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梅雨の真っ只中 高温多湿に弱いエルモ


30度を越す真夏日に、さすがエルモは「ハーハーハー」と呼吸で体温調節をしている。

 息子はかわいそうだからエアコンつけてあげれば?というけど、今日は結構な風が入ってきていたので、体感温度としてはさほど暑苦しいとも思わなかった。

でも 梅雨の合間の蒸し暑さは、エルモにとって大敵。
我が家にはじめてやってきたのもこんな風に蒸し暑い梅雨のころだった。
 あのときのことを思い出すと今でもかわいそうになる。

 梅雨のない札幌生まれのエルモにとって、はじめてきた湯沢の蒸し暑さに体力がついていかないようだった。
 下痢が一ヶ月もとまらず、訓練中も道路に祖祖をしたりと取材中のカメラの前でお仕事2身が入らず歩きを放棄したりとさんざんだった。
でもそれは、エルモにとっては体力的に無理があったのだとあとからわかった。

8月になり 突然エルモの異変に気づき、jさんに電話して見に来てもらったところ、「なえよ これだばだめだ、こんたごどしてるど 熱中症になるよ!」といってすぐに冷房の効いている京野さんのお宅に連れて行ってくれた。

 冷房の効いているひろいお宅で冷たいスイカやお水をがぶがぶ飲んだり、ひろぉいお庭を自由に駆け回っておしっこやウンチをしているうちにすっかり元気になり、何事もなかったかのように自由にはしゃいでいた。

 何かあったら大変と、そのjさんたちは連絡しあってエルモの救出作戦をしてくれていたのだった。
直接南からの熱風の入り込む我が家の状況をよく知っているそのjさんたちは、即刻我が家にエアコンを取り付ける手はずをしてくれていた。
当時、酷暑といわれていたのでエアコンは品不足になり、業者も手が回らず一ヶ月待ちという厳しい状況の中、さすが「顔」その日のうちに我が家にエアコンが取り付けられた。

そんな皆さんのお陰でエルモは熱中症から危うく免れたという経緯がある。
あれから6年、エルモももうじき8歳になろうとしている、人間で言えば立派な中年(?)いや 中高年って言ったほうが近いのかな。
そろそろいろんなことに気をつけてあげなければいけない年でもあるのだと思う。

 まずは 蒸し暑さ対策として、今日初のエアコンをエルちゃんにはまって(サービス)あげた。
部屋の温度は28度まで下がり、エルモもスースー寝息を立てて眠っている。
それまではあっちでころころ、こっちでころころしながらため息を突いていたエルモ。
やはり熱くて眠れなかったのかもしれない…。
節電節電のお題目にマインドコントロールされて危うしエルモのことが二の次になるところだった…。
ごめんねエルちゃん

今度からはエルちゃんオンリーで考えるからね…。
節電節電と偽善者ぶってみても大切なものを見失ってしまったら何もならないしね…。
エアコンをつけないで熱中症で亡くなっている人も出てきているくらいだし、本末転倒しないように気をつけなければね…。
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by wappagamama | 2011-06-30 20:11

梅雨の真っ只中 高温多湿に弱いエルモ


30度を越す真夏日に、さすがエルモは「ハーハーハー」と呼吸で体温調節をしている。

 息子はかわいそうだからエアコンつけてあげれば?というけど、今日は結構な風が入ってきていたので、体感温度としてはさほど暑苦しいとも思わなかった。

でも 梅雨の合間の蒸し暑さは、エルモにとって大敵。
我が家にはじめてやってきたのもこんな風に蒸し暑い梅雨のころだった。
 あのときのことを思い出すと今でもかわいそうになる。

 梅雨のない札幌生まれのエルモにとって、はじめてきた湯沢の蒸し暑さに体力がついていかないようだった。
 下痢が一ヶ月もとまらず、訓練中も道路に祖祖をしたりと取材中のカメラの前でお仕事2身が入らず歩きを放棄したりとさんざんだった。
でもそれは、エルモにとっては体力的に無理があったのだとあとからわかった。

8月になり 突然エルモの異変に気づき、jさんに電話して見に来てもらったところ、「なえよ これだばだめだ、こんたごどしてるど 熱中症になるよ!」といってすぐに冷房の効いている京野さんのお宅に連れて行ってくれた。

