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私の治療室から その3




 自発歩行や会話もままならなず、二人の家族が抱き上げ付き添ってくる重篤な患者さんもいれば…。

 はたまた、夏山登山に行く前の体の調整、といって通ってきている患者さんもいる。
ふたつの相反するタイプの患者さん。
今回は、 後者の方の患者さんのお話をしましょう。 



「 登山大好き人間」の二人の患者さん。
この二人の患者さんは長年にわたって、わたしに大きな影響力を与えてくれた。
治療をを受けに来たときは患者さんではあるが、普段はお友達を通り越した家族以上の、頼もしい関係である。  

 患者としてわが治療院へ来院したその年から、わたしとユーパスとエルモも鳥海山登山に毎年連れて行っていただくようになったということから、お互いの関係が深まりそして広がり家族以上の関係ができてきたといっても過言ではない。

 わたしは二人の彼女たちをとても頼もしく信頼している。
そしてその彼女たちといえば、健康管理には全面的に柿崎妙子治療院を信用してくれている。
東洋医学の「経絡治療」の神秘をご自分の体で体験し・納得し・感動してくれる。
そして、その東洋医学の「経絡治療の神秘」を病んでいる人たちに話し伝えていただいている恩恵は計り知れない。

そんな彼女たちが久々に、長野の山の山中に三泊の登山をするとのこと。
普段の生活がこれまた恐ろしく忙しい二人であること。
本物のボランティア精神が服を着て歩いているような人たちで、あまりにも気の毒なのでわたしのことまで負担を書けたらわるいと思って、つい遠慮してしまうほどの多忙な二人である。


 身を粉にして動き回っている彼女たちにも、人にはわからない身体の弱点がある。
そんな弱点を調整しながらの活動なので、健康に関する意識も高度である。
登山が好き・自然が好き・冷房やアスファルトが大嫌い。
そんな彼女たちの共通することは、登山をして帰ってくると、心身ともに生き生きと蘇っていること。 
全て自然体の彼女たちは、人工的なものは、無意識のうちに体が拒否反応をしているようだ。
アスファルトを長く歩けば坐骨神経痛やギックリ腰が発生しやすくなる。
冷房に長く当たれば胃痙攣やぎっくりごし・肩こりが発症する。
登山を目前にして、彼女たちの症状は決して健康的とはいえない。
十数人もの 登山家のリーダーとして、何かと多忙な時間を裂いて治療に来ていた。
名簿作成にと苦手なパソコンで一晩のうちに頭痛がするほどの肩こりになり、暑さのため自病の胃痙攣のため食事もできなかったという状態で、出発前の朝の治療を終えた。

 そして、途中で異変が起きた場合の対策にと、太陽を持たせて返した。
《太陽とは…もぐさの成分でできた火のいらな貼るいお灸》
太陽は彼女たちにとってはなくてはならない必需品となっているらしく、登山はもちろんのこと、遠出するときも必ず要求する頼もしいアイテム)

 特効的にはって効く壷も彼女たちはもう 心得ている。
最後に、自然の懐に抱かれてくれば、きっと元気になってかえってくるでしょう」とお互い確信しあっている。
そんな自然体の人だからこそ、「自然治癒力」を高める、東洋医学の「経絡治療」の神秘が、すんなりと心身に浸透するのだとの、彼女たちの確固たる見解のようだ。
「帰ってきたらまた来るからね」と元気に出発していった。

 そんな 彼女たちの山のお土産話が待ち遠しいわたしである。
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by wappagamama | 2010-07-30 10:31

私の治療室からその2「私がこの患者さんに何をしてあげられるのだろうか」



 治療ベッドに横たわっているその患者さんは、初めてのところへ来たという不安から、とても緊張している様子。

仰向けになっているのに膝をたてたまま。
膝が伸びないのと聴いても返事がない。
膝枕を入れてあげても、体を預けようとしない。
整形外科的に不可能なのかも知れないと思い、「そのままでいいですよ」と伝えてもなおも返事がない。

