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涙のカラオケ!


 昨日は 衆議院議員京野公子後援会「春の集い」へ参加してきました。

 田中康夫さんのあの機関銃のようなパワフルな話に、会場は熱気に沸いていました。
混迷している政治状況の中、何を信じたらよいのか分からない状態になっております。
ならば! だからこそ!、私たちが応援している京野さんが、何を考え何を目指しているのか、この耳で確かめたいと思い参加してきました。

話だけでも聞いてこようと思い、直前になって気持ちを切り替えました。
ピンチのときほど底力を出すことのできる京野さんです。
あの田中さんを湯沢に引っ張ってこれたのだから、それなりに京野さんという人の力と魅力と信念があってのことだと思い出かけてきました。

 こんな時期なので会場が換算としていたら?…とちょっぴり心配していたけど、何のその!
私の取り越し苦労でした。
そして、あちらこちらから声をかけていただき私の周りは不思議な雰囲気になりました。
最初に声をかけてくれたのが、私の患者さん。
そこへ、幼いころからの知り合い、私が兄と慕っていた人が加わり、それがそこにいた人たちにとっても懐かしい関係の人たちだったということが判明。

 そうとわかったからには、話は早い!
懇親会直後そのメンバーは二次会へ直行!
だんな様の闘病生活から見送るまで5年間、そんな場所には一切出かけなかったSさん、湯沢から秋田まで電車通勤を果たして3月にやっと定年を迎えるOさん、脳梗塞で倒れ生死の境をさまよい乗り越えたSさん。
何年ぶりかで出かけた華やかな会場で偶然に出会った人たち。
そのいずれの人たちも私の大切な常連患者さんたち。
「妙子先生の患者の会」と即興で命名され、そのグループは一段となって二次会会場へ。


 懐かしさと・心身の苦痛を分かち合い・苦労を分かち合いたメンバーがここで会えたことの喜びと、元気で合えたことの言葉にならない思いが交錯し、心ひとつになった夜でした。

それぞれがいろんな思いでマイクを握り、遠慮がちにも歌いはじめた。
続いて「愛の暮らし」を歌い始めた私を見ていたその人たちから、すすり泣きの声がする。
それが連鎖反応を起こしたのか、このご一行様は全員涙でむせんでいた。
「なんなのなんなの? どうしたのみんな?」と半分おチャラけては見たが…。
わたしには分かる。今のこの人たちの気持ちが…。
人を感動させるほどの上手な歌などとは決しておもってはいないが、地獄の思いをしていたときに必死の思い出治療に来てくれた患者さんたち、苦しみを乗り越えて偶然にもこんなスチエーションが出来上がった。
最初にだんな様を見送ったSさんが「せんしぇのおがげでわだしはのりこえられだなだよ、こんたに優しい声でうだうせんしぇが目見栄にゃなんてかわいそうだ」とめそめそしだした。
続いて「子供のころは見えデイだのに なんぼ苦労し食べ、かわいそうに」
次に「湯沢から秋田まで通勤が始まり、体ががたがたのとき、せんしぇのベッドさ寝だだげで一週間がんばれるって思いだった」
その人たちの苦労はわたしは知ってる。
だからその人たちの涙の理由は私にはわかる。

 でもでも わたしは目が見えなくなったからみんなとこんな関係ができたんだ。
「目見栄で井田らみんなには合えなかったんだよ! 何いってんのよ! 目が見えなくなたからこんなうれしいことに出会えたんだから、かわいそうだなんていわないで」
とてもステキな宵でした。
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by wappagamama | 2011-02-28 15:03

終わりました 終わりました やっとおわりましたよ~!


終わりましたよ~!
大きな荷物をやっとおろしました。
この一ヶ月間は生きた心地がしませんでした。
といえば 誰も信じてくれませんでしたが、ほんとうに食事がのどをとおりませんでした。自分でも不思議なくらいプレッシャーでした。

 今までと何が違うのか? 今回はなぜにこれほどまでにプレッシャーと感じたのか私にもよく分かりません。

 学校などではいつも下書きなしのアドリブで、3・40分もしゃべっていられるのに?…。
しかも、しゃべっているうちにどんどん調子こいて、ストップをかけてもらわなければいけないなんてことよくあります。

でも今回の葉ちと違いました。
自分のことばかりしゃべっていればいいというわけにはいかないからかもしれないので、話の内容と段取りを、下書きしてしまったからなのかもしれない。
頭に叩き込んでおかなければ人前でぐしゃぐしゃになったらどうしよう…。
と思ったら、完全に暗記しなければと夜も日も明けませんでした。(わらい)今田から笑えるけど…

でも本番! 開き直りました! いえ 開き直れた自分にびっくりしてます。
暗記したことと違うことを直前に、何気なくちらりと要求されてしまったからもうおしまい!。

それに、会場にはひまわりの会・視障協の会員さんたちが来てくれていて、なにしゃべってもいいよ、ちゃんとほろーするから がんばれ!」とみんなからの励ましが心強かった~!
視障協の皆さんもおつかれさまでした~。
参加者180名。
何とか無事お役目終了ってとこかな?…。

明日からは、ゆっくりブログ更新ができると思います。
でも 気が抜けてしまってだめかな?

