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初レシピ プラムチャウダー


 最近の我が家の食卓は、芋の子の煮っ転がしとか・簡単鍋物・イカと大根の煮物・芋の子汁など、純粋の和風料理(?)が続いていた。

 マーケットにお買い物に行かないため、買い物や料理のレシピのイメージが狭くなり、何を作って食べたらいいかわからなくなることがよくある。

 マーケットに行った気分を少しでも味わいたくて、ヘルパーさんに新聞の折り込みチラシを持ってきてもらっていたんだけど、事務所のものなので自由にならないとのことで最近はその楽しみもなくなった。

 それ系の情報に飢えているわたしはちょっとしたことに敏感に反応することがある。
たとえば、テレビやラジオからの情報。
「よっし! 今度これを作ろう!」といきがっていても何か材料が足りないと後回しになり、そのうち忘れてしまっている。
ということで、結局手持ちの材料を利用しての調理となってしまうので、中々代わり映えのものが作れない現状。

 そんな矢先、娘のメールに【クラムチャウダースープ】の話題が出ていた。
すかさず【クラムチャウダースープ】ってな~に? どうやって作るの?」
その返信メールに沿って、ヘルパーさんに材料を集めてきてと頼んだ。

 「わかったわかった 了解」と恐ろしく物分りのいい返事。
が、 過去の経験からして大丈夫かな?と一抹の不安が襲った。
次の瞬間携帯電話にプッシュしていたわたし。

 「ハーイ 買いましたよ~ ご心配なく~」と元気な声。
次に続いた言葉にまたもやびっくり。
「クラブチャウダーのルーと牛乳だけ買いました」とのこと。
あ~?やっぱり 予感が当たった…。
きのこ味のルーを買いました、家にあるきのこを使えばいいと思ったので、勝手に決めました」とのこと。

 わたしの頭の中には「アサリとベーコンのクラうチャウダー」で一杯なのに…。
ここで妥協するわけには行かない。
折角食べたいもののイメージがつかめたのに…。

「悪いんだけど、アサリとベーコん味も買ってきてもらえないかな?そして・その箱に書いてある材料を全部とナマクリームも買ってきて」と低調にお願いした。

 結構なそそっかしやさんであり、結構なオッチョコチョイさんである。人の話を最後まで聞かないうちに早飲み込みをしている。
買ってきてくれたものを見てびっくりすることもたまに…。 亜全としてしまうこともたまに…。
でもそんな状況に対して以前と違って、最近は極力反応しないようにしている。
最初のころは、違うことは違うと言っていたけど、それをしていると、相手は萎縮したり反発したり、時には意地悪をされたりしたこともあるので最近はそ知らぬふりをしていることにした。

 その代わり、その人の持っている得意分野に対してだけ「有難い・うれしい」と感謝の気持ちを伝えるようにしている。
ヘルプする方も大変だと思うけど、ヘルプしてもらうほうだってそれなりに大変さはたくさんあるものである。

 そうそう そう 【クラムチャウダースープ】お陰さまで夕べ作ってみました。
丁度玄米パンがあったので、浸して食べました。
初レシピ おいしかった~!

少し熱っぽくて体がだるかったけど、食欲が出て体が暖まりました。

〔 最後の落ち〕
是非入れたかった 生クリームを買い忘れたらしく没でした。うっふふふ
でも本人は気づいていないでしょう…。
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by wappagamama | 2010-10-30 11:42

最近増えた新患さん ほとんどがかなちゃん繋がり


 かなちゃん病気発症後、まんじりともしない日々を過ごしていたころ、偶然とは思うが新患さんが増えた。

 しかも、その新患さんが来院するきっかけとなったのが、ほとんどかなちゃんのお友達関連。

 十文字でエステをやっているRちゃんからの紹介で、そこのお客様やエステ業界のつながりの方たちの来院は、数年前から継続していただいていた。

 ところが、今回も新患として来院してくださった方のなかに、また新たに頼もしい協力者が現れた。
元をただせばその方の娘さんがかなちゃんの高校時代のバレー部の仲間。
でも 話が伝わっていったのはかなちゃんからではなく、十文字のRちゃん関連らしい…。

 話せばややっこしくなるが、その新患さん若いころからのスキー好きで、痛めた腰と肩が仕事に支障をきたすほどになっていた。
ほうぼうを回ったが思わしくなく、を決して岩手の有名院に行こうとしていた。

