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視覚障害者に気遣いのエプロン


東日本大震災 弱視の被災者に気遣いのエプロン 南三陸町

 「目が不自由です。手助けお願いします」。宮城県南三陸町の避難所・馬場中山生活センターで暮らす及川秋夫さん(79)は、フェルトペンでこう書いたエプロンをしている。目に障害を抱える及川さんを気遣い、町内の民宿のおかみ、三浦せい子さん(58)らが作ってくれた。
 及川さんは7年ほど前、黄斑変性症と診断され、徐々に視力が低下した。今はかろうじて目の前の物の輪郭が分かる程度だ。被災時は隣家のおいに腕を引っ張られ、高台の避難所に逃げこんだ。自宅は津波に流された。
 全盲の人と違い、弱視の人は目が不自由だと周囲に気付かれないことが多いという。避難所の暮らしは厳しく不便だが、及川さんは「エプロンのお陰で、みんなが手を差し伸べてくれるんです」と笑顔を見せた。
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by wappagamama | 2011-03-28 21:11

大震災で視覚障害者 基本的な情報もなく…

東日本大震災 視覚障害の被災者 基礎的な情報もなく

 東日本大震災は、視覚に障害を持つ人も容赦なく襲った。健常者に比べ全盲や弱視の人は生活情報を得にくく、津波を逃れた後もより困難な生活を強いられる場合が多い。震災対応に追われる自治体は、どの避難所にどれだけの視覚障害者がいるのかといった基礎的な情報すら集められていない。宮城県東松島市の避難所で全盲の男性に会った。
 市立鳴瀬第一中学校にいる金子たかしさん(65)は、30代後半に緑内障を発症し7年前に失明。勤めていたデパートも退職を余儀なくされた。
 地震発生時は、1人で暮らす沿岸部の自宅にいた。揺れが収まり、外に出ようと白いつえを手にした瞬間、「ゴゴゴゴ」という聞きなれない音を聞いた。「道路工事か」と思ったが、急に室内に水が流れ込み「津波だ」と気づいた。その途端、巻き込まれ、油臭い激流の中でもがいているうちに意識を失った。気が付くと、ずぶぬれのままつえだけを握りしめていた。寒さに震えながら「助けてください」と叫び続け、翌朝、自衛隊員に救出された。病院で検査すると胸の骨が4本折れていた。
 コルセットをしての避難所生活。なれない場所だけに、つえだけで移動するのは難しい。トイレに行くのにも周囲の助けが必要だ。顔見知りの女性が肩を貸してくれるが「個室まで案内してもらうのはちょっと遠慮してしまう」。食事も茶わんや皿の位置を教えてもらわないと食べられない。
 最も困っているのは「情報不足」という。支援物資や罹災(りさい)証明の申請手続きに関する連絡が張り出されても、金子さんには伝わらない。自宅では音声パソコンで情報が得られたが、今はラジオだけが頼みの綱だ。
 地震後は一度も風呂に入っていない。自衛隊などの入浴サービスがあったとしても、介護ヘルパーなしでの入浴は難しい。金子さんは「みんな親切にしてくれるが、好意に甘え続けるわけにはいかない。行政にヘルパーを派遣してもらえると助かる」と訴える。
 先のことも不安だ。仮設住宅の計画が進むが、「右も左も分からない家では、1人で生きていけない。避難所を出ろと言われたら、どうすればいいのか」とため息をついた。
 被害が大きかった岩手、宮城、福島3県で身体障害者手帳を持つ視覚障害者は約1万6500人。このうち被災者や避難所で生活する人がどのぐらいいるか3県とも正確な数をまだつかんでいない。
 宮城県視覚障害者福祉協会(022・257・2022)は「電気が通じない自宅にとり残され、食べるのにも困っている障害者もいるはず。行政は早期に実態把握を行うべきだ」と指摘。被災した視覚障害者の情報提供を呼び掛けている。
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by wappagamama | 2011-03-28 20:50

今日もまた雪・シャンプーで全身点検・ウンコモリモリ…


 今日もまた雪… みぞれのような重たい雪だけど それはしっかりと積もっている。

大災害の後も容赦なく寒さが襲う。
被災している人たちにとっては、次々と種々の困難がこれでもかと襲う。

それに比べて  こちらはライフラインも・店の商品もなに不自由なく暮らせるようになっている。
この普通であることの有難さ!!!…
この普通であることのすばらしさ!!!…
この普通であることのしあわせ!!!…
申し訳ないと思いながらも その一日一日大切に大切に…

 最近エルモが私の体から離れようとしないことが多くなっている。
突然くる「グラッ」にいち早く反応している。
突然くる携帯電話の「なんとも言い表しようのない、あの「警報音!」
それに反応する私の不安げな言動!

