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「心に染み入るご挨拶」は私の宝物


前回の 「心に染み入るご挨拶」を皆様ごらんいただけましたでしょうか。

こんなに素晴らしいお言葉を頂、この上ない幸せを感じております。
私たちに対する心からの優しいお気持ち…。
京野学さん自身がとても著名な刀のにもかかわらず、全くそのそぶりを見せることもなく…。
ノーマライゼーションに対する広く深いお考え…。
東洋医学への深いご理解…。

このご挨拶の中には広く深いい意味がこめられていること、本当に心に染み入りました。
このおことばは私にとって生涯の宝として心の支えとしていきたいと思っております

 世の中の人たちが一人でも多くこのような気持ちでいられたら、そのときがほんとうの「ノーマライゼーション」の世界になるのではないかと思います。
純粋なお気持ちで、私たちをこのような目で見ていてくださる方がおられるということに、この上ない大きな大きな勇気をいただきました。

 そして、このおことばを、一人でも多くの方に感じていただきたく、ブログ掲載を許可していただきました。
そして更に、私を応援してくださっている方々にも、メール送信させていただいております。
皆さんに深い感銘を受けていただいたこと、その様子を深く思いをこめて言葉少なに伝えてくださったこと、心の我が広がり更に幸せが広がっていくことに 今、大きな幸せをかみ締めております。

これこそがほんとうに、「障碍者だからこそ出会えた人たちとの絆」ではないかと思います。
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by wappagamama | 2011-11-15 10:13

記念式典 心に染み入るご挨拶



 御挨拶

 本日、湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会の創立三十周年記念式典が開催されますことを、心からお祝い申し上げます。

私は京野きみこの連れ合いの、京野学であります。

 京野きみこは、本日のお招きをいただきました時、大変喜んで、スケジュールを開けて、ぜひ出席し、お祝いの言葉を申し述べると、張りきっておったのでありますが、ただいま、皆様もさまざまな報道でお耳に入っている事と存じますが、TPP参加という、日本の、ことに私たち東北地方に住む者の命運を左右する重大事件が勃発し、なんとしてもこれを阻止しなければならない、と東京での反対運動の集会へ参加いたさざるを得ず、残念ながら出席ができません。代わりに大変失礼とは存じますが、連れ合いである私がご挨拶を申し上げる次第でございます。

それに、京野きみこも私も、常日頃、柿崎会長さんの鍼灸の療治を受けて体調を維持しているものでありまして、そのお礼も含めてお祝いの御挨拶を申し述べるものであります。



 30年という節目の年をお迎えになるにあたり、これまで協会の基礎を築き、毎年の事業を継続されてこられた、歴代会長様、役員の皆様の、数々の御労苦に対し、まずもって敬意と感謝の思いを表したいと存じます。

 さらに今回の式典の開催に当たりましては、柿崎会長様を先頭として、事務局の皆様方、さまざまな御準備、本当にご苦労さまでございました。    

そのご苦労が実を結び、とても立派な式典となりました。皆様、本当にご苦労さまでございました。



 未だ私たちの社会には、日常生活の中で、また各種施設を利用する上での、視覚障害者への配慮の乏しさ、理解のなさが、あまた存在いたしております。バリアフリーの実現は、道半ばのままであることを残念に思います。

 ここ数年、視覚の不自由さを補う I T技術は著しい発展を遂げておりますが、それがすべての障害者の方々に、簡単に利用されるようには、まだなっていない、という事にも、もどかしさも感じます。

さまざまな社会参加への意志と希望を抱く方々にとって、真のバリアフリーの社会作りと、ノーマライゼーションの実現に向けて、私たちは、もっともっと努力をしてゆかねばならないと思われます。



 さらに、これは視覚障害者の方々だけが従事しているわけではありませんが、経絡や鍼灸、整体という日本の伝統的な医術に対する認識がまだ不十分であることも残念なことでございます。西洋医学との併用により患者さんの苦しみが大幅に軽減されることに理解を深め、統合療法の考えが進みますことを願うものです。



 これらの問題には、何よりも健常者の方々の理解と協力が大事であると存じます。障害を持つ人々と健常者が、共に生きることが当たり前な社会の実現を願って頑張って参ります。



 創立30周年の良き日にあたり、この協会が、会員各位のさらなるご努力により益々御発展なさいますことを、お祈り申し上げ、夫婦共々のお祝いの言葉とさせていただきます。



 平成二十三年十一月五日

         衆議院議員  京野  きみこ

         その連れあいとして、京野 学
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by wappagamama | 2011-11-14 20:02