 そんな様子を知ったその娘さんYちゃんが「岩手まで行くんだったらまずその前にかなのかあさんとこへいってみれ、腕がいいって評判だよ」(ここまで書くか? 眉唾だけど…)と薦めてくれたのがきっかけだったとのこと。
娘さんに薦められて、どんなもんかと、まずは一度試してみるか的に来院したのかもしれない。が
治療開始ご、さすがこの業界回りをしていただけあって、あっちこっちの治療法方の話やら、はたまた病院にいってもさっぱり治らない話など、半分はあきらめに近いものをもっていた。
そして、岩手に行っても結局ブロック注射だから一次的には楽になるけどまた元に戻るだけと、心得ている。

 それにしても、「この痛みが治るなら治してもらわなければ、仕事にも差し支えるし、冬になってもスキーにも行けないし」とその願いははっきりしている。

  若いころからの古傷だけに治るのにも時間がかかること、一回や二回で治ると思ったら間違いであること、ペインクリニックではないのだから一発勝負で何とかなると思っていても無理だということ、まず最初に断った。

 そして、おもむろに開始したのが「経絡治療」
治療を開始したものの、今自分が何をされているのかということよりも、わたしのことに興味が移されたようだった。
それは、娘繋がりの過去が会ったから?…。
 その好奇心というか新しい物好きというか、その患者さんの興味は色んな方向に広がり、理路整然とした口調からして何かを納得するまでその興味は続くらしい…。

 結局、治療終了になってはじめて今自分が何をやってもらったのかよくわからなかったらしく、「鍼やってけだなだんしぎゃ?」と ぽかんとしていた様子。
ベッドから降りて、ズボンをはきながら「あらっ? いでくにゃ?」
シャツを着ようとしたときも「あらら かだもたいしたらぐになったおんだ?」と不思議そうにしていた。
このときの感覚が功をなしたのか、次回の予約をしてお帰りになった。
それからである、数日後その奥様が来院、そして、その後次々と数人の新患さんを送り込んでくれた。

 その娘さんのYちゃんいわく、「おらがおしぇだなさ、まるで自分が発掘したかのように、会う人会う人さ自慢ばなししてるなしゃ」

 その方からの紹介の患者さんたちは、まずほとんどといっていいほど、「ここへ来れば治る」と思い込んでいる気来がある…。
そしてそのいずれの患者さんも、きちんと定期的に通院してくれる。
それもおそらくその患者さんの理路整然とした話方からして納得できるような気がする。

今のところ、その期待を裏切るようなことにはなっていないが、毎度毎度そう思うように行くとは限らない…。
そのためには、最初の治療の際の「お断りははっきりと告げておかなければいけない」

 患者さんによっては、最初の治療より二回目三回目の方が効果が出ることもあるし、ケースバイケースであることも告げなければいけない。

 冬になったら、スキーに行くことを楽しみにして、定期的に通院してくれている。
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by wappagamama | 2010-10-28 22:52

冬支度


 今週に入って℃(せっし)10度をきる寒い日が続いていた。

 我が家は 今までギリギリフローリング(板の間)で通してきた
エルちゃんの抜け毛の掃除がしやすいということを理由にまだ冬支度はしていなかった。

 さすが この時期になるとエルモも板の間でのお昼寝は落ち着かないらしく、隙があればフカフカの場所を選んでこっそり寝ていることが多くなっていた。
ある日、エルモのベッドの毛布を洗うため外したまま忘れていたとき、なんだかやけに落ち着かなく「クンクンクン」とベッドの前で何かを訴えていた。
「あ っごめんごめん」とあわててベッドメーキングをしてあげたら、終わるか維那わたしの体を押しのけるようにしてベッドに入り、スコンと寝てしまった。
この時期、わたしだって板の間なら落ち着かないんだ者エルモだってそうだよね…。

 電気カーペットとジュータンニ変える前日、エルモをシャンプーしてあげて、お日様に乾かした後ラバーブラシでブラッシング。
その後 家の中の板の間で、今度は豚毛ブラッシング。
このほうが 外でやるよりわたしもエルモもリラックスできて疲れないからである。

 わたしもどっこいしょっと床に腰を下ろしてエルモは両手足を伸ばし、気持ちよさそうにブラッシングをさせてくれる。
立っているときにはやりにくい首や両手足の間・シッポなども自由にやらせてくれるのでこっちもゆっくり楽しみながらできる。