 80歳という年齢にしてはとても衰弱している。
わたしがこの患者さんに何をしてあげられるのだろうか、と一抹の不安が過ぎった。

 膝・腰・首と、4回もの手術を受け、治療しても痛みが取れない。
ブロック注射も座役も効かなくなり、毎日 四六時中痛みとの戦いなのだとか。
そして、足首から先がパンパンにむくんでいる。

 初めての治療ということと、かなりの緊張をしている様子なので、先ずは患者さんの気持ちをほぐしてあげなければいけない。
「まるまるさん 生まれは どちらだんしぎゃ?」と聞くと「前森(まえもり)」とすんなりと返事が返ってきた。
「あぁー 前森(まえもり)公園が近くてえんしな? わがいころはよぐいったんしべた」反応がよくなってきた。

「わたしも曙町で生まれだなだんしよ」というと「あらー うだなぎゃ あげぼのちょんしなぁ」と、前森の隣の町内である、今は町名が変わって、昔の人でなければ分からない町名に懐かしそうにしていた。

 娯楽施設や楽しみなどなかった当時は、桜のころになると色とりどりの重箱を持ち寄って、近郊の郡部からも、花見客でにぎわう唯一の憩いの場所であった。
そんな話題にはうれしそうに声を出したりうなずいたりして笑顔も出てきたと娘さんが説明してくれた。

 大分気分もほぐれてきたところを見込んで、次の段階へ
「まるまるさん、今一番痛いところはどこ? どこを治してもらいたいの?」と聞くと「膝と腰」
「今もジクジク痛いの?それとも重苦しいの?」と聞くと
「おもくるしなでにゃくて ジクジクいでぁ」 
「わがったわがった へばそのジクジクした痛みを少しでも楽になるようにやってみるがら、まるまるさん体の力を脱いで、深呼吸して楽ぅーにしていでけれなぁ」
「はーい」と素直で元気のいい声が返ってきた。

体の力が抜けて、治療を受けようとする気持ちになってくれることが大切なことである。
こうなったらもう こっちのもの、こちらのペースで治療が進めやすい。

 脈診・腹診を終え、膝の知覚感覚を確かめたあと、経絡治療に入った。数箇所のお灸もどこも感じなかったとのこと。

次にうつ伏せになってもらいたかったが一人では無理とのこと。
そんな会話をしていたらさっと 付き添ってきていたYさんが抱きかかえてわたしのゆうとおりの手順で、うつ伏せに近い姿勢にしてくれた。
長い時間ではないので少しだけ我慢できますかと聞くと、「大丈夫です」とはっきりとした言葉が返ってきた。

「腰の一番痛いところはどこ」と、治してもらいたいところの確認と、そこを治療してもらったという意識を強めるためにも本人に教えてもらうことにしている。


 背面の治療が終わり、再び仰向けになってもらい、治療前・後の脈と腹診を確かめる。
ふと 気づくと、膝を伸ばしている。
緊張のあまり、硬くなって延ばせないでいたひざを伸ばして、大きくため息をついている。

腹部に3本の深い横溝があったのが、浅い一本の溝に変わり、へその周りの張りが出てきていた。
このことを説明することになると一口では言い表せないので、いつかの機会にする事にする。がいうならば 「自然治癒力」が高まったといったら大げさといわれるかもしれないが、この状態が1時間でも・半日でも持続し、回数を重ねていくことによって、本当の「自然治癒力」が高まっていくのである。

ご高齢ということ・衰弱していること・初めての体験ということをかんがみて、患者さんに負担のかからないように、極 軽めの治療を終えた。
治療が終了したことを伝えると隣室で待っていた、家族がさっとやってきて「あやぁー おばあちゃん 顔色えぐなったごどぉ! あやぁー あしのむぐみとれでほそぐなってらしゃぁー」と…。
「かぎざぎせんしぇのごど もっとはやぐおべでればえがったなぁー」と
「おばあちゃん えがったなぁー まだくるべぇ?」  

 こんなときこそ、治療かとしての充実感が蘇る。そして、さっきまで次元の低いことで愚だ愚だ悩んでいたことがいかみおろかなことか…
されど、それも逃れられないわたしの現実…
できることなら、可能なら多少なりとも、いい 時間に ウエートをおいて暮らしていける方向へ行けたらと…。
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by wappagamama | 2010-07-28 13:42