湯雄視障協30周年式典が新聞で紹介…


視覚障害者福祉協会が30周年記念式典

 湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会(柿崎妙子会長)の30周年記念式典が5日、湯沢市の湯沢ロイヤルホテルで開かれ、会員ら約40人が出席、視覚障害者の福祉向上を目指すことを誓った。
 柿崎会長は「会員の自立を進める活動などをしてきた。今後は活動への参加者を増やし、住みよいまちづくりを目指して頑張ろう」とあいさつ。4人に表彰状、2団体と1人に感謝状を手渡した。
 秋田県南パソコン支援市民ネットの中村政夫理事長が「視覚障害者のパソコン活用」と題して講演。音声機能付きソフトを紹介しながら「パソコンを使うことでコミュニケーションの機会が拡大する。社会参加の促進につながる」と強調。「支援団体や行政が障害者のニーズを把握する上でも役立つ」と述べた。
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by wappagamama | 2011-11-09 09:14

思い返せば…

 設立以来30年という長きに渡って湯雄視障協はなんとかかんとか途絶えることなく運営されてきた。
発足当初四十数名の会員と共にスタートを切ったと、先日初代会長から聞いた。

その当初からの会員は現在二人しかいない。(?)
そのご 入会した会員もほとんど高齢化し、若い会員は一人もいない。
若くて五十台・最高齢者はなんと92歳。
この方またまたお元気で、健康状態もすこぶる良好。
それになにより、イベントに参加するのをとても楽しみにしてくれていて、育ちのいい品格と温和な雰囲気で、会の重要なムードメーカーを果たしてくれている。

 70代80代の会員が「もう年だから…」と弱音を吐いている人たちにとってのいい刺激となっている。

初代会長の勇気ある開拓精神のもとに集った会員40数名、何もかも始めての手探り状態でのスタートだったと思う。
しかも、その時代はまだまだ封建的で閉鎖的で、障碍者への世間の目は冷たく残酷だった。

 私はそのズ~ットの地に入会しているのでそのご苦労は話に聞いている範囲のことしか知らないが、私自身障碍者として、一般社会に勤務していた関係上、その意味での苦労は大きかった。

初代会長のtさんは8年間にわたって、当会の基盤を確立してくださった。
2代目会長として引き継いだのはkさん。
視覚障害者として一般世間二勤務し周囲の目に疲れ果てていたころの私が入会したのはそれからずっとあと。
同じ境遇の人たちとの出会いは新鮮で安らぎを感じた。
と思っていたのは最初だけ。
会合が行われるたびに、会長一人があたふた大忙しの大働き。
参加しているそのほかの会員さんたちも連れてきてもらって一日おしゃべりして食べて飲んで、帰り支度をしながら、ボランティアさん同士の会話を横目で聞いているという風景…。
ボランティアさんたちはお化粧や服装の話・グループ内の仕事の段取りの話などで大声で盛り上がっていた。
この会の目的は何だったんだろう?…
参加した視覚障害者はこれで本当に楽しかったのだろうか?…。
準備から後始末まで一人で走りまわっている会長。
もの静かに迎えを待っている会員さんたち。
ひと仕事終えて達成感と苦労をねぎらいあっているボランティアさんたち。
なんか違う?…
何だろうこの違和感…。
私が求めていたのはこうゆうものではない…。
と 長い間自問自答していた。

 ほんの一団体の限られたボランティアさんたちとは別の席で、障碍者同士で話し合う内容もいつも同じこと。
これが自立といえるのだろうか?…。
これが社会参加といえるのだろうか?…。
これが一般市民との総合理解といえるのだろうか?…。
これが視覚障害者の福祉向上になっているのだろうか?…。
確かに家の中から外に出て仲間たちと語り合うということ自体が、素晴らしいことなのだとは思うが…。
でもやはり違う…。
何かが違う…。
少しずつ会の事業にお手伝いをするようになってはいたが、基本的なその違和感は私の中から長い間消え去ることはなかった。次回へ続く
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by wappagamama | 2011-11-09 08:38

記念式典 主催者挨拶



日本中が大きな悲しみと不安に包まれた2011年。季節は代わり、菊のか香るころをむかえました。

湯沢市雄勝郡視覚障害者福祉協会 設立30周年記念式典に当たりまして、主催者を代表致しまして一言ご挨拶をさせて頂きます。

お忙しい中、かくも多数の方々の御臨席を戴きましたこと、厚
く御礼申し上げます。

 私たちは、本日ここに30年という深く刻まれた歴史に改めて向き合うことに
よって、まさに「温故知新」、未来への一歩を踏み出す大きな勇気を得ることができました。

本会は会員のより積極的な自立と社会参加の促進を計り、一般市民との総合理解を
深め、視覚障害者の福祉向上と住みよい町づくりに努力する事を目的としています。
初代会長高橋誠司さんのもとへ集った開拓精神の勇気ある所詮パイ方々の踏み出した力強い一歩から二代目会長工藤貞昭さんの「継続は力なり」の精神で、会員相互の絆を深め、上部団体である県視障協との基盤を確固たるものにしていただきこんにちにいたりました。