 「どう?どう? にいさん ボクつやつやになったでしょ?」
「あ ほんとだ 日に当たるとつやつやしてる」って?… ふふふ

そして いよいよ翌日、これまたグッドタイミング! 鳥海山に初雪が降ったとのニュース。
ヘルパーさんが来る前に、テーブルや椅子をどかして隅々まで大掃除開始。
二回からジュータン・電気カーペットを下ろしてきて準備万端OK。

 そんなことヘルパーさんにやってもらえばいいでしょ?と思う人もいるかもしれないけど、実は、それだけに時間を使うわけにはいかないので、作業時間短縮なのである。
わたしに与えられた一時間半を以下に有効に使うかという工夫はわたしがしなければいけない。
ジュータン敷きをしている間、エルモもうれしそうに尻尾を振ってウロチョロ。エルモのお気に入りのヘルパーさん、作業も慣れた手つきでさっと終了。

 なんてったって一番うれしそうなのはエルモクン。
ストーブの前にちゃんと陣取ってうっとりしている。
そこへかあさんのお腹が寄り添えばそれだけで最高!

 札幌も・旭川も・函館も雪が降っているとのニュース。
各地のユーザーさんと盲導犬ちゃんたちも、もう みんな ぬくぬくと暖かいお部屋で過ごしていることでしょうね…。
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by wappagamama | 2010-10-28 11:19

かなちゃん大ピンチからの脱出!その3




  夢を見ていたかのような一ヶ月あまりでした。

 突然襲ったかなちゃんの激痛は、意外な方向へ発展していきました。

痛み止めなしでは世もひもあけなかった時から、痛み止めを飲まなかったらどうなのだろうと、時折確かめてみたり、やはり痛め止めが効いていたから痛くなかったんだとあわてて痛め止めを飲んだものの、その効果が現れるまでの苦痛との戦い。
そんなこんなの状態が約一ヶ月弱。
そしていよいよ入院間近になり、少しずつ痛みが緩和され、痛み止めを飲まずに過ごせるようになっていたとか…。
そして手術のための入院検査。

「 薬なしでこの程度まで痛みが緩和されたのだったら、手術はもう少し見送りましょう」
との先生の診断が下された。

 耐えられない痛み「マックス」でなければ、あえて手術することはないとの先生の診断のもと、一旦退院して様子を見ることとなった。

 マックスが発生したら緊急でも対応していただけるとのことで、日常生活のリハビリに入った。
人によってはそのまま痛みが治まる人もいれば、また再び再発する人もいる、その感覚と程度は人それぞれだが、まづは一旦様子を見ることとなった。

 日常生活もボチボチ動けるようになって、気分のよいときはMちゃんと吉祥寺までぶらっと買い物に出かけてきたり、お友達に合ったりと今のところ順調に快復方向に向かっている様子。


 驚いたことに、昨日はおにぎりを持ってMちゃんと高尾山に行って森林浴をしてきたと、兄にシャメが送信されていた。

 これまでの彼女の生活は、仕事の拘束時間が驚くほど長かった。
そのハードな生活がわたしはとても気になっていた。
本人はそれでも嬉々として仕事に立ち向かっていたので、好きでやっていることだったらと甘く見ていたが、虫の知らせか、春先には忠告したばかりだった。
「仕事が楽しいのも結構だけど、も一度原点に立ち返って考えて見なさい。体を壊してからだったら大変だよ」と…。

 そんな無理がたたってか、彼女の体は悲鳴を上げたのだった。
本人は気づいていなくとも、無理な生活は徐々に体に負担がかかり、「これ以上はもう やめて!」と信号を出したのだと思う。
今回のこの信号を無視して、今度こそ体が怒ったら大変!
頼むから 仕事が大事なのはわかるけどこれをきっかけにもう少し体をいたわることも大切だということをしっかり頭に入れてほしい。


追伸
 かなちゃん記事に関しては、彼女体調不良だったときの電話での会話だったため、不明瞭な部分に対しての聞き返しや確認ができなかったため、内容に若干の食い違いがあるようです。わたしの思い込みや早とちりなどがあるようですがどうぞご了承くださいませ。
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by wappagamama | 2010-10-27 22:19

かなちゃん大ピンチからの脱出?!その2


 激痛が発症してから丁度一ヵ月、やっと入院・手術となった。

 手術する部位は頭。
本人が痛いと訴えていたのは親知らず周辺の顎、そして頭、首・肩・腕・親指とそれは左上半身に及んでいた。

 その圧痛点は明らかに脳神経の走行に沿っていた。
検査の結果「脳内で三叉神経が血管に圧迫されている」とのことだった。
手術は脳内の三叉神経と圧迫している血管を離しそこへ特殊なスポンジをいれるとのこと。
想像しただけでも青ざめてしまいそうになるが、手術とはいっても、耳の後ろに4センチくらいの穴を開けて顕微鏡とテレビ画面を見ながらの手術なのだとか。