 冷房の効いているひろいお宅で冷たいスイカやお水をがぶがぶ飲んだり、ひろぉいお庭を自由に駆け回っておしっこやウンチをしているうちにすっかり元気になり、何事もなかったかのように自由にはしゃいでいた。

 何かあったら大変と、そのjさんたちは連絡しあってエルモの救出作戦をしてくれていたのだった。
直接南からの熱風の入り込む我が家の状況をよく知っているそのjさんたちは、即刻我が家にエアコンを取り付ける手はずをしてくれていた。
当時、酷暑といわれていたのでエアコンは品不足になり、業者も手が回らず一ヶ月待ちという厳しい状況の中、さすが「顔」その日のうちに我が家にエアコンが取り付けられた。

そんな皆さんのお陰でエルモは熱中症から危うく免れたという経緯がある。
あれから6年、エルモももうじき8歳になろうとしている、人間で言えば立派な中年(?)いや 中高年って言ったほうが近いのかな。
そろそろいろんなことに気をつけてあげなければいけない年でもあるのだと思う。

 まずは 蒸し暑さ対策として、今日初のエアコンをエルちゃんにはまって(サービス)あげた。
部屋の温度は28度まで下がり、エルモもスースー寝息を立てて眠っている。
それまではあっちでころころ、こっちでころころしながらため息を突いていたエルモ。
やはり熱くて眠れなかったのかもしれない…。
節電節電のお題目にマインドコントロールされて危うしエルモのことが二の次になるところだった…。
ごめんねエルちゃん

今度からはエルちゃんオンリーで考えるからね…。
節電節電と偽善者ぶってみても大切なものを見失ってしまったら何もならないしね…。
エアコンをつけないで熱中症で亡くなっている人も出てきているくらいだし、本末転倒しないように気をつけなければね…。
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by wappagamama | 2011-06-30 20:11

ひっさびっさに眼科受診


  何か書類に診断書が必要なとき意外は、ここ10年くらいは眼科には行っていなかった。

 若干明かりがチラッと見えるくらいで、視力で何かを確認するということはもうとっくの昔にあきらめている。
痛みとか苦しいとか涙がどうとかということもなく、見えないということ意外は特に何も不自由はしていなかった。(?)
人から見ても、外見的に何も異常がないのと、話をしている人のほうに目を向けて聞いているので見えていると勘違いしている人もいるらしい。
見えているときの癖が抜けないのか、何かを覗き込むようなしぐさも、ついしてしまっている。
道路を横断するときもついつい左右を向いている自分に気がつくと、「失敗しちゃった」と肩をすくめてしまうこともある。
エッ? なぜっ? 
「アレッ? あの人 左右を見ている『見えている』と誤解されるといやだからである。

 私の障害の程度は『全盲』というランクがつけられている。
業界用語では『丸全』ともいう。
すべての視覚障害者の中でも『全盲』の人は何パーセントにあたるのだろう?
せっかく「全盲』の照合をいただいているのに、見えていたらかっこわるいしぃ。

 とまあ 晴眼者のような目の動き・それに、治療室内では、ほとんどの新患さんは、晴眼者だと思うらしい。
そんなこんなのまぎらわしい私ではあるが、最近一ヶ月くらい前から、どうも 左目の眼球が「いづい」
眼球の表面に何か異物ができているような感触。
それが最近髪の毛が触っただけでもいづくてしょうがない。
気づくといつも、まぶたを閉じている。

 髪の毛をすっぱりカットして、前髪が目まで下がらないように短くしてもらってきた。
どうだ これでもか! といわんばかりに…。
でもだめ! それでも 目のいづさはとれない。
というわけで、ほんとに久々に眼科を受診。

初めてということで、さまざまな検査をしてくれた。
よっつもいつつも検査台を変え、点眼薬を刺し、今までにやったことのないようなことまで経験した。
検査中も、移動中もエルモは真剣におとなしくしていたが、周囲の人たちが珍しがって黙っていられなかったようだ。
それでも、ひたすら 布施をして知らん顔しているエルモを見て「えらいねぇ」こうやってはじめていったところで、周りからちやほやされなければエルモはきちんと模範的な盲導犬として立派にやり遂げる。

私の意識が変わった一年前から、エルモと二人で出かけるほうが、それまでとはまったく違ってとても楽になった。

 そうそうそう 検査の結果、特に何の異常もありません」とのこと。
1週間分の点眼薬を頂様子を見ることにした。
点眼薬をつけて今日で3日目。
つけたときは少し楽になるが、後は以前変わらない。
実質的に自覚症状があるのに、「異常なし」といわれても納得いかない…
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by wappagamama | 2011-06-25 14:27