 そんなこんなが気になるのだろう、気づけばエルモはいつも私のそばにいる。
「大丈夫だよ 大丈夫だよと自分とエルモに言い聞かせるようにしているが…。
普段は自分のお気に入りのポジションでまったりしているのに…。

「 よ~し それじゃ 今日はシャンプーしようか?」
と、震災の疲れを洗い流すかのように、「ワッシャ ワッシャ ワッシャ きれいきれいきれい 気持ちいいね~!」
地震の不安と 食事の変化で、エルモに何か変わったことはないかと念入りに全身点検!

 アレルギーが発祥すれば、首や内股・腰の辺りに湿疹ができる。
「よ~っし! 大丈夫! 異常なし! いい子 いい子 いい子だね~」
外見上の異常は見当たらない!

 かなちゃんがいったように、うんこももりもり出し!
腸の働きが活発なのかなと思うような、すばらしくいい感触のうんこ。
排泄もタップリ。
食べた分より多く排泄してるんじゃないのエウちゃん ってくらいモリモリ。

ン? もしかして? それって? 食べさせた量が多かったのかな?
ドックフードは乾燥しているので、戻した状態の分量で検討をつけているから、もしかして少し多かったかもしれないね?…。
それにしても エルちゃんのカボチャご飯はおいしそうだよね?~ ね? エルちゃん

 昨日 盲導犬協会から電話が入った「ドックフード発送したそうです 一週間以内には届くと思います」とのこと。
やったー! 一週間くらいだったらなんとか間に合うね 、避難用のフードもあっちこっちのバックに入っているシー?♪
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by wappagamama | 2011-03-26 15:08

災害弱者の救済

災害弱者の救済 孤立させない支援を
 避難所で他の被災者に迷惑がられたり、集団生活が難しいために狭い車の中や壊れた自宅ですごしている人たちがいる。自閉症などの発達障害児者や認知症のお年寄りたちだ。被災者の救助が進みライフラインが復旧し始めても、最後まで取り残される恐れがある。被災地で孤立している「災害弱者」を早く助け出し必要な支援を結びつけてほしい。
 発達障害の人は日常生活の変化が苦手で、不安になって奇妙な行動をしたり、働きかけに強く抵抗したりする場合がある。感覚刺激に対する独特な過敏さや鈍感さから必要な治療や支援が受けられない人もいる。外見上は障害がわかりにくいために誤解され、周囲とトラブルになることも多い。また、聴覚障害者や視覚障害者は情報が届かずに被害にあい、被災現場でも孤立していた人が多い。専門の医療・福祉スタッフ、手話通訳者たちが自発的に被災地に入っているが、被害の範囲が広くて支援が追いつかないのが現状だ。
 避難生活が長期化するのを覚悟して遠隔地に集団で疎開する障害者や高齢者も目立つ。福島第1原発の周辺の施設にいた500人以上は近隣各県や関東の福祉関係者を頼って続々と避難している。支援スタッフが被災して同行できない場合も多い。持病がある人もおり、慣れない地域での生活には手厚い配慮が必要だ。
 こうした福祉関係者の間には全国的にネットワークがあり、ふだんから情報交換しているところが多い。被災直後からメールで援助のニーズを発信し、それを受けて遠方の事業所がスタッフを派遣してきた。被災地が混乱している間はこのようなネットワークを生かした自発的な救援活動に頼らざるを得ないだろう。
 ただ、被災地に職員を派遣するにしても被災者を受け入れるにしても、その母体となる法人はもともと職員が不足し財政的にも不安定だ。自前の施設が狭く、公営住宅やアパートに被災者を受け入れるところも多い。政府や各自治体は財政支援や制度の弾力的運用によって民間が安心して活動できるよう全面的に援助すべきだ。もちろん、ネットワークから漏れた災害弱者についても忘れてはならない。
 一方、震災後の早い段階から官房長官会見などで官邸の手話通訳がテレビ画面に映るようになった。地上デジタル放送対応のテレビなら視聴者が字幕ボタンを押せば画面に字幕が流れる。まだまだ十分とはいえないが、聴覚障害者への情報保障に努める姿勢が出てきたことは評価できるだろう。
 外国人の被災者にとっては言葉の壁が避難所暮らしをいっそう困難にさせる。長期化に備えて災害弱者へのきめ細かい支援が必要だ。
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by wappagamama | 2011-03-25 11:04

いよいよエルモのドックフードがあぶない!