私の治療室からその1(重篤な新患さん」



 先週 知り合いから一本の電話があった。

チョット相談があるのでおじゃましてもいいかとのこと。
その人は無類のお人よしで、頼まれたことは気持ちよく何でもやってくれる俗にいう いい人。自分では便利屋さんといっている。
わたしも風呂場のじょうまいを直してもらったり、溜まった粗大ごみを捨ててもらったりと結構お役に立てさせていただいたこともあった。

お願いすれば早速動いてくれて、よく気が利くので本当に本人が行っている通り便利
な人と言ったら失礼になるだろうか。

 電話があったのはその人からである。
だが相談があるということは?… と一瞬とまどった。
いい人といわれる顔の陰には、えてして、もうひとつの顔がちらついていることがよくある。
いい人というイメージができると、頼みやすくなり、ありがたくなり、さらに親近感が沸き、ついつい心を許してしまう。
実は、それがわたしの最大の弱点なところであり、情にほだされ易いという単純な性格は死ぬまで直らないだろう。

 逆にそんな性格を見抜かれてしまうとチョット大変なことになる。
相手はあの手この手と品を変え言い寄ってくるようになる。
そんなときの演技力といったらまさにプロ真っ青!
と客観的に見抜く力はあっても、面と向かっては、切り捨てることができないわたしの悪い癖。


 ここ数回話題にしているもうひとつのトラブルも、結局そんなわたしの優柔不断さも原因の一端を担っているのかもしれない。


 その物腰は、いつものように せっぱつまった様子。
取り合えずお話だけでもとおもい、聞いていると、現在付き合っている彼女の母親が、夜も眠れないほど体の痛みを訴えているとのこと。
その彼女が、柿崎さんのうわさを聞いてなんとか治療してもらえないかとのお話だった。

 そうなれば、わたしも黙って見逃すわけには行かない性格。
本人を診ないことには話にならないので、取り合えず連れてきてというと、家でもう準備をして待っているのだとか。

 自律歩行ができず、その体格のいいYさんがしっかりと抱きかかえてベッドに寝かせた。
話に聞いたより、状態はかなりよくない様子。
身体の衰弱と、痴呆とうつが入って問診もままならない状態。

 娘さんの話によると、最近特に、元気がなくなってよくないことばかりを考えているようだとのこと。
 「柿崎先生は話っこを聞いてくれて、病人を元気にしてくれるって知り合いが行って見れ」と教えてくれたので来ました。とのこと。
とはいわれても、?… と内心困ったなーと思ったが、ふたりの付き添いの真剣さにほだされて、自然にわたしの手は患者さんの橈骨動脈を診ていた。

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by wappagamama | 2010-07-27 22:48

本当のやさしさに触れて…





「私 仙台でお会いした、ボランティアのSです」と聞き覚えのある声が、受話器の無効から聞こえてきた。

 前々回の記事でチラットご紹介した鈴木さんからの電話だった。
いろんなところで大勢の方々からボランティアをしていただいたり、やさしさをいただいたりとそれはそれは語りつくすことのできないほどの感動や感謝の思い出がいっぱい。


 そして、その感謝の気持ちをたまにこちらから伝えることはあっても、相手様のほうからお電話をいただくなどということはめったにないことである。
なので、夕べのSさんからお電話いただいたときは本当にうれしかった。

Sさんはやはり私の足のことが気がかりだったようで、そのことを最初に聞いてくれた。

わたしも、当初はすぐにでも整形外科でNRI検査を受けようと思っていた。
6時半の新幹線まで、あのキンキンの冷房の中では体が持たないと重い、一本早い新幹線に変更して、早々に帰宅し、ゆっくりと入浴を済ませた後、自分で鍼灸治療を施した。
もぐさでできている張り薬で、局所を十分に暖め、翌 早朝さらに治療を施し、その日の予約の患者さんをこなした。

