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長崎先生のHPから…



 長崎先生が、10日ぶりで更新したHPの記事を無断転載します。

ここから添付

■ さよなら紀夫さん。またね  2009年09月25日(金)

 紀夫さんの1頭目の盲導犬ロンの時、私は盲導犬に必要で求められる細々とした項目を学ぶと同時に、この人間の並外れた底知れない能力に驚かされた。

アマチュア無線で遠くの人間と将棋をやっておった。
視覚障害者だから相手が目の前にいようが電波の向こうにいようが関係ないのだが、その腕前は日本将棋連盟の4段の認定を受けており何人かの弟子がいた。
彼には将棋盤と棋譜がパーフェクトに頭にあり、真髄を探求しているのは明らかだった。

麻雀の手合わせをしたこともあったが歯が立たないだけじゃなくスピードについていくのに苦心した。

歩行の手引きをしていると「腰が悪いな。後で診てやる。」
私の肘に触れながら誘導を受けているだけで私の腰の異常を見抜き以後私は紀夫さんの患者になった。

二頭目の盲導犬アーサーは私が訓練し歩行指導も担当した。
ロンが出勤前の排泄に20分もかかったのに対し、アーサーは20秒ですべて終了したことに感動していた。
急遽2頭目の盲導犬を準備しなければならず、訓練時間が規定よりもやや少なく完成間近の盲導犬であったが、紀夫さんのような視覚障害者だと彼らで完成させられるというずるさも学んだ。

彼がユーザーの会の会長を経て、盲導犬協会の会長になった頃、国際会議のため二人でイギリスに行った。
宿泊したホテルではそれぞれシングルの部屋をとり、私は一通りのファミリアリゼーション(未知の状態を既知にすること:つまり室内はもとよりホテルの殆どをひとりで移動できる情報提供)を行った。
翌朝「やいや、夕べは大変だった。」と紀夫さん。
シャワーを浴びてドアを開けようとしたがノブを回しても開かない。
どこか自動ロックされたかとドア周辺を手探りしたが、どうしても分からない。
イギリス流の鍵のかかり方があるのかと1時間以上も思案したという。
不安だったことだろう。
「どうやったの?」
「思いっきりボンってやったら開いた」

翌日は時間があったのでロンドンの北半分を歩きに歩き回った。
「もう勘弁してくれ」
公園の芝生に腰を下ろすと紀夫さんは靴を脱ぎ、つま先から太ももまで揉んでいた。高校生ぐらいのブラスバンドが心地よい演奏を奏でていたのを思い出す。

スペインの協会の代表も視覚障害者だった。
通訳を残して私はフィンランドのスタッフと交流していたが、あの時の紀夫さんとスペインの代表ふたりの興味に満ちた会話の表情は今でも覚えている。
いい時間を過ごしていたに違いない。

3頭目の盲導犬グリーンの頃は私がパピーウォーカー担当だった。
「芝生を掘ったり垣根の枝を食べるんですが大丈夫でしょうか?」
そんなやんちゃな事柄で相談を受けることが多かった犬だ。

我が家の愛犬アモが前の飼い主であるN先生にそうだったようにグリーンも遺体となった紀夫さんに寄り添うことがないどころか距離を置いていた。
『はあん、そういうことなんですね』みたいな感じだった。
グリーンのおでこから目の周りはくぼんで老犬の漂いを見せていた。
「これからも一緒に暮らそうと思うんですよ」
奥さんはそう言っておられた。

死なんてもういつ訪れてもおかしくはない年代になっていることを改めて思った。
そしたら「来年の3月から4月頃まで旅に出ない?」とK。
「いいね」と応えた私だが、数日前から痛み始めた膝と腰を擦っている。
紀夫さーん!俺の身体、これから一体誰が診てくれるんだ!
治療の最後に背中を優しく擦って「よし!」と言ってくれた言葉の響きと感触それにこれまでの思い出が幾重にも去来し交錯してまだ解決できずにいる。

今度会ったときにあんたと恥ずかしくない会話ができるよう頑張って生きるよ。

添付終わり


佐々木 紀夫会長の事、目に浮かぶようです。
これだけでもすごい人だったということが想像できます。
それだけになおさら、モッと色んなことを知りたいと言う気持が強くなってきました。
やはり 桁外れの偉人だったんですね。
間近でお付き合いをしてきた方々にとっては、それ相当の癒しの時間が必要なのだと思います。
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by wappagamama | 2009-09-29 16:18