 大地震発生当日の午前に発注した、エルモのドックフード。

あらゆる機能がストップしたため、そのドックフードも発送元へ戻っていったとのこと…。
あれから約2週間、夕べやっと物流の見通しがついたとのニュース。
だが これから各個人の荷物まで通常になるにはまだある程度時間がかかるらしい…。
そりゃそうだ まだまだ 被災地には何も届いていないところもあるとのこと、もちろん そっちが優先的に決まっている。

 アレルギー体質のエルモは、特殊なフードを食べている。
同じようなものはどこへも売ってなかったと息子が買ってきてくれたのが、主原料が野菜中心のもの。
盲導犬協会に相談したところ、食べさせてかゆがるようだったらすぐにストップしなさい」 とのこと。
合わないときの事を考えて小袋で買ってみた。
もともとのフードと半々に混ぜていたがそれも もう 底が尽きてきた。

 そこで昨日からは、もともとの主原料であるカボチャとジャガイモをユデ、煮干とキャベツのゆでたものとフードと半々にしてあげている。 
それに リンゴトバナナ。
いつもよりなんだかとても喜んでうれしそうに食べてくれているが、アレルギー体質のエルモに食べ物が変わったための反応が沖やしないかと、心配しながら、様子を見ながらの毎日。


 娘いわく、「すご~く体によさそう?…エルチャン前よりもっと元気になるんじゃない? ウンコモリモリでそうだし~ おらもやってみようかな~」

もちろん 人も食べられるようにとジャガイモのメモ深く切り落とし きれいに洗ってゆでたのだから、ほんの少し失敬して、サラダを作りました。
キューリ・たまねぎ・にんじんを塩もみして、ハムと塩コショウ・マヨネーズで合えました。
今朝の朝食はそのサラダをパンにはさんでコーヒーとエルチャンからのおすそわけで~す。
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by wappagamama | 2011-03-25 10:44

テレビ症候群激増!!! ジャロさんたすけて~!


 あの札幌のN先生でさえ? テレビに反応して嘔吐したという…

 最近の我が家の患者さんに、示し合わせたかのように、明らかにテレビの見すぎの症状が現れている!!!
おまけに、テレビに反応してマイナス思考になっている夫婦の亀裂(?)の怪しい話まで飛び出してきた。
それも 一つや二つではない…

 今日の患者さんいわく。
「久々に亭主と大喧嘩してきた」と…
テレビにかじりついてばかりいる亭主の言うことなすこと気に入らなくて我慢していたけどついに爆発してしまったと…。
奥さんの実家が福島で・娘夫婦と息子が仙台。
安否確認のため支援物資をかき集めて車で往復してきたが、ガソリン事情・道路事情も困難なところ必死の思いだったらしい。
さいわいといっていいかどうか家の中がめちゃくちゃになり、娘婿さんが足の腱を切った程度で無事を確認。まずは ほっと一安心はしたものの、ご亭主のそんな毎日にいらいらしていたらしい。
治療中、何でこんなに腹が立ったんだろうと本人も不思議がっていた。

 「テレビ症候群だよ!!!」
テレビを見るのはやめなさい!!!
毎日毎日繰り返される未曽有の大災害とを見せ付けられたら普通はおかしくなるよ…。
マスコミもやり方をもう少し考えてくれればいいのにね…
どこぞの信仰宗教だって、こうやって繰り返し繰り返し洗脳してマインドコントロールしながら脳内を洗脳するんだから…