二日続きの休業だったので、予約が入っていて病院へ行く暇もなく、一日二日と過ごしているうちに、足の痛みもなくなってきた。
でも あの激痛を思い出すと、冷房に当たればまた再発するかもしれないという恐怖から、朝に晩に治療を施して、なんとか今日まで乗り越えてきた。

 最近時折うずいていた股関節が、急激な冷えと運動によって悲鳴を上げたのである。
スポーツをする環境があんなに冷えていていいのだろうか…。
スポーツで流す汗は健康的なはずなのに…。
自由に行動できる人たちはみんな上着を羽織ったりしていたといっていた。
協議中にもかかわらず、体からの汗は出ないで、アイマスクだけにしか汗はかかなかった。
これはおかしいんじゃないだろうか?…
こんな無駄なこと・何もならないこと・いえ何もならないことでは決してない。
いろんな不都合なことが発生する原因を費用をかけて、それを自慢するかのようなやり方はおかしいと思う。
あそこまで 冷やす必要があるのだろうか、懇親会場といいあの不快さの中でよくもまあみんな耐えているものだと感心させられる。
これは健康な人間でなければやっていけないということと、それらを打ち消すほどの楽しみがなければ耐えられないということのようだ。
今回わたしにはそのどちらも満たすだけのものはなかったということになる。
なわけで、わたしは あんな環境の中に自分の身をおいていることは耐え難いということを知った。
このことを自覚しただけでも、今回の収穫としよう…。


 またまた脱線!  Sさんにはそんな訳で翌日から家業の仕事に励んでいることをお話しし、あの最悪の環境の中のSさんのやさしさが わたしの心を救ってくれたことを丁寧にお伝えした。

 そして、ほんとうはエルモに声をかけたくてうずうずしていたけど最後まで我慢したことを話してくれたSさん。

タクシーに乗るまで付き添っていただき最後まで足のことを心配してくれたSさん。
そのときも、「おかあさんをよろしくね」とそっとエルモにこえをかけてくれただけで、本当は頭をなでてあげたかったと…。なんとありがたいことか!
これこそほんとうのやさしさではないだろうか。
会場で、他のボランティアさんがいきなり「名前は?」と聞いてきた人がいた。
その人に対しても「今 お仕事中なので 名前は呼んではいけないので、わたしも聞きたいんですけど聞かないことにしています、知ってしまえば呼びたくなるので」と ボランティアの立場から話してくれた。
今 会ったばかりのはじめてのボランティアさん、こんなふうに何がやさしさなのか心得ている人もいれば、はたまた、何年付き合っても何回頼んでも分かってくれない人もいる。

 電車の中などで、隣接した人からよく声をかけられうが、すべて先走って自分で堂々と答えてしまうので、誰から見てもこの犬はその人のものと思われる。
 何回も 何回もお願いしても聞き入れてもらえない、何回も 何回もお願いしても自分の犬のように扱う人のうっとおしいこと! 
そんなこともあんなことも色々会って便利にしたこともあったが、今となってはそんなことも あんなことも もう わずらわしいだけ… もう 調子を合わせているのも疲れてしまった…。

そんなことから脱出できないでズルズルしていた自分が情けなく、落ち込んでいたときのそんなSさんの本当の優しさに触れて、目頭が熱くなる思いだった。
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by wappagamama | 2010-07-26 15:41

図らずして「単独行動」そこからひらけた夢のようなひととき…


 無言の圧力というか、人の知れえぬところでのいじわるというか、そこでこちらが騒ぎ出せば思う壷にはまってしまうという、最悪な状況下。

こんなことは長い付き合いの中で何回と泣く繰り返してきたこと。
こちらが騒げば騒ぐほど、思う壷は深まっていく。
というか、やっている本人にとっては、そのことがわたしにどれほどの苦痛を与えているかというより、自分の立場を確立するためだけの「えご」からきているのではないかとしか思えない。
 話をしても通じない部分とはそこのところであって、こちらのじれんまなどどこふくかぜ!