長崎先生のHPから…(無断転載)



 わたしの恩師が発信している、昨日のHPにコンナ記事が載っていました。

ちなみに、このメールの発信者のKさんとはわたしのことです。
わたしの発信したメールの内容は、とても悲しくて、筆舌ナモノなのですが、なぜか
受け取られたご先方さんは、とても悔しがっておられるようです。
なので、わたしもお断りしないで、公開させて頂きます。あしからず


添付開始
■ ユーザーからのメール New! 2009年09月28日(月)

 今年に入って初めて、2日間お酒を飲まず肝臓を休めていたところ、昨夜、盲導犬ユーザーKさんからのメールが届き、仕方なく今夜も飲まずに過ごすことにした。
しらふじゃ書く気がしないし、悔しいからKさんの了解を得ないで不都合な実名だけ伏せて転載することにする。

(以下転載)
こんばんわ Kです。

佐々木紀夫会長のこと、大変驚きました。
知らせを頂いたとき、何かの間違いであって欲しいとわが耳を疑いました。
ユーザーの会のY会長から会員への同時送信という形で、お知らせをいただきました。が?
余りの突然の事なので、その事実を受け入れる事が出来ず、直後電話で確認したのでしたが、悲しいかなそれは本当の事でした。

モット詳しい事を知りたいと、長崎先生の「HP」を開いてみました。
そこには、打ちのめされて打撃を受けて、泥酔して書いたと思われる記事が載っていました。
それから毎晩 毎晩開いて見ていたのですが、来る日も来る日も「HP」の更新は無かったですね。
昨日やっと10日ぶりの更新は「さよなら またね」と涙がこみ上げるほどのタイトルが、しかし 待ち望んでいた記事が更新されていました。

佐々木紀夫会長から受けた「恩」は、わたしにとっても大変大きいものがあります。
それなのに、わたしは会長のことは何にも知りませんでした。
亡くなられてはじめて、その事実にショックを受けているくらいです。

長崎先生と佐々木紀夫会長のお付き合いを書いた、昨日のその記事は、わたしにとって大変興味深いものでした。
そして、紀夫会長のような方とそのようなお付き合いをされていた長崎先生が羨ましく思いました。

長崎先生の感性で感じた、佐々木紀夫会長の事を、もっと もっと記事にしてください。
つらいかもしれませんが、わたしたちにもっと もっと会長のことを教えて下さい。
「HP」上での公表が叶わないのなら、プライベートででもお願いしたいくらいですが、いや やはり「HP」上で多くの方たちに公表していただきたいと思います。

先生の心が癒えてからでも結構ですが、やはり少しでも早く一杯知りたいです。

どうか 宜しくお願いします。

追伸

先ごろ、「大好きなお酒が飲めなくなった」という記事が載っていた事がありましたね、「酒を飲んで死ぬんなら本望だ」などとは思ってはおりませんか?
そんな勝手な事は許されませんよ!
人間いつかは死ぬんだと開き直っておられるかもしれませんが、人生半ばにして、愛するものをおいて先に行くなんて、卑怯者のすることです。
紀夫会長のように、どうしようもない病に犯されてしまったのだとしても、置かれていってしまったものにとっては、やり切れませんよね。
先生も記事に書いておられましたが、健康診断くらいチャントしてくださいね
男ってほんとに臆病な動物ですね。
わたしの息子もしかり、ほんとうは怖くて健康診断を受けられないで居るんですよね。
そんな 自分の体さえも健康管理できない人間なんて、正直言って、人を愛する資格なんてありませんよ。
自分も 今 苦しい経験を乗り越えて、やっとのおもいで、健康の有り難さをかみ締めている矢先だからこそ、コンナ生意気な事が言えるのです。
どうかお願いです、少しお酒を控えて、肝臓いたわってください。頼みます。

(以上転載)

ありがたい追伸の言葉なのだろうが、図星だとちょっと癪に障る。
「怖がりだから鍼もさせず、痛がりだから揉めば悲鳴をあげよる」と、紀夫さんも私のことをカフェのお客さんに言いふらしとった。

ところで皆さん。
視覚障害者のKさんがパソコンで書いたこのメール凄いと思いませんか?
内容じゃなく誤字脱字がないこと。
同音異義語が多い日本語なのに…

実はKさん視覚障害者用のパソコンを習得しただけでなく、自身のブログ(コスモス)を開設するため、盲導犬協会の生活訓練事業を活用して勉強されたのだ。
それで益々腕を磨いている努力家だ。
だが、この事業は北海道内に居住している方が対象でKさんは道外在住。
紀夫さんも粋な計らいをしたものだ。