 正常な能の働きがその洗脳でストレスとなり、いらいら・頭痛・嘔気を起こすんだと思うよ。
私自身もそうだったから言えるんだけど、テレビははっきりいて体に悪いよ!
それに こんなときのあのコマーシャル!
こんなときにそんなに会社を売り込みたいのか!!!
いい加減に白よって怒鳴りたくなるよね!
テレビを見ているとむかむかしてくるようなことが多くなってきたよね…。
「ジャロ」って何だっけ? あれって そんな苦情を聞いてくれるところではないの?…。
誰か「ツイッター」かなんかに訴えてくれないかな~?!!!
あれもある意味 災害だよね、放射能も怖いけどこれも怖いね~!
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by wappagamama | 2011-03-23 23:23

阪神淡路大震災を経験した 視覚障害者からのメッセージ

◆ まずは、16年前の阪神淡路大震災を経験した神戸在住の私の友人、ニックネーム「アデリーペンギン」さんからの経験談&被災者の皆さんへの応援メッセージをご紹介します。


「今、思うこと」

  三月十一日の午後、神戸でもトンッと軽く突き上げられるような小さな揺れを感じました。
 ラジオをつけ、東北地方で大きな地震があったことを知り、慌ててテレビをつければ、いきなりは信じがたい災害が次々に報じられ、
思わず十六年前の阪神大震災の記憶が蘇りました。
 当時、私の住む地域では火災こそは起こりませんでしたが、地割れのためにあちこちでガスや水道の配管が破断し、
また最寄りの交通機関であるJRの架橋が一部崩落していたので、復旧までの数ヶ月の生活は大変でした。
 近くの小学校に設けられた避難所に行くこともできたのですが、夫婦ともに弱視の私達は、普段は自立して生活していますが、
避難所に行けば… 無条件に配られる食料や何らかの有益な情報も手に入れられるかも知れないとは思いましたが、
それ以上に自分達は足手まといにこそなれ、皆さんのお手伝いはできないだろうと考え、ならば自分のことは自分達でなんとかしようと思いました。
 幸いなことに周囲では全壊、半壊してしまった建物もあったのですが、住んでいた集合住宅は無事でしたのでなんとか親子三人、
工夫して生活していました。
 電気だけは、早くに復旧しましたがガスや水道が使えないのには苦労しました。
 飲料水は買い置きがありましたがトイレや洗濯に使える生活水には、たちまち困ってしまいました。 そんな時に避難所に来ない私達のことを気にして、当時小学四年生だった息子の、担任の先生が訪ねて来られました。 我が家の事情をお話すると、こちらの気持ちを察してくださりこれからは何か有益な情報があれば、知らせてくれるとおっしゃってくださいました。
それから数日後、また先生が訪ねて来られました。
 「ちょっと思いついたので…」と笑う先生の手には大きなゴミ袋がふたつ。 「どうぞ」と差しだされた袋の中身は水でした。 五重に重ねられた新しいゴミ袋の中に水を入れ、ぎゅっと閉じ
更に何重にもガムテープを巻いて、水が漏れないようにしてありました。
「やっと給水車が来たんですが、知らせているうちに水がなくなりそうだったんで…」
ずっしりと重い水を、団地の三階にある我が家まで運んでくださった先生は、笑顔のまま息子の頭を撫で、優しく声をかけてくださいました。 「また学校いこな」「うん!」。
その後、隣の校区の中学校の校舎を借り、午前は中学校、午後に小学校と分けての授業再開は、更に数週間後のことになりました。
 当時、同じ視力障害を持つ知人の中には、被災した時に白杖や弱視鏡、眼鏡を紛失してしまったり、壊してしまい、途方に暮れていた者がいました。 おそらく今回の震災でも、大切な白杖や眼鏡、点字器、デイジー機器、音声対応の携帯電話やパソコン。 それに、いつも優しく手をさしのべてくれた友人や家族を失った方々も大勢いらっしゃることでしょう。 掛けがえのないご家族の代わりにはなれませんがきっと私達は、新しい友人にはなれるはずです。 それに十六年前にはなかったけれど今や、視力障害者にとって『第二の目』となった各種のデジタル機器や、自立歩行に欠かせない白杖や盲導犬を、彼らの手元に届けられないでしょうか。
 まだ震災から日の浅い今は、それよりも温かい食べ物や毛布のほうが大切ですがやがて被災地もまた復興する時に、彼らが自ら情報を獲得し、自ら歩けるように同じハンディキャッフを持つ者として、彼らの代わりに、本当に彼らにとって必要なものを考え、それらを準備することはできないでしょうか。
 そして今、遠く被災地で心細い思いをされている皆さんへ…
十六年前の私も心細く不安な思いをしていました。 まるで誰からも見放されたような寂しさを感じられておられるのではないでしょうか。 でも、みんな心配しています。決して忘れてなんかいません。 互いの声が届くように、さしのべた手が届くようにともに祈り、考え、一緒に頑張りますからね。
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by wappagamama | 2011-03-23 12:22

日本中に響け! 熱い選手宣誓!