湯沢も集中豪雨の被害が…


 今朝未明、台風のような強い風と雨の音に目が覚めてからそれがお昼過ぎまで続いた。

 お昼過ぎころだったろうか、盲導犬協会から電話があり、「秋田県南の集中豪雨のニュースが出ていますが 大丈夫ですか」とのこと。
それまでは特になんの情報も聞いていなかったので、「はい 湯沢は大丈夫のようですよ」と反射的に返事を返していた。

 豪雪意外は湯沢は特に大きな災害があるわけではないしぃ
と安易にたかをくくっていた(?)
今日は仕事も暇だったし、雨もひどくて外にも出れないし…。
こんな日はゆっくり落ち着いてぱそこんでもしようかな…
と久々にのんびりすごしていた。
気づけば、テレビもラジオもつけていかった。

 午後からの来訪者の話によれば、湯沢市内を流れている川が氾濫して洪水になっていたとか、jrもストップしていたとかさまざまな情報があった。
知らなかったのは私だけ…。
あわててテレビのスイッチを入れたらこれまたびっくり。
県南の河川の氾濫・土砂崩れ交通機関の乱れなどなどが放映されていた。
と同時に私の妹の埼玉県の熊谷市では、気温が39・8度といっていた。
あそこはいつも気温が最高で有名なところ。
まだ6月だというのにもう あと少しで40度ではないか!

今からこれではこの夏どうなるのだろう?
こっちも大変だったようだが、あっちも大変なんだ!
これじゃぁ 節電 節電と騒いではいても この先どうなることやら?…
この先 何が起こることやら?…
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by wappagamama | 2011-06-24 20:44

三陸ものがたり


三陸物語:東日本大震災 全盲の鍼灸師・藤原正さん/8

 ◇心も体も、こわばって
 見えぬ故に津波の惨状を測りかねていた藤原正さん(53)がそれを体感したのは、はりとマッサージのボランティアのために避難所の大槌高校に通う道すがらだった。
 山際まで押し寄せたがれきや汚泥。漁師が使うブイに足をぶつけた時は驚いた。まちの姿が頭の中にあった地図とは全く変わってしまっている。普通なら7分で着くはずの大槌高校まで20分以上かかった。
 避難所になった体育館のステージに、授業で使うマットを敷き、初日は妻美幸さん(43)と2人で15人ほどマッサージした。足元がおぼつかない高齢者が多く、娘3人が手を引いた。暖房もなく、寒さに震えながら服の上からもんだ。
 5月いっぱいボランティアを続け、数百人の心と体に触れた。「避難しよう」と車で迎えにきた娘と孫の声に、2階から顔を出したおばあちゃん。その眼前で津波が車をのみ込み、自分も家ごと流され、気が付いたらがれきの下だったと吐き出すように語った。娘と孫は戻らなかったという。
 津波で流れる家の2階で手を振る人の姿が脳裏にこびりついたおじいさんもいた。「あれは、助けてという意味なのか、お別れのさよならなのか」と自問していた。
 津波から逃げようとした中年の女性は、年老いた男女に「助けて」としがみつかれた。濁流が間近に迫る。「私、ふりほどいて走ったんです。後ろを見たら、2人はもういなかった。手の感触が腕に残っています」。藤原さんはその腕をひたすらもんだ。
 「誰も泣かず、高揚した口調で、人ごとのように話し続けるんです」。藤原さんの感想は、震災直後の被災地の様子を知る人や、私自身も感じたことだ。「硬直した体」に触れながら、藤原さんは津波が人々の心に残した傷を感じていた。


------- End of Forwarded Message
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by wappagamama | 2011-06-24 17:21

