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ボクおとなになったでしょ?

夜眠るときと落ち着きたいときに、一人で入って寝ていたエルモのゲージ。

室内の模様替えと共に、そのゲージは西側の私の寝室の廊下に移動した。
もともとは、来客の出入りの激しい茶の間兼待合室?の狭い廊下においてあったのだが、少しでも広くスッキリしたいという目的で、隣の廊下に移動した。

 隣の廊下もそれまであったところと同じ、南向きで陽射しが暖かく洗濯物干し場としても最適なスペースである。
2間半ほどのゆとりのスペースなので、ソファを置いた横にエルモのゲージをおいたのだが、ソノ上には洗濯物が干してあり、乾けばたたんでエルモのゲージの上に積み重なるというすばらしい作業能率の上がる動線上にあるため、エルモのゲージの上はいつも乱雑と化している。
おまけに、息子までが脱ぎ捨てたものをそこに置く癖があるのでゲージの中は直射日光が当たらないで素晴らしい環境ともいえるかもしれない?……(エルちゃんごめんね)


楽なことはついつい見逃してしまうという私の悪い癖。
折角ゆとりのスペースが手に入ったのに、こんなに乱雑にしていたら何もならない。
と、思い立ったら命がけ? ってゆうか? 思い立ったらすぐにやってしまわなければ気がすまない病になることがある私。
ボーッと テレビを見ていた息子に「チョットチョットチョット! お願いお願い エルモのゲージたたんで?大至急大至急お願い!」 とさもさも忙しい不利をして息子の腰を上げさせた。
「後でもえがら やってけれな」なんてのんびり頼んでいたらいつ動いてくれるかわからないので、祭りのみこしを挙げるかのように、行き良いよくリズムカルニみこし
を上げてもらった。(ヒヒ)
しかも、物を頼むときぐらい東京弁になっているというしたたかなヤリテババーと化している。
でもこれくらいの芝居っ気がなければ、テコでも動かない息子を動かすのは用意でないこと。

 ゲージを片付けた後に、タオルケットとエルモお気に入りの大きなぴんくのクッションを置いて「エルちゃんここがエルちゃんのベットだよ」眠くなると一人でエルモはそこに行って寝ている。
夜もそこが自分のベットだということで一人で寝ている。
と思ってこっそり息子が見に行ったら、北側の奥の部屋の息子の万年床にベットメーキングをしてすやすや寝ていた。
お散歩から帰った後や・食事が済んだ後には一人でトコトコトコと隣の部屋に行き、おとなしく寝ている。
今まで長い間、エルモのゲージは家族のいるスペースと同じところにあったのだが、エルモも大人になったものだ。?
隣の部屋で孤独を楽しめるようになったエルモ?。


だが、私の物音を聞いて「トコトコトコ」と傍によってきて思いっきり背伸びをしている……
こんな平和がいつまでも続きますように……
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by wappagamama | 2012-05-31 21:18

解体作業の重機操作を見つめる熱い目…


 隣の古民家に重機が入って昨日で3日目。
我が家から10mも離れていないところでの作業なので、その物音は結構激しい。
治療室は二重サッシなので、患者さんとの会話には支障がないが、それにしても音がさえぎられるというのは落ち着かない。
昔まだ視力が若干残っていたころ、すぐご近所でこのような作業を見ていたことがあるので今回のこの作業もその物音で代替想像ができる。

 昨日午後から我が家の息子が、治療室の曇りガラスを空けて、素通しのガラス戸越しにしばらくその作業の様子を見ていた。
息子はトンネル工事の現場で働いていたので、そんな重機の操作作業が懐かしいのかもしれない。
私が部屋に入っていったのに気付いた息子は、珍しくそっちから声を発した。
「まじぇにゃごど?(よく平気だな)手元(重機に乗らないでそばで作業をする人のことのようだ)のとうさんだぢ、あんなに近くでうごぎまわっている、信じられニャ」
このひとことで、自分がトンネルで働いていたときのことを思い出しているのだろうと感じた。
解体作業と・トンネル作業では安全完備などもいろいろ違うのだろうこと・「手元」といわれる共同作業するパートナーたちとの約束事などのこと、一瞬にして息子の現役の姿がチラットのぞみ見たような感じがした。
「おめも こうゆうナサ乗っていた灘が?」との問いかけに「んだ これよりもっとデッキャなだ ユンボどが、トンネル内の土を削るやつで、もっともっとデッキャなだ」
元々無口で職人気質な息子は、こんな風に自分の仕事の話はめったにしない。
でも、解体作業を目の前に見ていて、「昔取った杵柄」の地が騒いでいるのではと思い、「おめ こうゆう仕事すぎだべ?」「ぼくもかででぇ」って行って見れ」といったら「ガッハハハハァ」