さて、Kさん。
紀夫さんのことはもう書きません。
私が退職してもう7年半。
彼が会長としてやってきたことは私よりも詳しい現役の方がたくさんおられますからね。

明日からは節度をもって飲ませていただきます。
添付終わり


 マイブログノタイトルが変更になったことを先生はまだご存じないんですね。
「コスモス改め「盲導犬エルモの日記」となったこと。
それから、佐々木 紀夫会長の事「もう書かない」といっておられますが、とても残念です。
でも何かの折に触れ?、また酔っ払った勢いで?などポロット出てくれることを期待しております。

それからもうひとつ、わたしのパソコンの技術力に関しましては、誤字脱字、変換ミスのデパートみたいなものです。このようなお褒めのことばは、穴があったら入りたいくらいです。見る人によっては、「これもあなたらしくておしゃれだよ」と言ってくれることばに気をよくして、ついつい甘んじて気を許してしまっています。
でも視覚で確認できずに発信するたびに、正直清水の舞台から飛び降りるような気分で発信しています。

最後に、先生の文章の最後の一行が、わたしとてもとても気に入りました。
わたしのメールに対して、先生は、「ずぼしで悔しいとご立腹のようですね。
その腹いせに無断転載をされたことも全て許して挙げます。
最後のその一行のことばに免じて…
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by wappagamama | 2009-09-29 14:39

「命の対話」もできぬままに 突然の知らせ…



 身も心も滅ぼすほどに長い格闘の果てに、命の終わりを迎える人もいれば、ある日突然命を奪われる人もいる。

周囲のそんな人間模様というか命の最後を見ていると、ついつい 自分の身に置き換えて考えるようになっている自分がいる。
出来たらあまり家族に迷惑を書けないで、「コロッと死ねたらいい」などと都合のいいことを考えてはいるが、現実は誰もわからない。


つい先日突然の訃報が届いた。
余りの突然の事で驚いた。
知らせをくれた友人に、折り返し電話をして確認したほどだった。
何かの間違いであって欲しいという祈りは、むなしく消えた。
相手の声は冷静だった。
落ち着いた口調でことのあらましを話してくれた。

亡くなったのはわたしたち盲導犬ユーザーにとってとても大切な方。
ご本人も盲導犬ユーザーであり、盲導犬協会の会長としてわたしたちのトップにおられた方である。

全国の盲導犬連合会のトップを勤めておられながらも、わたしなんかプライベートで大変お世話にナっている。

わたしがこんなふうに、ブログを発信できるのもその会長のお陰。

北海道盲導犬協会では、盲導犬事業のほかに、生活訓練事業も行なっている。
だが その生活訓練事業の方は対象者が北海道内在住のみという規定があった。

3年前、そんな規定があることを知らずにわたしは、ブログを解説したいという理由で、パソコン講習を申し込んだ。

北海道外からの受講生は対象外だったことはその時はじめて知ったわたしは、それでもブログを開設したいという一心から後へ引く事は出来なかった。
協会運営トップ間径者の会議の結果、受講を受け入れていただく事が出来た。
それには、トップである佐々木会長が理解を示して下さったからだと感謝に耐えない。

第一回目の終了式の日、修了証書をを頂いたときの、佐々木会長のおことばが今も鮮明に心にある。
「マタきなさい そしてこの終了証書にいくつもハンコを押してもらいなさい」と…
おもわずわたしは「えっ? マタ来てもいいんですか?」とおもいがけないことばにビックリした。
「あー いいよ やる気のある人にはいつでも応援するよ」とおっしゃってくださった。


 佐々木会長のやさしさは、まだいくつか思い出としてわたしの心に残っている。
3年前に亡くなった矢内さんのことを話してくれたときのあの、会長の奥深い愛情を知ったときにわたしは大きくこころを揺さぶられた。

佐々木会長カラ受けた影響は大きいわたしだが、気が付いたらわたしは会長のことは何にも知らなかった。
体調を崩されて入院していた事も勿論の事、亡くなられてはじめて、どんな人生を歩んでこられた方なんだろうと、今 無償に知りたい。
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by wappagamama | 2009-09-22 14:25

鎌田 みのる「命の対話」公開放送

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 鎌田 みのる(漢字は判りません)ってお医者さん知ってますか?