 そういえば、以前何回か、脳神経の手術の現場をテレビ放映していたことがある。
現代医学の進歩と、技術のすばらしさに感動しながらテレビから目が話せないで(いや 耳が話せない)ことがあった。

 娘は まさに その病院のそして そのときの出頭医のチームメンバーのひとりの先生に担当していただくことになっていた。
これも、友人の力添えと感謝に耐えない。

 そこまで条件が揃ったのだから、あとはお医者様にお任せするしかないと、本人はじめ家族全員祈りをささげて時を待つことにした。

 そして いよいよ入院。痛み止めの効果かその激痛は幾分治まってきていたようだったが、またいつあの激痛が襲ってくるかもしれないという不安の中での一ヶ月。
その間もちろん職場にも復帰することも叶わずただひたすら手術日を待った。

入院一日目、手術に向けての検査が開始された、
初めての経験、不安と心細さとの中で、初めての夜を迎えたかなちゃん。
大都会の夜景が目に飛び込んできた。
なんと それは、東京タワーとスカイツリーそしてベイブリッチまで!…
彼女の不安な気持ちと裏腹に、華々しい大都会の夜景は彼女の胸にどのように写ったことだろう…
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by wappagamama | 2010-10-22 08:34

かなちゃん大ピンチからの脱出?!


先月の中旬、久々に休暇を利用して帰省したかなちゃん。

 色んなことを計画して来たようだったが、歯痛(はいた)が気になって思うように行動ができなかったようだ。

計画したことの半分も活動できずに、東京へ戻っていったかなちゃんだったが、本人は抜いたはずの親知らずが痛いと訴えているのに、触診するとそれは明らかに歯の痛みとは違うところにいくつかの圧痛点があった。

 翌日から通常通り仕事に戻る予定だったようだが、もう一日休みをもらって、脳神経外科で検査お受けるようにと硬く約束を交わして帰った。

 痛みが半端ではなかったため彼女も心配になり、脳神経外科を受信。
なんとしたことか、わたしの予感が当たってしまった。
「もしかして?」と最悪な予感からは少し外れてはいたけど、それにしても重篤な病気が潜んでいたのである。

 本人はもちろん家族全員が脳天を打たれたような衝撃を受けた。
最初の診察のときのインターンのような若い先生とのやり取りを聞いていると、無性に心配になってきた。次は2週間後に受信するようにといわれてきたと。

病名も明らかになり激痛で苦しんでいるのに、2週間もそのままほっといていいのだろうかと心配になり、娘の友人にメールした。

 娘自身もその友人に相談をして力になってもらっていたようなので、わたしも安心していたのだった。
が、それでも心配で、私からもお願いしようと思ったのだった。

その友人は長年東京で看護師をしていて、先生方からの人望も厚いと聞いていた。
こんなピンチな時に医療業界に友人がいるということの心強さ。
なんの紹介もなしでいきなり受信するのと、業界からの知人から紹介があるのとでは明らかに病院側の耐応が違うことに娘自身も驚いていた。
と同時に、その友人が業界にどれほどの力があるのかも改めて知ることとなった。

 結局、最初の病院の耐応に納得いかなかったため、その友人に再度相談。
その友人は、直ぐに自分の勤務先の病院で娘のMRI・CTを撮ってくれ、直ぐに最初の専門医の病院へと紹介状を沿えていただき、再度受信した娘。
ここからである、病院側の耐応が変わったのは…。

 その日のうちに入院日と手術日が決まった。
日本でも指折りの有名病院である。
緊急性がない限り、最低でも3ヶ月以上順番待ちという超人気病院だとか。
痛み止めを服用してだましだまし日一日と過ごしていた。
2週間後に決まった手術日を指折り数えて待っていた。
医療設備と技術の揃った病院なので、あとはお医者さんにお任せするしかないと本人はじめ家族もその日を待った。

 激痛が発症してから約一ヶ月、いよいよ入院の日が…。
10日分ほどの荷物と供に、夫であるYちゃんと従姉のMちゃんに付き添ってもらって無事入院。
生まれてはじめての大病をした娘。
生まれて初めて入院した娘。
この激痛が取れるならと、直ぐにでも手術してほしいと願っていた娘。
初めての病室からは、東京タワーやスカイツリーそしてベイブリッチの夜景がきれいだと…。
次回へ続く
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by wappagamama | 2010-10-21 21:21