 ≪黒部の太陽≫をテレビで見ていたとき、石原裕次郎の役の人の立場の人の責任感の強さ・自分の上司と重ね合わせて言葉少なに語っていた。
そのとき初めて息子は仕事の内容を話してくれた。
あの映画に出ていた建設会社と同じヘルメットをかぶって作業していたことなど、テレビの画面に身を乗り出して、熱い目で見ていたのは2・3年前だったかな。
「また 黒部の太陽が映画館で放映されるらしいよ」といったら「んだっけな」とさすが もうすでにチェック済みだった
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by wappagamama | 2012-05-27 09:29

老いた古民家の破壊音で、かつての住民の面影浮かぶ…

 通称(i先生がつけた名称)「猫屋敷」が空き家となって10年以上放置されていた。

もともとはかやぶきの平屋建ての古民家。
2百坪ほどの敷地内にはその昔、裕福な暮らしをしていたであろうことを思わせる、立派な庭が整備されていた。
立派な立ち木たちも最近は見るも無残な荒れ放題と成り・蛇でも出てきそうなほどのジャングルと化していた。
お陰で去年は、ひどい目にあった。
というのは、伸び放題伸びたその樹木たちに「あめしろ」が大発生したのだ。
ほんの数日のうちに、棗の木がスッポリ裸になってしまった。
その棗の木は、我が家の屋根の上までかかるほどの枝が伸びていて、あめしろたちが網戸をはっているという息子の話を聞いただけで、体がかゆくなって夜もおちおち眠れなくなったということがあった。
我が家の花壇は勿論、駐車場の草やらまであめしろが我が物顔で進入していた。
お陰で私は草無すりもできず、シルバー人材センターに頼んだということもあった。
北側の治療室から見える外の景色は、そんなわけでうっそうとしていてあまりありがたくない景色のようだった。 

 ところがつい最近、留守の日に郵便受けに、お断りの挨拶のチラシとたおるせっとが入っていた。
「まるまるばつざえもん邸 解体作業のためご迷惑をおかけします」
作業開始は、屋敷内の樹木の伐採から始まった。
伐採作業は3・4日ほどかかった老化、ソノ数ヶ月前には、庭石やブロック塀などが取り去られてあったので、樹木がなくなったとたん、我が家の治療室が道路から丸見えになってしまったらしい。
我が家の治療室は北側に、一間幅の床からの二重サッシ戸になっているが、南北に通っているソノ道路とは4・5件くらいしか奥まっていない。
真夏の寝苦しい夜などは、サッシ戸を少し開ければ、隣の森林を通り抜けてきた風邪が冷たくて気持ちよかった。
だが、これからはそんなことはできない。
視界をさえぎるものは何もなくなってしまった今、いくら年寄だといってもそんな無用心なことはできなくなってしまった。
それより何より、治療室の方の目隠しをしなければいけない。 
北側なので、ゴーヤーも育たないだろうし、へちまも同じだろうか?
すだれでも下げておくしかないかな?

 解体作業開始から二週間ほど経った今日、やっと大きな機会 重機?ユンボ?なんてゆうのかしらないけれど、金属製の大きな塊がほこりだらけの古い建物を破壊している音がしている。
お芝居でたとえれば、話の流れが見せ場に差し掛かったと言うところかな?
これぞほんとの解体作業ってとこかな?