 「頑張らない」という本の著者でもあり、終末医療に対するお考えに感銘を受けたわたしが、スッカリファンになった方です。

 その「頑張らない」という本が読たさに、7年前習い始めたパソコンとスキャナーを使用して、一冊全部読んだというほどの惚れこみようでした。

その先生の声がラヂオから聞こえると、ラジオの前から離れられなくなってしまうほどです。

今日午前中 その鎌田先生がホストでラジオの公開放送がありました。
今回のテーマは「介護」に関してのようで、ゲストもその経験者である、芸能界の3名。

全般はそのゲストの切実ながら、感動的な経験談。
後半会場の参加者と一体と成っての意見交換。
施設で働く若い人の意見が多く、「時間に追い掛け回されて優しい心を見失いそうになってしまう」と涙しテ語る若者。

こんな優しい心をもって、介護に当たってくれている若者が居る事に、世の中まだまだ捨てたもんじゃないなと思いつつも、そんな現場環境を根本的に変えてもらわなければいけないと、新政権に強く訴えたい。

自分自身の将来にも直結するであろう問題が満載しているだけに、人事(ひとごと)とは思えない。

現実に、身の回りにも家族の介護に疲れ果てて、いつ、共倒れになっても不思議ではないというケースを、いくつもいくつも見ている。
というより、正格には、そんな共倒れ寸前の家族のケアーをさせていただいている、わたしの立場から見ても、切実ナ問題である。

一人でふたりの寝たきり病人の介護をしている人。
施設を細切れに、たらいまわしにされている家族の介護をしているひと。
自分自身も病気で体が思うように動かないのに、家族の介護をしている人。
時折 助っ人(すけっと)にやってくる家族も、緒戦はお客様、結果的に残るのは疲労感だけとこぼす人。

せめて 自分だけは倒れられないという、切実な思いで、施術を受けに来る患者さんたちのイカに多いことか。

やりどころのナ位揉圧に押しつぶされそうになった患者さんは、「あーぁ やっとこのベッドに来られたー…」といって、大きなため息をつきながら施術ベッドに横になる。
そして、その内 その胸のうちを吐き出すかのように涙ながらに語りだす。

施術後「あーぁ これでまた 頑張れるー」と言いながら帰ってゆく患者さんたちの、何らかのお役に立てているのだろうかと思えるうちは、わたしは仕事を続けていたい。


そして、なにより 自分自身の健康と、仕事を続けていける環境を維持しながら、少しでも長くやっていけることを願っている。 

鎌田 みのる「命の対話」の公開放送を聴いていて、
そんなに遠くないかもしれない、自分の身に置き換えて考えさせられたり…
今はまだ自分なりに少しだけでもお役に立ちたいという気持が励みとなっていること…
乱れきった世の中を軌道修正してくれることを、新政権に多いに期待をかけたいということ…。
そして一番手っ取り早いのは、湯沢市発行の施術県の充実化を、切願したいということ。

色々考えさせられた番組でした。
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by wappagamama | 2009-09-21 17:07

友人とのメール交換


(Yさんからのメール)素晴らしい!
 ちゃんと解決したのですね。
 二時間の通院は、しかも息子さんとの時間の共有が出来て、それも良かったのです
よね。
 子供のことは、親にとって理屈でも無く、冷静さも簡単に失わせてしまいますよね

 忙しい  と言う字は、心を滅ぼすと言うことだそうですよ。
 ゆっくりありのままに生きていきましょうね。
 あなたにはその才能も人望や人なつっこさが有りますから、疲れてしまうのかも知
れません。
 私も、仕事が、人より出来なくなる次期が来るのが恐ろしく、どんなに試みだれて
、ぎりぎりと歯がみをするような苦しさを味わうのだろうと思っていたのですが、そ
れが案外自然に出来て、しかも心地良いのです。
M(盲導犬)と私が生きて行かれればいいのですからね。
 あなたが頑張って活躍しておいでのメールには無かったような、優しく穏やかなも
のを感じて、とても安心し、私のボットした生き方をもそのままで良いと、とても遠
かったあなたが、やはり、同じ釜の飯を食った仲間は良いなあ…と感謝しました。
 頑張らないで、ゆっくり行きましょうね。(Yさんの引用おわり)


(わたしの返事) メールいただいていたのに、返事もしないでごめんなさい(ペコリ)

みなさんにご心配お掛けしているようで すみません。
以前のように外出やイベントに参加する回数がぐんと減ってしまったけど、本人は
今は 特に具合が悪いわけでもなく、仕事もボチボチやっています。

