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盲導犬とスキューバーダイビング


浅野さん 盲導犬と絶望乗り越え 人生の素晴らしさ伝える

 盲導犬との体験をモチーフにした絵本を出版し盲導犬への理解を訴えている浅野麻里さん(61)=東京都在住=が4日、守谷市のイオンタウン守谷で啓発イベントを開く。進行性の視覚障害を抱えながらも相棒の盲導犬「フリル」とともに、趣味のスキューバダイビングにも取り組む。盲導犬との出合いを通して絶望を乗り越えたという浅野さんは「どんな境遇でも諦めず、一歩を踏み出せば何でもできる」と人生の素晴らしさを伝える。
 染織家として活躍していた浅野さんが視力の変化を感じ始めたのは十数年前。網膜色素変性症のため、ここ数年、視力は急激に低下した。
 4年前からラブラドルレトリバーのフリル(雌6歳)と暮らしている。大きな喪失感に包まれ「時が止まってしまったような」時期もあったが、人懐っこい性格のフリルと触れ合ううちに前向きな気持ちが生まれた。「今はほんのわずかな光を認識できる程度。少しでも何かが見えるのならやりたいことがたくさんある」
 昨年9月、「セアまり」のペンネームで 「もうどうけん ふりふりとまり」(絵・はまのゆか/幻冬舎エデュケーション)を出版。絵本出版の夢を実現させた。絵本の内容を音声で説明するCDも作った。目が不自由な主人公「まり」が盲導犬「ふりふり」と沖縄へ行き、一緒に海を泳ぐ物語。フリルとさまざまな挑戦をしてきた体験を基に、主人公の「一歩を踏み出す勇気」とそれを支える盲導犬の姿をつづった。
 10年ほど続けている趣味のスキューバダイビングは浅野さんにエネルギーを与えてくれるという。「海に潜ると悩みや不安がクリアになる。こんなに好きなことが見つけられたなんて幸せ」と笑顔を見せる。「フリルとタヒチを訪れイルカと泳ぎたい」などと夢は尽きない。いつか完全に目が見えなくなってしまうという不安はある。「だからこそ、きょうこの日を楽しく生きたい」と前向きに挑戦する喜びを語る。
 浅野さんは捨て犬を保護する活動を通して県内の人たちと交流があり、守谷市でのイベントは7月に続き2回目。
 4日のイベント(午後1時、同3時)では目が不自由になって人生がどう変わったかや盲導犬の役割などについて語るほか、フリルと出合った感動を込めた詩「ふりふりふれば」をシンガーソングライターの渡邊奈央さんが歌にして披露する。
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by wappagamama | 2011-12-25 11:30

oちゃん 障害超え旅行会社オープン


 全国47都道府県を単独で旅行した全盲の写真家大平啓朗さん(32)が、障害や年齢を問わず誰もが楽しめる旅行「ユニバーサルツーリズム」の普及を目指し、ツアーの企画や施設紹介などを行うサービス会社「ふらっとほ~む」を起業した。「障害で外出を恐れる人と、サポートの仕方が分からない人の溝を埋めたい」と、自身の経験を生かした情報発信を目指す。17日に事務所を函館市中島町の中島れんばいふれあいセンター内に開設する。
 大平さんは2003年に薬品の誤飲で視力を失った。失明後も、においや音などを頼りに撮影している。障害者を間近で見てもらうことなどを目的に、09年から1年間、1人で全国を回った。
 旅を通じ、「社会は健常者のペースでできている」と痛感。「バリアフリー」をうたう施設は多いが、点字ブロックのある場所が分からない。手すり付きで広々とした多目的トイレも、流す場所や鍵の開け方が分からなければ、視覚障害者には不向きだ。「障害者、健常者双方が欲しい情報を分かり合える橋渡しになれれば」と、会社設立の準備を進めた。
 社名「ふらっとほ~む」には、「ふらっと気軽に入れる」ことや、英語で「平ら」を表す「flat」、外に踏み出す起点となる「プラットホーム」になるようにとの思いを込めた。現在、NPO法人の取得申請中だ。
 社員は、大平さんのほか2人。旅行会社の協力のもとでツアーを企画したり、大平さん自身もガイドを行う。アイマスクを着用した、視覚以外で感じる街歩きなど、誰もが楽しめるユニークな旅行を提案したいという。
 道南の宿泊施設や飲食店などで、段差や手すりの有無や便器の高さ、アレルギー食への対応などを調べ、ホームページで公開も予定。事務所では自身の写真を展示販売するほか、点字作成のサービスや講演なども行う。大平さんは「函館は人気の観光地。来たい人が来られる街になるよう、情報を発信していきたい」と意気込んでいる。問い合わせは19日以降に同社(電)0138・87・0817へ。
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by wappagamama | 2011-12-24 17:32