国際障害者年の年に発足した当会の歴史と共に、社会情勢は大きくかわりました。
今年10月一日からは同行援護法が施行されました。やる気さえあればたいていのことは叶えられる時代になってまいりました。
そして、 当会の活動内容も飛躍的な変革に向かって推進していると信じています。

これもひとえに、本日ここにご参集いただきました会員の皆様、各関係機関の皆々様方の深いご理解とご支援があったからこそなしえたことと心より感謝申し上げます。
ただひとつ、創立当初から依然として代わらないことがございます。それは、雄勝郡湯沢市内在住の、視覚障害者の方々のほんの一握りの方しか参加していないという現実です。
情報が行き届かないということと外出困難が大きな大きなバリアーとなっております。こんな素晴らしい環境の中で私たちは安心して活動できるようになりました。
一人でも多くの方々に参加していただけることを願って、事あるごとに行き先々でお願いしてまいりました。
今年7月に開催されました本会の上部団体である秋田県視障協主催で開催されました「困りごと相談会&道路査察」の際には、市のほうから広く一般の視覚障害者に案内状を発送していただきました。
視力に障害がある方でもご本人の宛名になっていることで興味を引いてくれたようでした。
市のほうから案内状を発送していただくという方法が今まで数多く挑戦してきたことの中では一番確実な方法だったようです。
会員の高齢化と減少の歯止めをしなければ会の存続は危うし出す。
外出困難で家に引きこもりがちになっている数多くの視覚障害者の方々を一人でも多く私たちのこの視障協の仲間として受け入れることができたらと願って病みません。
本日ここに会員と共に更なる絆を深めて、新たな一歩へとまい進して参ります。
今後とも皆々様からのご支援ご鞭撻ご指導を賜りますようお願い申し上げまして、私の挨拶とさせていただきます。
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by wappagamama | 2011-11-09 05:35

30周年記念式典おかげさまで無事終了!

 錚々たる来賓をお迎えして、昨日無事記念式典を終了することができました。

 元々会員数の少ない当会ですが、その中でも種々の都合によりやむをえず出席できなかった会員さんが多く、主催者側としては本当に肝を冷やしました。

 ところがそんな思いとは裏腹に、案内状をお送りした来賓・関係機関・お客様たち多数の方々にご出席いただき、「うれしい悲鳴」とはこうゆうことかなと執行部一同感激しております。

 30年という長い歴史を振り返っても、来賓として湯沢市長・社共会長がじきじきに出席していただいたという前例はありませんでした。
この事実は言葉譲渡現実には計り知れない歴史と思いがこめられています。
このことについてはまた 後で書くことにします。

 それと何よりうれしかったのは、京野公子さんのお心遣いでした。
出席を予定していただいていましたが、急遽tppの件で重要な会議が入り、当然こちらのほうは欠席となりました。
国会がこんな時期なのでいつ何があるか知れないとそれはある程度覚悟をしていたことでした。
ところが、京野公子さんとしては出席できないことをとても気にしてくれていて、そのことを二人の方に話していたようです。
その京野公子さんの思いとは関係なく、事務所側で取った方法がありました。
それは予定していたことが変更になれば事務所側としては、当然秘書を代理に立てるということになります。
事務所から私のところへその連絡が入ったのが前日でした。
即刻会場のホテル側に「代理」の変更のお願いを済ませてやれやれと最終決定と落ち着いたところでした。

 その日の夕方、京野公子さんのことをびにいり際にいりサポートしているtサンから電話があり「明日代理に秘書が出席することになったらしいけど、それは公子さんの意向ではないので、チョット待って」とのこと。
聞けば、そのtさんいわく、公子さんはご自分の代わりに、ご主人のmさんを代理出席してもらいたいとのことを聞いていたとの事。
そのことを電話で確かめてみるからチョット待ってということだった。

 ほんの数分後、そのtさんから折り返しの電話で「ご主人のmさんが出席してくれるそうです、公子さんからそういわれているとこれまたうれしい結果となりました。

 こんなちっぽけなちっぽけな会なのに、公子さんは時間の許す限り私たちの会に出席していただいていました。
もったいないほどの身に余る公子さんのお気持ちにはほんとうに感謝していました。
だからお忙しいときには無理をしないでくださいと、お願いしているほどでした。

 そして、その晩、公子さんから電話が入りました。
それはなにやら運動会でゴールした直後のように、ハーハー息を弾ませ 途切れ途切れの声。
「柿崎さん ごめんなさい ほんとにごめんなさい 出席できなくなってしまいほんとにごめんなさいね、 私の変わりにmさんに出てもらうことにしたから許してね 後でどんな埋め合わせでもするから」
とそれはそれはとても恐縮した様子で、そこまで恐縮してくれなくとも、反対にこっちが恐縮してしまい返す言葉もないくらいだった。