ここまで来るのに二週間もの間何をしていたかと思うでしょ?
私自身も「あ そうなのかぁ? そうゆうことなのね?」と感心しながらソノ作業進行を聞き守っている?
1・家裁道具一切そのままになっていたらしく、家の中のそれらの道具から片付けていた。
2・その後、瀬戸物類・ガラス類などを一括して大きな硬い箱に投げ捨てた後、何か硬いものでたたいて砕いていた。
3・いよいよ重機が入るのかなと思っていたら、意外にも、トンカチか何かで「コンコンコン カンカンカン」と壊すというよりソノ反対のような音がしてきた。(不思議だな?)この音には理解ができなかった。解体とはいっても私には想像のつかない段取りがあるのだなということをチョット疑問に感じた。
それらの作業が終わった後、いよいよメンエメント「解体」。
長い歴史とさまざまな人の営みを知っているその老いた小民家が「バリバリ・ガリガリ・ギーギー」と悲鳴を上げて破壊されていく。
長い歴史が壊れて崩れていく音。
後数日するとこの隣の景色もスッカリ消えてなくなてしまうのだろう……。
私がここへ引っ越してきた19年前はまだソノお宅には老夫婦が暮らしていた。
それまで暮らしていたアパートの火災で、急遽越してきたこの家で、初めて声お掛けていただいたのがその奥さんだった。
いくらか視力が残っていたころなので、その温厚そうなご夫婦の顔も家の形も庭の様子も雰囲気は記憶に残っている。
今、ソノ家が破壊されていく音を聞きながら、その穏やかなご夫婦のおもかげと朝晩の規則正しい古い雨戸の開閉音や生活音がよみがえる。
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by wappagamama | 2012-05-25 21:54

久々の休日


  ここしばらくは なんやかんやで落ち着かない日々を過ごしていた。

冬の間開店休業モードだった我が治療室にも、ありがたいことにやっと普段の営業状態に戻りかけている。
そして、お天とう様の陽射しが暖かくなると、これまた、庭の草花たちの事が気になりだす。
放っておいても毎年芽を吹き枝葉を伸ばし花のつぼみをつけてくれる、いとおしい草木たちを触覚嗅覚とで楽しんでいると、もっともっと沢山 花が欲しくなる。
ソノ欲望は、ほぼ毎年繰り返し私の心を襲ってくる。
一時期奥野住民の車の往来の邪魔になると、息子に注意された年、仕方なく多くのプランターと鉢植えを処分したことがある。
ソノ年、数年ぶりで同居を始めた、息子との生活や将来のことを思い悩んでいる自分がいた。

そして、そんな状況下、土いじりもできずにいたことが後になって、私のストレス解消の場もなくしていたことに気付いた。
それに気付いた私は、何かカラだ出するかのように、またまた 猛烈に(とはいっても 言葉上の表現であって、気分的な問題です)草木を植え始めた。
もっとも、土いじりというくらいなので、それは「草むすり」だって、私にしてみればすとれすかいしょうとなっているのかも…。
汗をかいて地べたに這いずり回って雑草を思いっきり引っこ抜いているときはなんとなく爽快な感じがするって言ったら、「無理しやがって」といわれるかな?…(うふ

ふふ)。

 この時期は、暑からず寒からず、外の仕事をするには最高に良い気候。
それに、あれから数年、奥野アパートには住民は一人もいなくなった。
(高齢化となって施設に入居したり、息子たちと同居を始めたりという理由。私が追い出したわけではありませぇんよ)
したがって、この広い駐車場は、私一人のもの!
我が家に出入りする車意外は誰も入ってこない。
ということを良いことに、私の土いじり病に拍車がかかった!
とはいっても、たいしたことができるわけではないが、車庫の中に押し込んでいたプランターや鉢を引っ張り出してきてもらって えっ? そうそう 今は息子もあきれて私のやることにしぶしぶながら協力してくれるようになりました)、またまた土いじりを始めている。
温泉場に出かけていって観光するわけでもなしぃ、夜な夜な町へ出て酒飲みをして歩くわけでもなしぃ…(数年前までは結構やってたかなぁ?)
ヘルパーさんに安い花の苗と土を沢山買ってきてもらって、駐車場内をプランターを持って行ったりきたりこのときは両手がふさがっているのと・白状など頼りにしないのでほとんど「感」で動いている。
方向感覚を取り戻すまでは少し時間がかかるけど、それでも好きなことをやっているときは何にも苦にならないってのも不思議。
昨日は、5種類のハーブと今流行のミニなでしこのプランターが4こ。
移植が終わった後に大きなじょうろでたっぷりの水を掛けてやりながらしっかり根っこをつけてね?…
とエルモと二人でお花のにおいをクンクンクン クン…
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by wappagamama | 2012-05-19 15:26

24年度視障協満開の桜開花の元新たなスタートを切った!