以前のようになんにでもかんにでも、金太郎飴のように何処へ行っても顔を出して
いるというわけにはいかなくなっただけで、マイペースながらなんとかやっていま
すよ。

にしても、地元湯沢市ナ位だけの仕事だけでもこんなにも
 多かったのかと、改めて驚いています。
今思えば 良くやっていたものだと、自分ながら感心しているくらいです。

先日Kさんから電話いただきました。
「なに? あなた元気がないんだって?」と誰かさんからの情報なのか?(笑い)
彼女とも久々に長々と、喋りまくってしまいました。
今だから笑ってしゃべれるってこともあって、時間の経過とはなんとありがたいこ
とでしょうね?

人間幾つに成っても、「これでいい」と神様は楽をさせてくれないように成っているの ですね?
「もういいよ、何も苦しむ事はないよ」と言ってくれたときは、人間終わりのとき
でしょうしね?。ふっふ



(Yさんからのメール)  でもTさんのように、よけいなことを言わずそれでいて心配してくれる人がいて幸せだね。
彼の魅力的なバスの声で話されると、何となく安心してしまいますね。




(わたし)> ほんとうに 彼は心の広い人です。
いつも彼は中立的で、「和」 をもっとウとして生きている人ではないかと感じています。

ああゆうひとがドンと控えていると、回りの統率が取れて安心感があります。
わたしなんかも秋田まで行っても、対等な顔をして仲間気取りで居られるのも、そ
んな人が控えていてくれるからです。




(Yさんからのメール)  その病気を、一番末の娘さんが引き受けてしまったのだそうです。
何といじらしく親として苦しいことでしょうね。
 無駄のことはひとつもない!  我が恩師であるI先生は言われますが、子
供の病気をそのようには考えられませんよね。
 でも引き受けていかなければならないのですから…
 良くも悪くもそのままで行きましょうね。




(わたし) 親として何が一番苦しいかといえば、わが子が苦しんでいる姿を見ていることでしょうね。
本人が一番苦しいはずなのに、親がなんといっても、ダメなときはダメ。

そんなときの親の力なんか、「っへの突っ張りにもなりゃしない」 、自分も一緒に成って苦しんでいるしかなくなってしまうという、自分の弱い面をむ
き出しにしてしまったという経験が今回のわたしの体験でした。

自分の生き方は自分で決めて生きてきたはずなのに、こと 息子の事となるとから
っきしだめになってしまう馬鹿親だったのです。

七転八倒の末、 無信仰なわたしの選んだ道は「経絡治療」でした。

「心身一如」といわれるように、体が病んでいれば、心もむすぼれるといわれるように
、まずは、健康であらなければと、「経絡治療」に通ったのです。

ヤット掴んだ今の生活が大好きだから、仕事が出来る喜びをもう少し続けていたいから、健康になりたいということを息子に訴えたのです。
息子を拝み倒したのです「わたしの一生のお願いだから、このままだったらわたし
ダメになってしまうかもしれないから、お願い、経絡治療を受けたいからわたしを
連れてって」その悲愴感さが通じたのか、息子はやっと腰をあげてくれて、毎日のよ
うに片道一時間の治療院に通ってくれたのです。

その先生に治療を受けたのは、講習会での模擬患者としてほんの数分のことだったけれど、正直わらをも掴むおもいで、一か八かかけてみたのだったのです。
回を重ねるごとに、日一日と快復していく様子を目の当たりにしている息子が、「おれも腰がいたいから 鍼やってもらおうかな」とのこと。
それまで息子が腰がい体などとはつゆぞしらず、いかに会話がなされていなかったかという事の証拠。

聞けばその腰痛とやらはかなりのものだったようで、彼の姿勢が見えていないわた
しにとってはその事実はショッキングなものでした。

そのせいで仕事も出来ず、先の不安に悩んでいた息子の事を思うと、見えていなか
ったことの悲しさを感じてしまったのです。

それから往復2時間の道のりと、経絡治療の効果のお陰で、腰痛も楽に成り、会話も潤滑になり、お互いの考えている事を話し合えるようになったということの安心感。

お互いに心配かけまいとして無口に成ってしまったことが、ギクシャクとなり、息苦しくなり、なすすべを失ってしまっていったという、肉親だからこその悪いみほんだったようなきがします。
これも、I先生がおっしゃるように、無駄な経験ではなかったのでしょうか?…(わらい)