 私たちは 16年前、 阪神淡路大震災の年に 生まれました。
 今 東日本大震災で、 多くの 尊い命が奪われ、 私たちの心は 悲しみで いっぱいです。

被災地では すべての方々が 一丸となり、 仲間と共に頑張っておられます。

人は、 仲間に支えられることで、 大きな困難を 乗り越えることができると 信じています。

私たちに 今 できること、 それは この大会を 精一杯 元気を出して 戦うことです。

《頑張ろう! 日本!》

生かされている 命に感謝し、 全身全霊で、 正々堂々と プレーすることを 誓います。

    平成23年3月23日

創志(そうし)学園高等学校 野球部主将 野山慎介
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by wappagamama | 2011-03-23 11:40

被災の視覚障害者へ白杖寄贈


浜松のNPO 被災の視覚障害者に白杖寄贈へ
 災害時、白杖を持たない視覚障害者は命に及ぶ危険が迫る。東日本大震災の被災地で不自由な生活を送る視覚障害者のため、浜松市のNPO法人が22日、白杖約150本を現地へ寄贈することになった。NPOで働く視覚障害者らが、被災地の視覚障害者に思いを寄せ、急きょ製作した。NPOのスタッフは「健常者以上に不便を強いられる視覚障害者に、勇気と安心を与えたい」と意気込んでいる。
 このNPO法人は、視覚障害者向けの用具を作る「六星ウイズ半田」(浜松市東区、斯波千秋代表)。「白杖メーカー」として国内随一で、全国シェア6割にあたる年間1500~2000本を製作している。ここで働く視覚障害者ら7人が14日から製作を進めてきた。
 視覚障害者にとって、白杖は「目」の代わりになるだけでなく、健常者に視覚障害を知らせる「サイン」にもなる。実際、阪神大震災の直後に、斯波代表の主宰する市民グループが避難場所に計500本の白杖を送ったところ、視覚障害者の負担軽減に役立った。
 一方で、白杖を失うと、移動が困難になるだけでなく、避難所での張り紙などで掲示している文字情報が伝わらず、時には命にかかわるトラブルも起こり得るという。
 斯波代表によると、阪神大震災(95年)の際、避難所でトイレに行けなかったり、文字情報が伝わらずにパンの配給が健常者よりも3~4日遅れるケースもあったという。
 今回の送り先は、視覚障害の研究で連携してきた宮城県立視覚支援学校(仙台市)と岩手県視覚障害者福祉協会(盛岡市)、福島県立盲学校(福島市)の3カ所。現地との連絡はまだ思うようにいかないが、ひとまず第1弾として、伸び縮みしない「直杖タイプ」(ジュラルミン製、長さ88~90センチ)を約150本送る。
 さらに、被災した視覚障害者が希望する長さを確かめたうえで、伸び縮みする「携帯タイプ」も送ることにしている。
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by wappagamama | 2011-03-22 22:27

 視聴覚障害者の支援充実 厚労省が呼び掛け


 厚生労働省は20日、東日本大震災で被災した視聴覚障害者が、避難所で情報を得たり頼み事をしたりするのに困らないよう、避難所を設けて受け入れている都道府県に支援の充実を求めた。
 視覚障害者に対しては、食料配給などの情報を伝える際に「張り紙を見てください」と対応すると影響が出るため、放送やハンドマイクを使って知らせるよう要請。トイレなどの場所が分からない場合に備え、ボランティアの付き添いなども求めている。
 聴覚障害者向けには、同様に「放送を聞いて」などの対応をせず、手話のできる人に腕章などを着けさせ、声を掛けやすくするなどの工夫を求めた。
 被災地には既に要請済みだが、県外に避難する障害者が増えているため全国に連絡した。
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by wappagamama | 2011-03-22 22:10