あまり期待しないで気楽にお待ちくださ~。い
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by wappagamama | 2011-02-26 19:49

「第三海湯沢氏地域セミナー」一週間後に迫る!


 大変ご無沙汰いたしました。
あれやこれやといっているうちに、気づけば二週間もの長木にわたって、更新が途絶えておりました。
豪雪という名を隠れ蓑(みの)にして、実質上「冬眠」状態となってしまって、頭も心も体も熊になっていました。
ボチボチ目を覚まさないと時代の流れにおいてかれそうです。

 ともあれ、一週間後には、大きな仕事が控えています。
それが終わらないことには何もかも手につきません。

湯沢市ではこんなにすばらしいセミナーが企画されております。
そのためのホンの一部だけお手伝いをさせていただくことになりました。
荷が重過ぎて、10Kくらいやせました。
メタボ対策にはちょうどいいかな?
下記にその内容を貼り付けします。
すばらしいチャンスです、一人でも多くの方のご参加をおまちしておりま~す。




開催要綱について
平成22年度
第3回湯沢市地域福祉セミナー
~「安心生活創造事業」&「地域包括ケア推進事業」~

趣 旨

 国の3年間のモデル事業であります「安心生活創造事業」も2年目に入りまし
た。昨年度は、支援を必要
とする人を把握・支援するための骨格形成期として、市内を8つのエリアに分
け、在宅介護支援センター
を中心に、制度の谷間にある方々に対する「抜け・もれ」のない基盤体制をつくり
ました。
今年度は、試行・実践をとおして、エリアごとにチーフを配置し、民生委員・児童
委員やサポーター等による
情報をもとに、詳細な要支援者マップを作成するとともに「抜け・もれ」のない地
域福祉の実践に入っております。
 今回のセミナーは、障がい者や高齢者の方々が、地
域で自立した生活を送るために
求められている生活経験をとおして、市民が安心して生活できる「地域福祉」の構
築について考えることにします。

主催 湯沢市

後援 社会福祉法人湯沢市社会福祉協議会、湯沢市民生・児童委員協議会、湯沢雄
勝地域包括支援ネットワーク協議会
   湯沢市雄勝郡地域包括・在宅介護支援センター協議会、県南地区介護支援専
門員協議会

対象 社会福祉協議会関係者、民生・児童委員関係者、人権擁護委員関係者、保護
司関係者、湯沢地区自治協議会、
   稲川地域自治連絡協議会、雄勝野づくり協議会、皆瀬地域自治組織、介護保
険事業関係者、
   障がい者支援事業関係者、障がい児支援事業関係者、相談支援事業関係
者、老人クラブ関係者、
   障がい者福祉団体関係者、養護学校関係者、NPO法人関係者、ボランティ
ア関係者


期日 平成23年2月26日(土)


会場 湯沢グランドホテル 湯沢市材木町一丁目1番1号 電話0183-72-3030

日程

12時10分 受付
12時50分 開会
13時00分 基調講演
15時00分から15時10分 休憩
15時10分から16時30分 パネルディスカッション
16時30分 閉会

基調講演
演題  「安心して暮らせるまちにするために」
  ~~地域を包括して支援するネットワークづくり~~
講師 青森県立保健大学教授 渡辺洋一 氏

パネルディスカッション
テーマ 「安心して暮らせるまちにするために」
    ~地域生活で何が求められているか~
コーディネーター 湯沢市社会福祉協議会 地域福祉課長 赤平一夫 氏
助言者 青森県立保健大学教授 渡辺洋一 氏
パネリスト
①視覚障がい者の立場から 柿崎妙子 氏
 補助犬と同居する視覚に障がいのある世帯の生活経験から
②聴覚障がい者の立場から 高橋健一 氏
 聴覚に障がいのある夫婦世帯の生活経験から
③民生委員の立場から 雄勝地区民生児童委員協議会長 吹谷和郎 氏
 一人暮らし高齢者世帯等の冷蔵庫に「命の鍵かーど」を入れて、安否確認
の実践をされている雄勝地区民生児童委員協議会の実践から
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by wappagamama | 2011-02-19 10:37

久々に感じた[立春]の意味

 暖気」という予報どおり、今朝は雨。

屋根周辺からは「ダジダジ」と音を立てて雪解け水が流れ落ちている。
空気も生暖かく、小雨ながら太陽の日差しを感じる。
「立春」の言葉がこんなにも実感できたのはほんとうに久しぶりのこと。

 2・3日前のあの豪雪は? 冬眠していたあの熊は?
今日は分厚い防寒着を着なくとも、部屋着のままで外へ出ても寒く感じない。
全身に暖かい春を感じ、屋根から落ちる雨だれの音に力強い春の足音!