なんでもそうだけど、「信じるものは救われる」信じて純粋な気持で求めれば救わ
れるものだと思います。

だからといって、誰にでもこのことが良いやり方かどうかはわからないけど、私自身経絡治療を支持氏勉強し、その効果を体が知っている経験を過去にしているから素直に入れたのだと思います。

なんだか偉そうな事を行ってしまったけど、笑わないでね。
みんなそれぞれの信じるものを持って、純粋な心で信じていれば、救われるのだと信じています。あれっ? なんだかへんな文章だね。
まだまだこれからも、神様は容赦なく色んな難問をぶっつけてくるとは思うけど、
I先生のおっしゃるとおり、「全て無駄な事はナい」ということで締めくくりとします。
これからも更に、生きているうちは次々と波が打ち寄せてくるのでしょうね?きっと
出来たらなるべく、大波でなく、さざなみであってほしいけどねー? 
それも 神様が決める事でしょうけどね?
これからは、すこーし 仕事を減らして、スローライフでやっていこうと思ってい
ます。
おねえたまも体に気を付けて、余り無理をしないようにしてやっていきましょうね。
にこ

心配してくれてありがとう
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by wappagamama | 2009-09-16 15:41

社共 N・Mさんからのメール

初めて参加させていただきましたが、何も分からないまま不安な気持ち半分(楽しみな気持ち半分)で参加した私を快く受け入れてくださった参加者の皆さんにとても感謝しております。

バイタリティーあふれる方々ばかりで、またカラオケやダンスなどもお上手で、と~っても刺激的、そして勉強になりました。お料理も美味しかったですね。
本当に楽しい1日を過ごすことが出来ました。皆さんが私を「仲間」としてすぐに受け入れ、打ち解け、いろんな方々とお話できたことが一番の収穫です。
新たな出会い、そしてつながり、結びつき、心のバリアフリーを実感しているところです。
まだまだ頼りない私ですが、可能な範囲でこれからも時々参加させていただき、皆さんとの時間を共有出来たら…と思っています。

柿崎さんはどちらの会の会長さんでもあり、今回の事業に当たってもとてもご心労がおありだったこと、ブログからも拝見しました。
京野さん当選でその疲れも吹っ飛んだことと思いますが、その後安心の結果どっと疲れが出たりしていませんか?
自分が、イベント後の一安心した辺りに体調を崩しやすいタイプなので柿崎さんのこともちょっと心配になったりします。取り越し苦労であることを願って…。

返信遅くなり申し訳ありませんでした。
またメールさせていただきます。

      ^^^^^^^^^^^^^^^^

ほんとうにありがとうございました。
初めて参加していただいたのに、行ってみたらびっくりだったことでしょう?
誘導のサポート・食事のサポート・会話の(?)などなど、次から次へと用事があって目の回る思だったと思います。
そして、息つく暇もなく、今度は 「ブログ用の写真とって」とわたしからの依頼。

今回は移動なしの一箇所でのイベントだったのと有視覚者が多かったため、わたしをはじめみなさんとても安心してゆったりと楽しめたように思います。

今回のイベントは色んな意味で有意義なイベントとなりました。

今後ともどうか宜しくお願い致します。
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by wappagamama | 2009-09-07 10:28

市長面談


2010年5月に 日盲連の全国大会が秋田市で開催される。

全国から視覚に障害のある会員が一同に会する。
そのための資金集めとして、各支部の支会長は、地元の市長へ要望書持参でお願いに伺わなければいけない。


今回はじめて、 新市長にお目通りできるのだから、この際 湯雄視協カラの要望もお願いしてこようという話が出た。
長年にわたって色んなことを要望してきたが、そのいずれもことごとく空振りに終わっていたこともあって、「何を言ってもどうせ通らないってこと、イヤというほど味わったから おれは 要望しない」と全く消極的な意見がでた。

 「これではダメだ これではだめだ」と、今までに誰よりも積極的に、容貌を発信し続けてくれていた人だっただけに、わたしは我が耳を疑った。

それもそうだな、数年前に点字ブロックがやっと一部敷設しただけで後は何一つ叶えられた事はナい。
要望の仕方が悪いからだという人もいるが、何回も何回もしつっこく出向いていってもその内 市の対応に腹が立ってきて、そんなおもいをいつまでも続ける勢力も時間も無くなってしまうというのが現実。
 だから その人の気持は わたしも痛イほどよく判る。