その証拠に、人前では何ら変わらない平常心を装い続け、いい人パホーマンスを演じ続けている。
いつも いつも独り芝居をしているようなむなしさだけが残る。結果いつも いつも 自分の気持ちをコントロールして調整していくしかないと努力してきた。

ここ最近特に頻繁に気になりだしていた「金銭問題」に関してだけは、これだけは大嫌いだからやめて」と訴えていた。
にもかかわらず、直後わたしの訴えをまるで無視して同じことをした。 
そのときにとった私の行動に対して、短いメールが一本届いただけ。
そこからである、わたしに対しての報復が始まったのは…


仙台行きがいつの間にか単独行動になっていたのも、そうゆうことの証拠である。
騒いだり泣き寝入りするのもいやだったので、あえて単独行動で行くことにした。

どうせ行っても不愉快な思いをしなければいけないと覚悟は決めていた。
せっかくの団体戦も試合どころではない。
できるだけ平常心を装って行ってくるしかないと、自分に言い聞かせていた。

 だが そんな苦痛に押しつぶされそうになる自分の心にふっと ひらめいたことがあった。
なんてったって「単独行動!」なんだから、こんなチャンスはない!。
折角の仙台が苦痛だけで行って帰ってくるだけではあまりにも能がなさすぎる。


三重数年前、お世話になった上司との再会ができたらと連絡。
TBSの「動物奇想天外」を見ていたら柿崎さんが出ていたので懐かしくってと、 電話をいただいてから、近況報告などをしていた。

お互い高齢者の域に達し、あのときに会っておけばよかったと後悔するより、会えるときに会っておきたいという、気持ちがわたしに勇気をくれた。
懇親会場でのギンギン冷えている会場にいるうちに、わたしの左足はもう悲鳴を上げていた。
ここから一国も早く脱出しなければ股関節がまた痙攣を起こしかねない。

 二人の女子に付き添われてロビーへ出たら、冷房が緩やかなのでその股関節の痛みがスーッと抜けた。

 そこへ丁度到着したのが、三十数年ぶりの憧れの上司。
それからの役1時間、次から次へと積もる話に花が咲き、足の痛みなどどこ吹く風。
わたしは相手の方の顔や姿が見えないので、若いときのままのイメージなのに、わたしだけがおばあちゃんになったすがたを見られているんだからずるいなぁという思いがあったが、でも お会いした瞬間から、時間がタイムスリップして、暖かい握手の再開でした。

 なぁーんだ  会いたい人に会い、行きたいところに行き、自由に自分で決めて、行動したほうがズッとズッと楽しいじゃなぁーいっ…。♪♪♪
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by wappagamama | 2010-07-26 11:42

冷房が怖い・人の心が怖い



 大会の開会式での来賓のながぁーい挨拶の話の中に、「この広い体育館の一日の冷房費に触れた後、それもこれも皆様のためにやらせていただきました」的な雰囲気の話が合った。

 その日の仙台は30℃を越える真夏日。
「こんな日に冷房がなかったら大変だったね」と、その冷房に感謝していた。

 ところが、1時間が過ぎ、2時間が過ぎてきたころから私の体に異変が起きてきた。
厚い靴下をはいているのに足が冷たくなり膝から下の素肌になっている部分がジンジンと底冷えしていた。
さらに時間が経過していくうちに、今度は股関節がうずきだした。
このままの状態で後何時間ここにいなければいけないのかと思っただけでも不安になってきた。
電車の中での冷房対策にとバスタオル持参できたのだったが、体育館がこれほどまでに冷えているなどとはおもわなかったものだから、それも更衣室に置いてきてある。
広々とした立派な施設だけに、単独でそこまで取りに行くだけのゆとりなど全くなかった。

 試合中は勝手に会場から出入りができない決まりとなっている。
しかも、団体戦にもエントリーされていたので、容赦なく試合は次々と回ってくる。

 この大会へ望む前から人間関係にひびが入り、団体行動がいつのまにか団体行動でなくなっていたという不安な思いをしていただけに、さらに追い討ちをかけるかのように、股関節の異常が現れてきた。
3試合目の後半、突然その股関節が悲鳴を上げた。
横移動の激しいこのSTTは、足関節・膝関節・股関節・腰の柔軟性がもっとも大切な働きが要求される。
その重要な股関節にブロックがかかったかのように激痛がはしった。
それはまるで、スパナかペンチでおもいっきりはさまれたかのようだった。