ご来賓の皆様・会員の皆様・そしてサポーターの皆様、本日はご多忙のなか、湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会定期総会にご臨席いただきまして、まことにありがとうございました。

ご挨拶の前にチョット気になることがありますのでおたづねします。
今日の湯沢の桜の開花状況はいかがですか?
(会員さん)満開です。
(私)え? ほんとですか? 今年はとても待ち遠しい春でしたが、私たちのコノ総会当日にさくらが満開になったんですね、 まるで私たちのコノ総会を祝福してくれているように感じますね。



つい先日身体障害者総合福祉法が、多くの問題点を残したまま可決されたというニュースがありました。
勉強不足のため詳しいことは良くわかりませんが、本日錚々たるご来賓の方にご出席いただいておりますのでその辺のことなどもお話いただけるかと思います。


そんな社会情勢とは裏腹に、当視障協には喜ばしいご報告が沢山あります。
時間に制限がありますので、そのなかから三つほどお話させていただきます。
ひとつめは、
昨年は、皆様のお陰で創立30周年記念式典を開催することができました。
その際に湯沢市長・社共会長じきじきに来賓としてご出席いただいたことです。
それに、京の公子さん代理としてご主人様の京の学さん、その皆様方からのご慈愛に満ちた温かいお言葉は、私だけでなく、ご出席された皆様の無念にも伝わっていたことと思います。
当日ご参加いただけなかった肩は貴重な機会を逃してしまって、大変残念なことでした。

そして、当日の私の挨拶でお願いいたしました、「手紙作戦」を今回の定期総会で実現していただくことができました。
それは、一人でも多くの一般の視覚障害者手帳所持者に、私たちのこの視障協を知っていただきたいという理由で、湯沢市の方から直接その方たちに案内状を発送していただけたということです。
このふたつのことは、当視障協の歴史に残る出来事だといっても決して過言ではないと思いますが、皆様はいかが思いますか。


二つ目はとてもうれしいご報告です
本日コノ定期総会を持って新しく会員となられる方に、3名参加していただいております。
世間一般に何処の団体でも会員減少と高齢化という問題は、歯止めが利かない状況となっているのは当視障協も同じでした。
そんななか、3人の方に入会していただいたということは、今後の視障協にとって大きな勇気をいただきました。
新たな会員さんと共に、より楽しく充実した会となるよう会員一同邁進してまいります。


それから最後のご報告です。
3月30日サンミッシェル協会において、「第1回湯沢市ボランティア懇談会」共同募金パートナーミーティングが開催されました。
主催者は菅社共会長です。当初ご案内をいただいたときは、正直言って私が参加することは場違いなのではないかと思いました。というのは、対象団体がNPOだったり・ボランティア団体だったり・そのほか福祉団体ということでした。が
障碍者当事者が参加するという事を他には聞いていなかったからです。
それでも私は、勇気を出してサン渇したのには訳がありました。
それは、視障協の大きなバリアである、情報と・移動とそれに事務仕事のお手伝いをしていただきたいという願いがあったからです。
30団体50人ほどのその会場は、第1回ということもあり、期待と好奇心で熱っぽさお感じました。
そしてそこには、一人暮らし高齢者の安否確認電話のボランティアをしている朗読ボランティアこだまさんのメンバーの方たち・パソコンボランテァのトピアさん・毎年stt大会のサポートをしていただいている、NPOビーングさん・災害不及ボランティアでお世話になったボランティアさんたちや・私個人的にいろいろな活動でお世話になっている方たちなど、大勢の方に声を掛けていただきました。
中にはエルモのことを「ユーパス久しぶりだな」などと?…
その時点で、場違いなのではと思ったことはスッカリどっかに消えてしまいました。
私たちは障碍者として積極的に社会との交流をしていることの積み重ねが、こんなにも世間の方たちに応援していただいているんだという確信を得ることができました。
小さな 小さな 力でも、あきらめないで継続しているうちに、少しずつ少しずつ見えないところで根を鍼・枝葉を伸ばし・花を咲かせ・そして確かに実を結んでいることを実感しました。

今回の「手紙作戦」が何よりそれをものがたっていると思います。
印刷物を一手に引き受けていただいた社共さん。点字ぷりんたーに猛挑戦してくださった阿部さん、影になり日向に鳴りして応援してくださった多くの皆様本当にありがとうございました。


 湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会のスローガンを皆様ご存知でしょうか。
会員のより積極的な自立を目的に、社会参加の促進を計り、一般市民との総合理解を深め、視覚障害者の福祉向上と住みよい町つくりに努力する

このスローガンの本当の意味が、最近やっと実感できるようになりました。
そしてこのスローガンに恥じないよう明るい未来に向かってがんばってまいります。
今後ともより一層のご指導ご鞭撻をお願い申し上げまして私の挨拶とさせていただきます。
本日はまことにありがとうございました。
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by wappagamama | 2012-05-01 12:38