とはいっても だめで元々、ついでだからやるだけやってみようということになった。
福祉事務所のF班長が、日程の調整をしてくれて、先月実行した。
要望のメインである、日盲連全国大会の件のほかに、湯雄視協からの要望として4つの願いをした。

1」・羽後交通営業所前に、盲人用信号機を設置して欲しい。
2」・鍼灸マッサージノ施術件を元に戻して欲しい。
3」・ガイドヘルパー制度の充実化。
4」・岩崎ふれあいせんたーの多目的トイレの改善。
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以上の4つの要望は、福祉事務所のf班長へ事前にメール送信済みだった。
そして この時点で 既にF班長は要望の1」・を警察へ連絡以来済みときいて、驚いた。
そして、要望の4」・にかんしても、ご自分の目で現場まで出向いて確認済みだった。

福祉事務所のY科長の立会いの元、湯雄視障協の三役と共に面談ははじまった。

初めてお逢いする市長ってどんな方だろう?というわたしの好奇心が通じているかのように、ご自分の娘さんが鍼灸師である事を話し始めた。
しかも それは市長自信が娘さんに薦めたのだという事、わたしたちの興味の的である話題を語ってくれた。

 チャンス!とばかりわたしは突っ込みを入れた。
「東洋医学がいかに大切な事か、予防衣量にどれほどの大きな役目を果たしているかそこまでご理解してくださっている市長さんだったらきっと分かっていただけると思います。

今年から施術件が半額になりました。
施術を受けたくとも受けられないで困っている人が沢山います。
施術を受ける事を我慢していて、病院に通わなければいけなくなってしまう人が沢山居ます。
そうなれば 当然 医療費が膨れ上がります。
市長さんは、施術件をカットした事と、医療費が膨らむ事とどっちを選びますか。
是非是非施術件を元に戻してください!。」

いつの間にか、同行した3役も一丸と成っていた。

過去のように要望が受け入れてもらえなかった事は数限りなくあった。
あきらめてしまえばそこで終わりに成ってしまう。
この4つのお願いが、幾つ 叶えられる川からナ位が、F班長がもう 既に行動を起こしてくれている事に多いに期待したい。
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by wappagamama | 2009-09-03 13:08

羽後町社共 ボランティア協議会


 今回のイベントで、また新しい人の輪が広がった。

羽後町の会員さんの送迎を担当してくれていた、Sさんの都合の如何によっては、会員さんたちが参加可能か非か微妙に危ない状況にある。

かねてからこの状況を万全なものにしなければと言う思いがあった。
が、 結局SさんとHさんのご主人に頼りきっていた。

 今回その二重に重ねた城壁も一部崩れてしまった。

 困ったのはわたしだけではなく、会員のHさん。
わたしの旦那のお陰で、他の人も参加できなくなってしまったらどうしようと悩んでいた。

 彼女は勿論その他の人たちも、イベントの参加をとても楽しみにしてくれているので、移動期間の不備のため参加できなくなってしまうなんてことはあまりにも残念至極。

誰かに送迎を頼むとしても、羽後町の地理に詳しい人出なければ・安心して人の命を預けられる人で無ければなどと、ある程度条件も必要。

 そこで わたしの脳裏に浮かんだのが「りっちゃん」。
りっちゃんは若いのに羽後町の「主」(ぬし)のような人。
しかも ボランティァ精神がふくをきて走り回っているような人。
彼女に相談すれば何とかしてくれるだろうと重い電話した。

 最初本荘の りっちゃんの旦那さんが引き受けてくれたのだが、送迎をしてもらう会員の住所を見て、それぞれの家の近くに、ボラレンのメンバーが居るからと、そちらに交渉してくれた。

 そして 田代・郡山・羽後病院の近所とそれぞれ近くのボラレンメンバーさん、3人ににお世話になることになった。

 聞けば メンバーには私の知っている人もいたので、出来たら時間があったらわたしたちのこの会の中身を見て言ってもらいたいとお願いしてみたが、なにせ当日は、選挙の投票日。
そちらの 間径者も居たので、それはあまりにも無理な話だった。

 でも 今後の繋がりの約束をしていただいたので、どたばた直前にもかかわらずここまでやっていただいたことの有り難さ…。

ところが 昨日りっちゃんから電話があった。
「あのよな かぎざぎさん? このみゃのボラレンの人だじよな?こんどがらジャンジャン使ってけれど!」
何と心強い!
ボラレンとは、羽後町社共内の、ボランティア協議会。
「かぎざぎさん おめだほで 人補しドギおれどさゆってよごせ?」

 となると、 羽後町の行政に対してもボラレン経由で働きかけてもらう事が出来ようになるかもしれない。
城壁が二重 三重と、わたしたちの環境が整っていく様子が頭に浮かぶ。

 ひまわりの会のメンバーが、「仲間だからみんなで楽しむための会だから」といってくれた事、これは 会の内部環境が、こころのバリアフリーに成ってきた事の証。

そして、ボラレンとの繋がりは、社会とのバリアフリーが自然な形で広がっていく兆し。
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by wappagamama | 2009-09-03 06:57

湯雄視協&ひまわりの会 合同研修会 無事終了!