左足は床に付くこともできないほどの激痛。
あぁ これが 神経痛というやつかと その突然のしかもはじめての激痛に耐えながら、なんとか試合は終了。

 待期場所に戻り、床に足を投げ出して、股関節に思いっきり力をいれて母指圧迫をしたが、その痛みは簡単には取れない。
その様子にいち早く気づいたエルモ。
投げ出している私の足に顎を乗せて心配そうにしている。

 ボランテァさんが心配してくれて、他の会場で試合を見学していたプロの施術氏を呼んできてくれた。
秋田から参加していたそのIさんは真剣に一所懸命施術を施してくれた。

競技者も応援者も、誰もが試合に夢中になっているさなか、そのIさんは体育館の隅っこに横たわっているわたしの股関節に真剣に取り組んでくれた。
申し訳なさとありがたさを伝えると、「なんもだ おれでも人の役に立てでえがった」と朴訥なIさんのうれしいひとことが身に染みた。

 そうなんです どこで 何をしていても、全盲の人はいつでも誰かのサポートを必要とし、弱視の人たちのように人の世話をやいたり、人の役に立つことが中中できない分、いつの間にか自分でも気づかないうちに最小限度自分のことは自分でやろうという気持ちが強くなっていくと共に、人の世話をやいている人が時としてうらやましくさえ見えることもある。

 でも それも人それぞれで、誰もがそうだとは限らない。

こんな状況のときだけに、Iさんではなく他の誰かがやってくれたとしても、このときのIさんのように真剣に取りかかってくれた人はいなかったでしょう。


単独行動・団体戦・という大きなふたつの不安を抱えながらの東北大会。
それに突然のアクシデント股関節の激痛という最悪な状況下、そんなときのIさんのやさしさはわたしの心に染みました。

 そして第1日目の地元のボランテァの鈴木さん、簡単に事情をお話したらいつも寄り添っていただきました。そして 大の犬好きなのに、一切犬には目もくれず、名前も聞こうともせず、ただわたしへのサポートに専念し、しかもその要領のよさにはただただ敬服いたしました。

そして第二日目、誰から言われたとも泣く、自然体でわたしに声をかけてくれたYちゃん。
「柿崎さん朝食どうする? これからコンビニに行くんだけど一緒に行く?」
丁度エルモの排便に、外に出る私宅をしていたときのグッドタイミング!
「捨てる神あれば、拾う神有」とはよく言ったもの。

 二日目の移動はYちゃんのサポートで安心して行動ができた。

明暗クッキリ人さまざま、温かい心と自分勝手な冷酷な心。
この年になってこんな時限の低いことで、悩んでいなければいけない自分が情けない…
だが、こんなピンチだったからこそ、意外な方向に心が開き、思ってもいなかったハッピーな出来事がもひとつ仙台であった。
次回へ続く。
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by wappagamama | 2010-07-25 11:08

書きたいことがいっぱいあって…



 この暑さのなか、日々の暮らしで精一杯なのに・家業の仕事のこと、プライベートのことなどなど書きたいことがいっぱいあって、どれからかこうかと迷っているうちに、日々の仕事に終われ、体力的ゆとりがないため中々パソコンに向かえない。



 長年付き合ってきても心が通じないかなしさ。
「袖触れ合うも他生の縁」旅行中の人の心の温かさ。
また 難病を抱えた患者さんとの、えもいわれぬ不思議な体験。
そして なんてったって、32年ぶりで再開が実現した、憧れの人との夢のようなひと時。
以上の四つの出来事より、わたしにとってはもっともっと大切なことがあった。

  今日は まずそのことから書くこととしよう…
先日、一泊二日で仙台市へ行ってきた。
目的は第6回Stt東北ブロック大会。秋田STTcとして団体行動だった。はずだった…。
ところが、私には何の連絡もなく気づいたときには、私だけ単独行動ということになっていた。
そういわれて驚いたが、「単独行動」といわれても、どこからどこまで単独なの、どこからだったら合流できるのかそんなことも何も連絡がない。
かろうじてあったのは「柿崎さんがサポートがほしいときは言ってください、できるだけこちらで手配しますので」と会長からの連絡があっただけ。


