの環境認知もしておかなければいけないのだということを今回更に改めて確信した。
ましてや、盲導犬の誘導で歩いていればめったに間違うことはないだろうと思う方もいるかもしれませんが、それは違います。盲導犬だって生身の生き物です。
気分の乗らないときもあるし、ほかのことに興味を引かれることもあるし・それより何より、私自身が不安になったりパニックになったりしたら特にエルモの場合私のそんな新疆の変化を即座に読み取ります。
そしてそれがよい方向に修正してくれるのではなく、逆に「えっ? かあさんどうしたの? えっボクどうすればいいの? ボクも困っちゃったよぉ」と一緒になって迷ってしまうタイプなのです。
そこがこの子のこの子たるゆえんなのです。
その点ユーパスと違うところです。
ユーパスは「母さん大丈夫だよ こっちこっち ボクに任せておいて」というタイプでした。
正直言ってこれは大きな違いです。
だからある意味怖さも知らずに歩いていたのです。そんな癖が抜けないままにエルモとも歩いていたのでしたが、あるときから一体全体どうしたんだろう?なんでこんなに歩けなくなってしまったんだろうという不安感に襲われていた自分がありました。

 もう少して目的地障害学習センターに到着するところまで書きましたが、ここで携帯電話のエリアメールがありました。また大きな自信がありました。
こわかったぁぁー 
エルモにリードをかけ・ドックフードと携帯電話を持ち・上着を着て、長靴をはいて家の中をうろうろしてしまいました。(笑えない笑い)のところへかなちゃんから電話
続きは明日にします。
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by wappagamama | 2012-12-07 22:21

今年も残すところ後 一ヶ月をきりました


 師走です 師走です 今年も残すところ 後一ヶ月をきりました。

 一昨日から雪が降り始め、長雨で泥だらけになっていた全てのものが真っ白に包まれました。
今朝のエルモの排便タイムには、雪がうれしくてなかなか排便しようとせずに雪のにおい取りに夢中になっていたエルモクンでした。

 長雨が続いていた期間はなかなかお散歩ができません。
エルモの体が泥だらけになるばかりか、私の靴もズボンもエルモクンの足ではねた泥で汚れます。
だからいっそのこと、早く道路が圧接になってくれた方が落ち着くのです。

 冷たい霙などの日には盲導犬と外出するのは至難の業です。
盲導犬に誘導されて歩いているときはかさがさせません。
両方の手がふさがるということは大変なことです。必ず片方の手はあけておかなければいけません。
いえ もしかしたらかさをさすユーザーもいるかもしれませんが、私はだめです。

 時折折りたたみ式薄杖をバックから取り出して安全確認をしなければいけないこともあります。
それに、エルモが上手に誘導してくれたときにも「グットボーイ グットボーイ」とほめながら首筋をなでてやるためにも必ず肩手はあけておかなければいけません。
こんな状況下、どんなに冷たくともかさをさすという行為には及びません。
だからこそ、雨や霙の日には外出が困難なのです。
だからこそ、早く雪になってほしいのです。

  今朝早朝、除雪のためのブルトーザーの音を寝床で聞いていたので、もしかして?…と思ったが?…
出かけるころにはもう道路はグッシャグッシャザブザブ状態!
折角ホローアップで訓練した生涯学習センターまでのコースだったけど… …
去年は正月前に圧接になったけど、それも珍しいこと。
まだしばらく年内はこんな悪条件が続くのかと思うと… …

はぁやくぅこいこい 圧接道路ぉ~♪
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by wappagamama | 2012-12-02 15:09