仙道小学校とのすてきな交流



 盲導犬と暮らし始めてからことしで11年目になりました。

 その間何十回となく、いや 何百回だったろうか? 小・中・高校と招かれてパートナーと共に授業のお手伝いをさせていただきました。

 その中には様々な出会いと絆と感動と悲しい別れもあったりして、今まで歩んできた私の人生の中で、この期間が一番幸せな時期でした。

 ひとつひとつお話をしたら、何日もかかってしまうほどの感動が一杯です。
この「盲導犬エルモの日記」の過去記事にも出ていますが、その都度ご紹介してきました。
 今回はまた、今まで経験したことのない新しい感動をいただきました。

19日(火)羽後町の仙道小学校へ招かれたときのことです。
教頭先生のお迎えで、30分ほどの道のりを一路目的地へと向かっていた途中。
はっ? と思い出してしまった。
そうだ 仙道へ行くには、峠越えをしなければいけなかったんだと…。
最近めっきり車に弱くなった私は、曲がりくねった山道では必ずといっていいほど車酔いをしていた。
この峠はどれくらい続くのだろうと心配に鳴り出した。
幸い、迎えに来てくださった教頭先生とのお話が楽しかったため、車酔い寸前で目的地、仙道小学校へ到着。

 エルモと供に案内されてお茶をいただくまでの間のほんの短い時間で、その学校の雰囲気が大体伝わってくる。
ここ 仙道小学校は、わたしとエルモの周りには先生方の優しい声がけと供に、女性の校長先生の暖かい家庭的な雰囲気が伝わってきた。

 体育館での5・6年生17・8名。
私の問いかけにもよく反応してくれている。そして、その周囲には先生方も…。
エルモクンの性格の話をしていたとき「おとなしくって内気でとーっても素直な子です」
皆さんの中に自分もそんな正確だと思う人?… と問いかけたが、
一瞬「し~ん」そしてその後子供たちは ざわざわしはじめた。
こりゃまずい質問をしちゃったかな?… と後悔していたところへ、一人の男性先生の大きな声「ハーイ」と…
会場は一斉に大笑い。
雰囲気を盛り上げていただいたが、その笑いからして、本当かどうかどうも疑わしい…(わらい)。
先生と子供たち、そして私とエルモ、その会場はアットホームで和やかな雰囲気であることがこれで証明された。
わたしの第一印象が的中した。

 大きな学校・大勢の生徒さんの授業では、先生方もぴりぴりしていて、子供たちもマニアル通りの言動が気になることもある。そうゆう学校のときは終わった後ですごい疲れを感じる。
 そういった意味でも今回の仙道小学校は学校全体が家庭的で和やかだった。

授業が終了して、コーヒーをいただいているときにも次々と子供たちがやってきて、名残惜しんでくれた。
帰路はまた下りのくねくね坂。
すこーしゆっくり走っていただこうかなと思っていたが、これまた、送ってくださった先生とのお話に夢中になってしまって、車酔いするのを忘れてしまっていた。


 最近めっきり減った学校訪問ではあったこと、まさか峠越えと不安材料はあったが、久々に楽しく気持ちのいい学校訪問でした。
何枚かの「盲導犬エルモの日記」のリーフレットをお渡ししてきただけなのに、翌日の昨日にはもう マイブログにちゃんと書き込みが入っていました。

今までに、いろんな形で感想やお礼の気持ちをいただいてきましたが、こんなに早く子供たちから、ブログへ直接書き込みをいただいたのは初めてです。
とってもうれしいです!
このようにブログへの書き込みは大勢の方々に見ていただくことができます。
わたしとエルモそして、子供たち・先生方との交流が一目瞭然です。
今回の、仙道小学校さんとの交流は、そんな意味でもとても有意義な体験でした。
今後の学校訪問・マイブログ作成のどちらにも楽しみと有気をいただいたように思います。

仙道小の皆さん、本当にありがとうございました。
皆さんも、健やかで勉学に・運動に・遊びに励んでくださいね。
またいつかどこかでお会いできるのを楽しみにしています。
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by wappagamama | 2010-10-21 10:09