当初、 バスによわいわたしのことを気遣って、電車で一緒に同行してくれることになっていたはずのメンバーが、いつの間にか私に連絡もなしで、長距離バスで行くことになったのだとか。
そうならそうで仕方がないとしても、普通なら連絡くらいはしても罰が当たらないのではないかと思うが。

 この文面だけ見れば誰もが「あんたは嫌われている」と思うはず。
そうその通り、つい先日喧嘩したばっかりだったので、相手がむくれてしまってそういう行動に出たのだった。 このことひとつとってもいかにばかげているかお話にならない。

 バスか電車か乗り物は違っていても、到着時間はどっちも10分も違わないはず。
すぐに合流できると思っていたけどそれもどうもおかしい…。
不安が積重なって大きくなるより、最初っから最後まで単独のほうがこっちもやりやすい。
自力で行動したほうが気持ち的にはストレスが少ない。
ならばそのほうがわたしてきにも安心だ。

 と 腹を決めて出発した仙台。
合流だとか、どこでは一緒だとか、サポーターを頼めるのか頼めないのか行ってみなければ分からないのでは不安だけど、最初っから単独行動と決め手さえしまえば、後はこっちのペースで考えて行動できる。

エルモとの単独行動は、東京や札幌と何回となく行動している。
思い返してみればその時のほうが安心して充実且つ楽しかったというすがすがしい思い出がいっぱい。

 そして 何よりエルモとわたしのコミニュケーションがとれやすいのでエルモ自身も落ち着いている。
そういった意味でも、今回のエルモは 一心にわたしをサポートしようと、それはそれはけなげだった。
わたしの不安な気持ちや、そこへ行かなければ行けないストレスなども全てお見通しの様子で、わたしが困るようなことはただの一回もしなかったという、ほんとうにほんとうに人のできない大きな思いやりをもって見守りサポートしてくれたエルモでした。
次回へ続く
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by wappagamama | 2010-07-23 20:59

携帯がオシャカになっちゃったー…


わたしの愛機  ドコモのらくらくホーン スリー。
高齢者向け・視覚障害者用 音の出る携帯電話。
とはいっても、機能は晴眼者用とは何ら変わらないのではないかなぁー…。

 この愛機を使い始めてから3年と9ヶ月。
写真を写したり・動画を撮ったり・それはもちろん、マイブログ用に…。
そして、インターネット・患者さんの予約・万歩計・目覚まし・たまーに計算機。
もちろんメールや電話・アドレスも500軒近い登録が会う。
きちんと整理をすればその2・3割は消せるかもしれないが、保存してある写真や動画のデーターなどと共にそのデーターの保存料は中々どうして、半端ではない。

 ところがギッチョンチョン!
手になじんで使い勝手が身に付いてきたこんにち…。
通話ができない!
メールの送信も順調に行かなくなった。

 去年電池交換をしてなんとかだましだまし使ってきたが、もう この辺で引退も仕方ないかなー…。


 この18・19日は仙台へ行かなければ行けない。
図らずして単独で行動しなければいけなくなってしまった。
そんな不安の中、さらに追い討ちをかけるかのように携帯電話がつながらなかったら大変なことになってしまう。

 視覚障害者にとって、移動の際の携帯電話はなくてはならないもののひとつである。
団体行動にしろ・単独行動にしろいずれにしても、携帯電話なくしては、晴眼者が視力を奪われてしまったかのような不安に陥るといったら大げさになるだろうか。

 有無も言わせず、とにもかくも、ドコモショップに駆け込んだ。
次回へ続く
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by wappagamama | 2010-07-16 04:16