めりー くりすま~す


 クリスマスを迎えてしまいました。

 先月から更新が途絶えて、気付くともう こんな時期になっていました。
ブログ更新に興味がなくなったわけでも、ブログ更新のねたがなくなったわけでもありません。
それに 体調を崩していたわけでもありません。
につけても… 毎日毎日訪問していただいていた方々にはなんとお詫びをして良いのか…。
改めてお詫び申し上げます。


10・11月は  古い建物のスペースを少しでも住み心地よくするためのさまざまなことに、多少なりとも心をときめかしていた。
しがない老鍼灸師のできる範囲内のことなので、お金を掛けるといっても多価が知れていることではあるが、それでもこの新しい居住スペースができたら…。
と さまざまな思いが頭の中を交錯していた。

それにはちょっとした訳があったからである。

  娘が原因不明の難病に取り付かれてしまったこと。
苦しんでいるその様子を見かねて、家に呼び戻そうと考えたのが一番の思いだった。

日本でも一流といわれる棒結婚式場に勤務していた娘の就労時間はとてつもなく長いく不規則だった。
それでも、望んで入った職場だということ・仕事に対してのやりがいなども楽しんでいるようにも思えたが、彼女の心と体を蝕んでいたものは他にもあると私は感じていた。

それがはっきりと確信できたのは夏に娘のところへ長期滞在したときだった。
このままの生活を続けていたらいくら治療しても、いくら医療にお金を掛けても娘の病気は良くなるわけはないと確信した。

 そこで考えたのが娘を家に呼び戻すことだった。
環境を変えて実家でゆっくりと過ごすこと、ゆっくりした気持ちで毎日「経絡治療」を施すことができたら必ず体調は良くなるはずと私の思いは硬かった。

 東京から電車で湯沢に来るのさえおっくうだとなかなか決心がつかないで居た娘だったが…。
やっとの思い出来ました。
25日間のふるさと滞在中、娘の体調がめきめき変化していきました。
長期休暇は12月一杯で終わりであること、新年初めから仕事に復帰することに不安を感じていた娘だったが、滞在中盤になって、気になっていたという2階の大掃除を始めた。
せっかく治療して少しずつ体調が良くなっているのに、そんなに無理をしたら元の木阿弥になりやしないかというおもいと、いいリハビリになっているかもしれないという私の思いにをよそに、娘地震「こんなに体が動くんだ」と自分の体が軽くなって動かしていることにむしろ喜びを感じながらの大掃除を果たしていった。
兄と二人の共同作業、それぞれお互いのものと私のもので埋れていたので、お互いに確認し会わなければできない作業だったため、今回兄弟二人の共同作業は大きな役目を果たしてくれた。
不要なものをドンドンごみ処理場へ運び、私の動きやすいように、家中の配置と寒さ対策を果たして行ってくれた。

 自分の体調に自信が出てきたのか新年早々仕事に復帰することを会社の上司と話を決めていた。
そんなこんないろいろあったけど、なにわともあれ娘の体調が快復してくれたことにほっと安堵して気が抜けてしまったきらいの私でした。
記事ねたは山ほどありますが、ボチボチ抜け殻に息を吹きかけなければと思っています。
ともあれ めりー くりすま~す
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by wappagamama | 2011-12-24 17:10