三陸物語


三陸物語:東日本大震災 全盲の鍼灸師・藤原正さん/7

 ◇妻の腕を借り、ボランティアへ
 津波に続いて火災に襲われた岩手県大槌町。雪が降った15日未明まで火勢は衰えなかった。
 いとこの車で避難所の体育館を出た藤原正さん(53)とその家族が、被災を免れた町内の親類宅に着いたのは、津波の翌日の12日朝だった。
 避難所で一緒に暗幕にくるまった女性には事情を話し、乾パンを置いてきた。避難所には娘の先生もいた。「背広だけで寒くないの」「年寄りが寒がっていだったから、ジャンパーやりました」。妻とのそんな会話が聞こえた。藤原さんは自分のジャンパーを脱いで、先生に差し出した。
 身を寄せた「石井家」では、母久子さん(76)が涙を浮かべて待っていた。夫婦2人の家に藤原家の5人と久子さん、そのほかの親類縁者を含め最多で11人が世話になった。親戚同士とはいえ、一家丸ごとずっと世話になるのはさすがに気が引けた。
 一番困ったのは、藤原さんの目が見えないことだった。トイレに行くにも妻子の手がいる。部屋の配置が分からないからだ。そこで、15日から床掃除を買って出た。ぞうきんでふきながら家の見取り図をイメージした。
 「ほかに何かオレたちにできることはないか」。夫婦で相談したのも15日。「やれることは鍼灸(しんきゅう)とマッサージ」との結論に至り、「避難所でボランティアやっぺ」と決めた。とにかく、世話になっている石井家に朝から晩までいるのは気がとがめた。
 16日朝、ズックを履いて一家5人で避難所になっている県立大槌高校に出かけた。100メートルほど歩くと、がれきの海が広がり、汚泥に運動靴を取られ、何度も滑りそうになった。道は重機で急ごしらえした補給路だけ。妻美幸さん(43)の腕を借りて歩く藤原さんのすぐ脇を、自衛隊や消防の車両がかすめて行った。
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by wappagamama | 2011-06-24 17:16

日盲連大会決議決定事項各象徴に陳情その2


    ーー 日盲連 大会決議事項各省庁に陳情(2) ーー
 (陳情項目の概要続き)
 【厚生労働省職業関係】
 (1)あん摩マッサージ指圧師免許を有しないものが、揉む、おす、撫で擦る、叩く、関節や筋肉に矯正を加える(ストレッチや整復矯正)、運動や体操、扱い方を間違えると危険な電気・光線・温熱などを業として行っている現状を踏まえ、厳重に規制を。
 (2)無免許で業を行うものを養成する施設の運営、講習、研修などが行われている状況を踏まえ、厳重に規制し違反者の取り締まりを。
 (3)平成20年度の柔道整復師療養費保険請求額3484億円の大半が捻挫・打撲で占められていることからも不正施術による保険請求の実態が窺われ、それにより視覚障害あはき師の業権が侵され、生計維持が困難になっていることを踏まえ、あはき法19条に鑑み、取り締まりを。
 (4)柔道整復師が行う打撲や捻挫治療の健保取扱いでは医師の同意書が不要であることから、あはき師の治療も同意書の撤廃を。それができないのであれば柔道整復師の打撲や捻挫治療も同意書が必要な制度に。
 (5)あはき師の就労を促進する見地から、国や自治体等公共団体が積極的に視覚障害あはき師を雇用するとともに、福祉施設や介護施設、一般企業においても視覚障害あはき師の雇用を推進するよう働きかけを。
 (6)視覚障害あはき師は、移動、事務処理、衛生管理において極めて不利な状態にあることを踏まえ、移動等の補助、サポート体制を。
 (7)日常生活、社会参加、職業的自立が容易にできるよう視覚障害者に対するリハビリテーションを医療点数に加えて。また、ロービジョンケア指導管理料、ロービジョンケア訓練を診療報酬の点数表に加えて。
 (8)就労支援センター運営にあたっては、視覚障害者の特性を踏まえた支援、相談活動推進、あはき等への支援、新職域開発など、特段の配慮を。
 (9)視覚障害者の移動の手段である歩行訓練のレベルアップと安定した指導を確保するため、歩行訓練士(視覚障害者生活訓練指導員)の資格制度を確立するとともに各施設に配置。
 (10)あはき法改正に伴い創設されたいわゆる療術師等の医業類似行為者の届出名簿がどのように管理されているかを調べるとともに、開示するよう都道府県に指導を。(以下次号に続く、日盲連)
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by wappagamama | 2011-06-24 16:55