  道路側には早朝ブルトーザーが置いていった硬い氷山が…。
今までの降雪のため、道路に積み重なった圧接が高くなっていた。
降雪量の少なくなった、ここ2・3日のうちに、ブルトーザーはその高くなった道路の圧接をこそいで(削る)っていってくれている。
その分圧接道路は少しずつ平らになり歩きやすくなる。が、
そのこそいでいった圧接はどこへ行くかといえば、全部道路の端、すなわち 家ノ前かまたは歩道を塞ぐ形でその氷山を置いていく。

 それは、アスヒャルトかコンクリートの塊のように硬くて大きい。
だから、その金塊を処理するということになるとこれまた大変な作業である。
そのままの大きさだと、流雪溝には入らない。
転落防止のために溝は鉄の蓋を上げればその下は、十字型の鉄の格子になっている。
なので、その格子を通り抜ける大きさに砕かなければ氷の塊は流せない。
下流で流れが詰まらないようにとの意味もあるようだが、それにしても隣の町内ではしょっちゅう床下浸水が発生しているとのこと。
ヒトシーズンに雪攻め・氷攻め・水攻めとめまぐるしく忙しい!

 その点、ここ荒町は、市内でも山側になっているので、積雪量は多いけど、水害の
心配はない。
ここ荒町の下流北側に沿ったところの、図書館どおりではしょっちゅう洪水騒ぎがある。
そして、旧国道・新国道と西に向かって駅方面に向かった材木町周辺も、市内を流れている大関の氾濫がよくおきている。

 豪雪の最中の洪水も免れないが、氷の塊でおきる洪水のころになれば、同じ大変さでも、春が間近いことを肌で感じる。

 この氷の塊が亡くなるのは後もう少し…。
雨と太陽の日差しが何回か繰る返しているうちに、この白い恐怖は消える…
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by wappagamama | 2011-02-05 16:40

冬眠中の熊がいきなりニュースこまちに!

 昨日のお昼前、「たえこさ~ん」といって玄関に入ってきたのは顔見知りの女性。

 福祉活動や政治活動などの中心となって活躍され、よく顔を合わせていた方だったので、安心して出て行ったら、「NHKの取材が来てるんだけど、豪雪で困っていることなど ちょっと お話を聞かせてくれない?」
なんだかよくわからないままにのこのこ玄関に出て行ったら、「たえこさ~ん 民生委員のTで~す」ともうひとりの元気のいい声がした。

 
 夕方テレビの放映を見て、もう その時点からカメラは回っていたらしかった。
なんだか訳がわからないままに質問に答えてはいたが、ほとんどしどろもどろ。
しゃべっていることはしどろもどろでも、ほんの数秒しか出ていなかったのであの一言だけあればよかったんだ…。というものだったけど、それにしても、あのときのわたしのかっこうったら ?…。

 カレーライスを口いっぱいに放ばってあわててぬぐっただけ。
エルモと遊んで もこもこフリースには、抜け毛がいっぱい。
「やばい」と思ったときにはもうすでに手遅れ。
「豪雪で困っていることは?」という取材目的を象徴するかのように、まるで「冬眠していた熊が突然起こされた」という画面だったのではなかったかと思う。

 夕方「ニュースこまち」だったかな?
友人から電話「妙子さん 今テレビ差ででらっけしゃ?」
「あっ 残念 見てなかった」
「元気そうな顔を見て安心した」とほとんど外出しなかったわたしのことをしんぱいしてくれていたらしく、そんなところで意外な効果を発揮したようだった。

 うれしかったのは、秋田市でお世話になった方からのメールだった。
「雪に負けるな がんばれ!!」
感嘆符がにこもついていて、思わず目頭が熱くなる思いがした。
「こんなことぐらいで なんで?」と思われるかもしれないが、その方のお人柄とあのやさしさが急になつかしくなり胸が締め付けられる思いがした…。
あの方のように何気なくそっとサポートをしてくれていた人、そんな方がまだいっぱいいる。
あんなにお世話になっておりながら もう お会いすることもないのかもしれないとチョッピリ感傷的になってしまったわたしでした。
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by wappagamama | 2011-02-03 11:19