幻視の蓴菜(じゅんさい) かな?…


毎年この時期になると、友人のNさんが声をかけてくれる。
 「蓴菜沼に行くんだけど どうお 今年も欲しい?」と

 蓴菜沼を持ち、収穫して直売している農家の人たちは、ほとんど高齢の老夫婦と聞いている。
わたしの友人Nさん行きつけの蓴菜屋さんも、ご多分に漏れず老夫婦とのこと。
収穫作業も思うに任せられず苦労していると気の毒がっていた。

 予約していても必ずしも手に入るとは限らないらしく、はるばる山奥まで言っても空振りに終わることもしばしば。

 以前は遠くの妹たちや知人にも贈っていたけど、それもままならないので最近は娘と自家用だけにしている。

 ところが、さらに今年になってそこの蓴菜屋さんの旦那様が亡くなり、おばあちゃんひとりで収穫作業をしているのだとか。
いくら採りたて新鮮な蓴菜が好きだからといって、そんな状況下での収穫作業をしていると聞いたら、今年はあきらめようと思っていた。

 だが友人のNさん「かなちゃんさ送ってやりでなだべ?」と、いつもと同じ3Kゲッドしてきてくれた。


大鍋の沸騰した湯の中に入れられゆでられた。
ぬるぬるの厚いそうに包まれているので中の蓴菜まで熱が通るまでにはしばらく時間がかかる。
茶色かった中野蓴菜が中まで熱が通ると真緑になる。
視覚で確認できないわたしはいっこつまんで冷やして試食してみると、なかの蓴菜の苦味と青臭さがなくなる。

 さらにゆであがってからがこれまた大変!
ぐだぐだ煮立っている大鍋からざるに揚げそれを素早く冷やさなければ行けない。
それもそれ、ぬるぬるのお陰で熱が入るまでに時間がかかったように、当然冷やすのにも時間がかかる。

 さいわい 湯沢氏の水道は出せば出すほど冷たい水が出てくるので、シャワーにして出しっぱなしにしていると意外と早く冷えてくれる。

 3Kの蓴菜は、1Kずつしかなべに入れられないのでその作業は3回繰り返される。
1Kズツ密閉し冷蔵庫ニ入れておけばシバラクハ持つ。

  夕食は、鶏ガラデトッタスープに豆腐・茄子・鶏肉・味噌味に最後にたっぷりの蓴菜をいれおろししょうがを入れて熱々のうちに召し上がれ。

もう一品は、ユデタ蓴菜に酢味噌をかけて冷たくしてどうぞ。

あぁ そうそう 間違いなく娘のところへも送りましたよ。
ぼだっこ・餅米で漬けた小茄子やからし漬・丸煮茄子などなど蓴菜の手間や金額の何倍かな?(笑い)
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by wappagamama | 2010-07-14 08:38

七夕さまはエルモの記念日


 1週間ほど前の夕方、エルモにブラッシングをしてあげていたときのこと、東側の木立から「ミーンミーン」と蝉の声。

 くしくもこの日は七夕さま、そして エルモが我が家にやってきて丁度満5年の記念日。

 担当のI先生いわく「七夕さまもビックリ 彦星と織姫の出会いの癰…」

 5年前の7月7日、札幌から湯沢にやってきたエルモとわたし。
あの時、玄関先で大きなつぼみを揺らしていたグラジオラス。
ユーパス亡き後、思い出の場所に植えた球根が、エルモが我が家にやってきた日、立派に育ち真っ赤なつぼみに生き生きといっぺんの花弁を延ばして揺れていた。
あれから毎年この時期になると、他のどの花よりも誇らしげに咲いてくれていたのに、どうしたことか今年は一本も咲いてくれない。
 20っこ以上もあったプランターや植木鉢が邪魔だと全部その花壇に土を放り投げてしまった、考えればそれが原因かもしれない。

 「ゆーちゃんのグラジオラスといって、毎年お供えしていたのに今年は寂しいね」とエルモに話しかけながらブラッシングをしていたら、さっきとやや同じ方向から、今度は「カナカナカナ」とヒグラシの声。
ミンミン蝉と蜩(ひぐらし)の初音を同じに聞いたというのも珍しい。

 そして さらにもっと不思議なことが…。
ブラッシングをしている草むらからはもう 虫の声。
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by wappagamama | 2010-07-14 06:49