Oちゃんからの電話


 昨日に続き、今朝もOちゃんから電話があった。

そういえば、昨日の電話はわたしの都合でこっちから切ってしまったので、「あ 昨日はごめん」と挨拶代わりに先ずは謝った。

 いつもゆったりと「おかあさんげんき?~」と話し始めるOちゃんだったが、今朝のはちょっと違っていた。

 「あのねぇ、 ブログを見たんだけどさぁ?~  エルモのパピーさんの…、 2005年の4月てさぁ? そのときおれも盲導犬協会に居たんだよ?」
と話し出した。

 事故で失明した後、視力障害者として自立するために、盲導犬協会で3週間の生活訓練を受けたOちゃんだった。

  何気なく「エルモの日記」を見ていて気づいたらしく、盲導犬協会の食堂で足元に何びきかのパピー犬がチョロチョロして、足のコウにあごを乗せた犬もいたとのこと。
それがもしかして、エルモだったかもしれないと…。
だとすれば、湯沢であったエルモは前にもあっているよ。
「お母さんとの出会いはエルモが引き合わせてくれたのかもしれないね」とOちゃん。

 そう! そうかもしれないね赤い糸で結ばれていたのかもしれないね 出会うべきして出会ったのかもしれないね…」とふたりはお互い納得。 

 そして、エルモはユーパスのじつの弟であること、それに出会いと別れと再びエルモとの出会いの日も全く同じ日だったという偶然。
そして、エルモとユーパスに関する偶然はこれだけではない。

ユーパス亡き後、ユーパスの排便場所に植えたグラジオラスの球根が、3ヵ月後のエルモが我が家にやってきたその日に、最初の一厘の花を咲かせたこと。
札幌でエルモとの1週間の共同訓練を受けている間に、そのグラジオラスは1メートル以上も草丈が伸び、真っ赤な花弁が一枚、風に揺れて出迎えてくれた。
大きく揺れているそのグラジオラスを見たとたんわたしは思わず「ユーちゃんただいまぁ ユーちゃんの弟だよ」
それに答えるようにそのグラジオラスは「エルモ おかえりぃ かあさんをたのんだよ」っていっているような気がして、涙が止まらなかったのを昨日のことのように思い出す。

 わたしたちの能力では考えられないような出来事を何回と泣く経験している。
その数々の不思議な出来事を思い返せば、人間の能力なんてなんて浅はかなんだろうと愛犬たちに申し訳ない気がする。
別れも出会いも感動もみんな愛犬たちからいただいているのではないかと思うことがよくある。

 Oちゃんが言っていたように、わたしたちの出会いも、エルモが結び付けてくれたのかもしれないね…。
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by wappagamama | 2010-10-16 12:40

エルモ 糖尿病の疑い?


 7歳のお誕生日を迎えようとしていたエルモクンでしたが、じつのところちょっぴり心配事がありました。

 あの猛暑 猛暑の厳しかった長い夏、暑さに超弱いエルモでしたので、健康には十分気配りをしていました。

 水分補給はもちろんのこと、胡瓜やスイカなどで体温調整・外出も嫌がるほどの時にはサプリメント服用させたりと、あの長かった猛暑も何事もなく乗り越えてくれました。

 そして、9月後半、やっと暑さが収まりしのぎ易くなったころ、水分も少し減らし、胡瓜やスイカも もうあげなくとも体温調整は自然に機能していると重いストップした。

ただひとつ気になることを除いては…。
それは首の周りと鼻の頭に異物ができていること。
獣医先生に診察してもらったが何も心配ないとの事。
頸には3この小さなくそいぼ、鼻の頭にはかさぶたのようなもの。
鼻のかさぶたは悪性ではないのでほうっておいてもそのうち治るでしょとのこと…。

 だが 心配なのはそれではない。
そのころエルモはなんだか落ち着かなくなり、しきりと何かを訴えている様子。
おしっこもべんべんもしたばっかりなのに、おかしいな?…。
「どうしたのエルモ 遊びたいの?お外に行きたいの?」
わたしが座っていると脇の下に花を突っ込んで「立って?」というしぐさをする。
わたしが台所で仕事をしていると、うろちょろと傍から離れない。
キャベツやレタスなど落とすとすぐに拾って食べようとする。
いままではそれほど卑しくしたことはないのにおかしいなと思っていたが、お水を上げるとゴクゴクのどを鳴らして飲み干してしまう。
それまでは、牛乳をチョピットたらさなければ飲まなかったのに、牛乳を入れるまで冷蔵庫の方を見たりして催促していたのに…。
真水でもゴクゴク飲み干すなんておかしい…。