日盲連大会決議決定事項各省庁に陳情


    ーー 日盲連 大会決議事項各省庁に陳情(1) ーー
 日本盲人会連合(笹川吉彦会長)は、21日に開かれた総合企画審議会並びに理事会で、第64回全国盲人福祉大会の決議処理に基づく要望事項をまとめ、翌22日、関係各省庁等への一斉陳情を行った。この日訪れたのは厚生労働省、外務省、内閣府、財務省、警察庁、国土交通省、総務省、経済産業省、日本郵政株式会社、文部科学省、会計検査院。陳情項目の概要は次の通り。
 【厚生労働省】
 (1)本年10月1日施行の重度視覚障害者同行援護事業実施にあたり、視覚障害者の社会参加を保障し、有益な制度となるよう(ア)利用者手続きを簡素化し利用者負担軽減(イ)移動支援従事者(ガイドヘルパー)の資質向上へ、行政や事業所に定期的な養成研修、資質向上研修を義務付け(ウ)ガイドヘルパーの運転する自家用車使用を認める(エ)自治体等による利用範囲限定や利用時間上限設定がないように(オ)代読・代筆を含め外出時情報支援(コミュニケーション支援)を一体的に実施(カ)地域生活支援事業として実施されてきた移動支援事業より後退させない(キ)緊急時を含む24時間体制の医療機関利用。
 (2)外出を伴わない代筆・代読サービスを全市町村でコミュニケーション支援事業として実施し、地域で活動するボランティアに点訳、音訳ソフトを無料配布。
 (3)入院時の院内移動、買い物、外出等にホームヘルパー、ガイドヘルパーの利用を可能に。
 (4)障害者自立支援法を廃止し、それに代わる総合福祉法(仮称)の早期成立とともに福祉サービスの地域間格差をなくし、障害特性に十分配慮した自立と社会参加を保障する内容に。
 (5)電子白杖を視覚障害者の補装具に位置付け、支給量上限額を引き上げ。
 (6)ホームヘルパー、ガイドヘルパー(重度視覚障害者同行援護事業)、補装具の給付、施設サービス等が自治体により格差を生じないよう指導。
 (7)地域生活支援事業は自治体によりサービス内容が異なるため、日常生活用具給付事業を自立支援給付に。地域生活支援事業として実施される場合は給付条件から同居家族がいることによる制限を撤廃。
 (8)障害者権利条約早期批准を前提に、改正障害者基本法、総合福祉法(仮称)、障害者差別禁止法(仮称)に条約の内容を反映。
 (9)視覚障害者の働く場を保障し、障害基礎年金を1級12万5000円、2級10万円に引き上げ、所得制限を緩和。
 (10)各種障害者福祉制度の非課税世帯など所得要件は世帯単位をやめ障害を持つ本人を基準に。
 (11)東日本大震災の教訓をいかし、災害時障害者対策確立と所在確認のための具体策を。
 (12)準天頂衛星初号機「みちびき」のGPS機能活用実験項目にナビゲート補助具開発などを加え、視覚障害者の歩行環境の改善につなげて。
 (13)居宅支援事業としてのホームヘルパーによる援助を「生活支援」に改め、家族全体の日常生活を支援する制度に。
 (以下次号に続く、日盲連)
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by wappagamama | 2011-06-24 11:37

はじめて叶えられた案内状発想

 台風のような風雨で目が覚め、メールチェックをしていたら、未読めーるがゾクゾク…

 7月3日に開催する「厚生相談会」準備のための連絡などのめーるも見落としていた。
県視障協主催のこのイベントが、今年は湯沢市で開催されることになった。
そのための準備などで執行部は何かと忙しい。

 主催者は県視障協だが、実施するのは湯沢視障協。
「厚生相談会」と銘打っているこのイベントは、サブタイトルとして「視覚障害者とそのご家族の皆様へ」として、困りごと相談会となっている。
今回は、視障協会員のみならず、会に所属していない一般の視覚障害手帳保持者にも案内を発想していただいている。
この作業がこれまた大変難儀なことで、「個人情報保護法」という法に支配されて非常に窮屈なものである。
もちろん、一般の障碍者手帳保持者に対してのアプローチは市の福祉事務所意外には全く手も足も出ないことはとっくの昔に周知の事。