 そしていよいよ当日。
錚々たる来賓のご挨拶が始まった。
当然、湯沢市長より先に、衆議院議員の京野公子さん代理の京野学ぶさんのご祝辞がはじまった。
「京の公子の代読をさせていただきます」と冒頭に続き、京野学さんのお言葉はすばらしいものでした。
こんな会の祝辞といえばたいてい お決まり文句というものがあり、時間の経過だけが気になるものだが、学さんのそのお言葉は本当に私たちを思ってくれている心からのやさしさがにじみ出ていて、京野公子さんの心と京野学さんお二人の心が重なって本当に本当に感動しました。

私は会長などとおみこしに上げられてから今年で6年です。
会長などとは名ばかりで実際は、前会長のkさんの思いが強かったため思い通りに行かないことが多くてストレスとなっていたときもありました。
現在の事務局の、世界観の広い柔軟的な考えが、私の目指す方向と共通しているところが多く、最近の会の画期的な飛躍と発展には、目を見張るものがあったといって言い過ぎではないのではないかなという思いが、正直言って自分の中にありました。

でもそれを誰が認めてくれるのか、誰がわかってくれるのかというジレンマと、このままでいいのだろうかという不安も消せずに居ました。
今回、京野公子さん・京野学さんごふ際の私たちに対する深い思いを知りこの上ない大きな大きな勇気をいただきました。
可能なら、そのご祝辞の原稿を、ブログニ掲載させていただけるよう、お願いしてみるつもりです。
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by wappagamama | 2011-11-06 12:56

シルバー人材センターの仕事士たちその4


おわりましたぁ~!

 トラウマになっていた掃除が無事滞りなく・問題もなく・ほぼ完璧に終了しまし
た。(ニコッ)
前日からの緊張感が取れてホッと胸をなでおろしています。今度の担当者は当たりました!
名前も フルネームで聞いておきました。
今度は「ご指名」できるので安心。

シルバー人材センターの営業システムがどうなっているかはわからないけど、きちんと責任を持った仕事をしてくれるということがわかっただけでもこれからは安心。
お客のニーズに答えてくれるということが今回はじめてわかりました。

 朝8時半開始と聞いていたけど、駐車場に車が入ってきたのが8時過ぎ。
担当の二人がそろったのは張度の時間。
二人とも今までの担当者より若い。
上がってもらって挨拶を交わしたが、その時点であの問題の人たちとは明らかに違っていた。
声にも張りがあったし、何より私の話をしっかりうなずいて聞いてくれていた。
前回の苦い経験から学んだことは私なりに学習したので、仕事の内容は二人揃ったところで話を始めた。

 どうもその二人は初対面のようだったが、仕事の分担はそれぞれ話し合ってやっていたようだった。
リズムカルな気持ちのいい仕事音。
ガス台周辺の天井や流し台の下などはどれだけ汚れが落ちるのかほんとのところ心配だった。
やってもこの程度で我慢しなければいけないかもしれないという覚悟もできていた。
時間の経過と共に、手をかけている箇所が移動していく。
担当者の手の動きが見えるような気がする。
担当者の体の動き・顔の表情が見えるような錯覚に落ちる。
本当に久々に現実的に映像化されたのは何年ぶりだろう。
その担当者の姿かたち、スタイルというか表情というか全てが私の頭の中に映像として移っている。
きちんと付けられたエプロンの結び目が踊っている。

「ここの電気系統は水分を含んだ雑巾でゴシゴシできないので、これくらいでいいですか?」などと伺いを立ててくれる。
二人の間では、時々簡単な打ち合わせをしながらさっとまた他の箇所へと移っていく。
11時半前、奥に居た私に声がかかった。
「すみません 代替終わりましたので点検してくれますか」
丁度ヘルパーサンノ日だったので、一緒に見てもらった。
ヘルパーさん「ウワァ~! きれいになったぁ~ あの黒かった油汚れも取れて壁が真っ白だよ。 
台所の窓ガラスは私が内側だけ洗い落としてはいたが、天井 付近のすどうしのがらすの外側が残っていた。それも「ガラスがないみたいだよ ピッカピカ」
流し台・ガス台も私は洗剤なしで雑巾がけをしただけだったので、その触覚は明らかに違っていた。ステンレス本来のスベスベピカピカの感触が…。
トイレも染みひとつないとヘルパーさんも大喜びしながら、買って来てくれたばかりのトイレ便座マットをセットしてくれた。

 ヘルパーさんも担当日ごとに、変化していく我が家の新居を楽しみにしてくれていたので、自分のことのように喜んでくれた。
数年来にわたった、シルバー人材センターの掃除のトラウマが解除された記念日となりました。
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by wappagamama | 2011-11-02 19:34