のどが渇いているんだと気づいたのは数日後。
協会のI先生に電話で相談。
そんなに喉が渇いて水を飲みたがるとしたら「糖尿病の心配があるからすぐに病院で診てもらいなさい」とのこと。
そして、エルモがいつでも飲みたいときに飲めるように、きれいな水をたっぷりと置いて置くようにとのアドバイス。

何か心配な病気だったらどうしようと不安になり直ぐ病院へ…。
息子は「できる検査は全部してください」と、そして 生化学検査。

  翌日、病院から検査の結果の電話。
「エルモクンの生化学検査をしましたが、特に心配なことはありませんでした」
とのこと。
血糖値はむしろ若干低めだけど何も心配はありません。
尿酸値も心配はありません、いたって健康体です。と太鼓判を押していただきホット安堵。
そのほかにも生化学的な詳細も話してくれたけど、「異常なしのひとことで後のことは 頭に残っていない。

 え~と? それで? I先生のご指導ドウリ、器にタップリ水を汲み置きしておいて上げたら、催促はしなくなりました。
少し水分を控えすぎたのが原因だったと強く反省。 ごめんねエルちゃん ペコリ
ほんとにごめん

 牛乳を入れてあげていたときには、とにかく全部飲み干していた。自分の適量も関係なく飲んでいるのではないかと心配になるほどだった。
でも、今は真水でもおいしそうに飲むようになったし、タップリ入れてある水を適量飲んだら後はやめるので、結果としてはこの方がよかったかなと思う。

 何か悪い病気でも潜んでいるのではないかとどきりとしたけど、獣医先生から太鼓判を押していただくほどの健康体なエルモ。
ほんとによかった よかったよかった~! 
 
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by wappagamama | 2010-10-14 09:12

エルモのお誕生日をお祝いして、パピーさんのブログを拝借してきました。

ping_exblog
盲導犬エルモの日記
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2008年 09月 21日
盲導犬になれるかな? ・・・ 2005年盲導犬になりました。
ボク! エルモです。
F1000040
盲導犬で活躍中、エルモのページです。・・・2006年10月7日 更新
~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~
★2006年9月★
先日、2頭目のナルディが盲導犬協会に帰っていきました。
すっかり、エルモが帰った日のことを思い出してしまいました。
家族からは、「今回は、泣いちゃだめだよ~。絶対に~!」
と念を押される始末・・・・・・。 あの日は、パピーウウォーカーの
みなさんが一言づつ挨拶する場面がありましたが、自分の番になると
胸が詰まって声が出なくなってしまいました。寸前まで軽く挨拶はできると
思っていたのですが、、、、最終的には、家内があいさつを・・・・・
いやはや、はずかしや・・・・・・。  思い出しました。
わかっていても、みんな、同じ思いで別れをしているのですよ。
あちこちで、ハンカチで涙をぬぐう場面を見てきました。
 
とても幸せなことにユーザさんからお便りのメールがあります。
様子をちょっとだけご紹介・・・
★2006年5月★
秋田の駅構内をスイスイ誘導してくれてユーザさんは、颯爽と歩けると喜びの声
夏には、めっぽう弱いエルモくん。これから、迎える夏は、どうなることやら、、
エルモくんのために、我が家もユーザさんのお宅もエアコンが付いたのですよ。
家の中は、涼しくても、外は暑いからがんばれ~。 でも、昨年ほどの暑さでは
ないとのことで・・・ちょっと安心。
★2006年4月★
エルモはユーザさんは、しっかり絆ができているんです。
なんと、エルモくんとユーザさんは、東京へ旅行・・・
エ~ッ、1匹と一人で・・・2回の乗り継ぎもJRの駅員さんの誘導で
難なくクリア。もう、息もピッタリ、無事、着いたのでした。
★2006年1月★
雪道を喜んで歩いているようですが、ブルドーザの雪を障害物とは
みなさず、あらら、ユーザさんは、雪の山を歩かなければ・・・・
盲導犬協会の先生のフォローアップが待ち遠しい・・・
★2005年10月★
誕生日をお祝いしてもらったり、宝塚歌劇「ベルサイユのバラ」を観にいったり、
周りの人たちがみんな、やさしい。  幸せそうな日々です。
~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~
★2005年10月23日(日)  『エルモがテレビに・・・』
エルモがテレビに出ました。
「動物奇想天外」にユーザさんといっしょに出ていました。
周りの人がとてもやさしくて、とてもいい環境だということが伝わって
きました。 エルモがしっかり、歩く姿がとてもたのもしく見えました。
盲導犬になったら引退まで会うことはできないので、歩く姿が見れて超ラッキーです。
今度、会えるのは、盲導犬を引退したときです。 会いにいくからね~。
 