 福祉事務所のほうから直接案内状を発送していただくことに関してもいろいろ難航を示されていたようだがとりあえずなんとかそこまでの準備は進んだ。

 イベントの内容として、まず「道路査察」がある。
普段歩いている道路の点検作業である。
ここ湯沢市内では、目の不自由な人が単独で行動することが少ないのか、道路状況はあまりよくない。
歩道に駐輪・駐車をしていたり、点字ブロック上に物を置いてあったり・顔の前に枝が突き出ていたりと危ないことがいっぱい。
普段気になっていてもひとりの声では通じない。
そこで、今回の「道路査察」が行われる。
今回は、建設か・軽擦・行政にも同行していただこうと計画をしていたが、書類がどうのこうのと面倒な手続きを要請されたりで、快く二つ返事で受けてくれたのが軽擦だった。

昼食をはさんで、 午後からの講演会と、日常生活用具の紹介と、個別相談となって
いる。

今まで何度もお願いしても叶わなかった、「一般の視覚障害者手帳保持者」への案内状発想。
今回初めて可能となった。
ここまでこぎつけたこの成果が一人でも二人でも食いついてくれることを願うのみ!

一人でも二人でも…
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by wappagamama | 2011-06-24 08:51

「どんこ」?


 「どんこ」? 「どっこ」? あれ どっちだったかな?

いづれにしても、このことばがぴんと来る人はいますか?
そう 北海道の方ではなじみのことばだとおもいます。
私もかつて北海道にいたころ時折ご馳走になりました。

 秋田で はたはたが地元の食材のように、北海道にいたころは、「どんこ汁」が季節になれば「これを食べなけりゃ」というなじみの食材ではないでしょうか。


 北海道にいたころは、親しくお付き合いをさせていただいていた、お花の先生の夕食によくおよばれをされて、地元のものをご馳走になりました。
私にとってはとても懐かしい食材です。
 今となっては、 私の思い出としてひっそりと記憶の奥で消えかかっていたものでした。
そんな 幻のような「どんこ」が、つい先日 私の目の前に現れたのです。

 調理前の現物を見たのははじめてでした。
そういえば、「調理したから 食べられるけど、生のままだったら見ないほうがいいよ」といわれたのを思い出した。
なるほど! 流しの中に氷と一緒にドサドサと躍り出たその物体!
30センチ以上もあるその大きなぬめぬめしたもの。
全体の3分の一くらいが頭?。
調理をするのに触らないわけにはいかない。
魚を裁くのは嫌いではないので昔からよくやっていたので何気なく作業をしようと思っていたが、「いやぁ 気持ち悪い!」
ぬめぬめしているので手をかけるところが必然的に目玉になる。
ドロンとしたその大きな目。
少してをずらすと、でっかい口!
小さくとんがった歯がぎっしり並んでいる。
尻尾のほうは極端に細く存在感が…。

「 頭の中に入っている味噌が一番おいしいからね」といわれていた。
ぬめぬめしているのでうろこなどなさそうだったけど、教えられたままになんとかさばいていた。

一番大きいのを裁いている最中、息子がやってきた。
「チョットチョット見て見れ めづらしいものみせる」という私の言葉に、流しの中を覗き込んだ息子。「なえよ これ?」と彼も見たことのないものをいたような不思議そうな反応。

 「どんこ」とその名前を聞いたとたん「あぁなつかしいぃ これがどんこが?」と
彼も 南三陸の仕事仲間の家出ご馳走になったことがあるとのこと。
はらわたの中から大きないわしが出てきたのを見て、彼は私のてから包丁を取って、引き続き3匹ともきれいにさばいてくれた。

 新鮮なうちに、鍋に入れ味噌仕立てでみずとの「どんこ汁」が出来上がった。
深海魚のどんこは、いいだしが出ていて、ヒトすす利したとたん「なつかしいぃっ うんうん この味!」
味わったときのスチェーションが全く違う息子と、不思議な懐かしさに浸った。

 この「どんこ」を届けてくれたのは、3月に震災にあった陸前高田市の綾ちゃん。
今は湯沢市内のアパートに家族3人で身を寄せている綾ちゃん。
「今日 息子が陸前高田に行ってきたの、今朝アガッタバカリノ新鮮なものだから」といって、持って来てくれたものだった。
深海魚なので新鮮さを保つのが難しく、店頭販売はしていないのだとか。おそらく 知り合いの漁師さんから分けてもらってきたのではないかと察する。
被災者としていろいろ大変なときに、「食べさせたいから」と手に入れてきてくれたであろうその「どんこ」
その綾ちゃんの思いと、息子さんの気持ちも加わってその「どんこ」の味にはまたひとつ忘れられない大切な思い出が加わった。
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by wappagamama | 2011-06-23 08:24