~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~
NEWS!  ・・・ ユーザさんからの連絡 ・・・・・・・・・
★2005年7月30日(日)  『秋田のユーザーさんから電話が・・・』
エルモのユーザさんから電話がありました。        
この日も盲導犬協会のそばを通ったとき、         
「エルモはどうしているだろうねぇ~~~。」        
『盲導犬協会の人がエルモは、遠~~~いところです。』
って言ってたよ。新潟かな~~~。なんて、勝手に想像して
話していたので、秋田の・・・と言われてビックリしてしまい
ました。 ユーザーさんの話しによると、『秋田に行った頃は
環境の変化でちょっとストレスがあったようでしたが、今は
環境にも慣れました。  エルモは、やさしくて人気者になっ
ていますよ。』とのことでした。                 
TVに出るかも・・・とも話していました。活躍期待してるよ。
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NEWS!  ・・・ 盲導犬協会からの連絡 ・・・・・・・・
★2005年7月12日(火)   『エルモが盲導犬になりました!!』
と盲導犬協会から連絡がありました。           
ユーザーさんは、女性ですとのこと。今後ユーザーさんの
ために、活躍することを祈って家族一同、遠くから祝福!
写真がもらえるかもしれないとのことで、楽しみに待つこと
にします。                             
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NEWS!  ・・・ 盲導犬協会でのその後 その3・・・
★2005年4月3日(日)  盲導犬協会のおはからいで訓練中の
エルモの姿を見ることができました。           
当日は、あいにく雪が降る寒い日でしたが、ひさしぶりの
エルモの顔を見て満足。満足。大満足!          
う~~~ん。かしこいぞ。エルモ!! (親ばかです。)
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NEWS!  ・・・ 盲導犬協会でのその後 その2・・・
★2005年1月14日  盲導犬協会から写真が届きました。
待ちに待った「エルモ」の訓練中の写真が届きました。
「エルモ君、がんばってくれています。 手術のため、
他の犬より遅れての入学でしたが、皆に追いついて
います。 すなおですよ。」とうれしいコメントがついて
いました。  もうハーネスをつけて一人前の顔だね。
V・。・V   ガンバレ!  エルモ!!
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 NEWS!  ・・・ 盲導犬協会でのその後 ・・・

★ 2004年11月22日 盲導犬協会から連絡がありました。
エルモは、1ケ月遅れで訓練に入りました。    
病気や怪我がなければ、訓練は、来年の4月まで
続くそうです。 エルモの兄妹も訓練中です。   
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2004年9月5日(日) 
ついにパピーウォーカーの委託期間が終了し、盲導犬協会に
戻っていきました。 みんな別れを惜しんでいました。
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2004年8月    体重 変わらず
兄ちゃんのところにおじゃましたりしてます。
 散歩の姿、横顔、キマってる?
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2004年 6月~7月  体重 27kg
歩き方の講習もしました。 ちょっと盲導犬らしい?
ガムも大好き!  大人っぽくなりましたよ。
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2004年5月 生後7ケ月 体重 23kg
公園デビュ~してお友達もできました。
ちょっとファッションショーもしてみましたよ。
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2004年4月 生後6ケ月 体重 20kg  
雪もとけて、春がうれしいワン!  
背中にパピーのカバーをつけて散歩してみました。
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2004年3月 生後5ケ月 体重 16.8kg
大人っぽくなってきましたよ。 やることもなかなかです。
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2004年2月 3回目の予防接種も終り、散歩にも
出かけられるようになりました。
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2003年12月  この頃は、すなおなかわいいエルモくんです。
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2003.11.30 生後50日、体重5.5kg、すやすやと眠る姿がかわいい。
パピーが我が家にやってきました。  
名前がつくまえは、「青ちゃん」でした。
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2003年10月9日 生まれたて~
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お父さんは、ジャスティン、お母さんは、ナビ
4頭生まれて、そのときの兄弟は、
エルザ、えくぼ、エム、エルモ
(1頭だけオスだったのです)
エルモのお母さん(ナビ号)のページは、こちら
エルモくん出産時の記録のページは、こちら
(財)北海道盲導犬協会のページは、こちら
ナルディのページもみてくださいね。
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Tags:久々のお電話 エルモです げんきだよ~(^_-)-☆
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by wappagamama | 2010-10-11 10:40