 8月30日(日) 第1回合同研修会無事終了!

当日の参加者 サポーターを含めて23名は、それぞれの交通網で、全員としとらんどに集合。
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車椅子の会員さんはバス乗車が不可能なので、マイカーに乗り合わせて直接としとらんどへ。

 羽後町方面の会員さんは、送迎していただく方の都合で、二転三転した結果、たどり着いたところが「羽後町の「ボラレン」。

 ボラレンに手を回してくれたのが、友人のりっちゃん。
ところが何年前の事だったろう、ボラレン発足記念式にご招待を受けて、盲導犬のお話をさせていただいたという経緯があったため、わたしにとっても聞き覚えのあるなつかしい団体さんだった。

 今回 このようなきっかけができたお陰で、また新しい人の輪が広がったことが確認できた。

 今回の研修会にも、会員として、またサポーターとして、はじめて参加してくれた人が数人。
その敬意についてはマタこの次の記事でご紹介します。

 司会進行を勤めてくれたのは、ひまわりの会のS・Tさん。
はじめての合同イベントという事もあり、開口「ひまわりの会発足経緯について」話をしてくれた。

昔語りの講師の先生のご紹介に続き、双方の参加者と、サポーターの紹介。

 問題は 会長挨拶。
これが何故かたまたま、両方の会長という立場であるため、ややっこしいことになってしまう。
参加人数も双方同じくらい。
立って話を始めたが、どちらの事も平等にしなければいけないと思いながらも、結果湯視協のことの方が多かったかもしれないと反省。m(__)m
まるでわたしは「やじろべぇ」
(ヤジロベェさんの気持が良く分かったよ、大変なんだね ふふ)

粛々(?)と 式次第に従って研修会テーマである「昔語り」も楽しく終了。
入浴タイムの後、正午からの懇親会は、湯雄視協のK・Tさんの進行の元、自己紹介からはじまり、カラオケ・ダンスと、多いに盛り上がった。

今回サポーターとしてはじめて参加してくれた社共のn・Mさんは、良くわたしのブログを見てくれている。「今度何かあったらお手伝いします」といってくれていた。
市から派遣してもらうことになっていた、ガイドヘルパーさんが人手不足という理由で、ほぼ危うし状況だった。

最悪ひまわりの会の会員さんに応援してもらうしかないかなと思っていた矢先、社共のN・Mさんから参加してくださるとの電話。

 今回も、はじめて参加してくれる会員さんもいたので、何か手落ちがあったり危険な事があったら大変という思いがあるため、サポーターさん2関しては、充分に手配しておかなければいけない。
でもこれで 安心 と、ホット胸をなでおろしたところへ、回りまわって直前に成ってガイドヘルパーさんの参加の連絡があった。

これで、サポーターさんが揃った、これで、何の心配も無く安心して当日を迎える事が出来た。
そして当日、ひまわりの会の会員さんたちもこまごまと気配りをしてくれて、わたしは、取り越し苦労をしていたんだと、大いに反省した。

 S・Tさんいわく「みんな仲間だから、これは当たり前、そのための合同だとおもっているがら、なんにもしんぴゃしにゃったってえよ」
と そのことばこそが 本当の仲間だと思った。
また 今回もステキな出会いと、こころの繋がりが出来た。
これこそ ほんとうの 「こころのバリアフリー」
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by wappagamama | 2009-09-02 21:11

治療かとして仕事ができた喜び


 昨日、 京のさんのメンテナンスをやらせていただいたことの喜びを書い
た。

が、もしかすれば、まかりまちがえばその役目を果す事が出来なかったかもしれないと、ドキット! ヒヤリハット! 

 そう それは、春からのわたしの体調不良が、もう少し長引いていたなら?…
と思うと、今のコの喜びはなかったかもしれない。

 仕事が出来なくなってしまった事のつらさといったら、それはもう、ことばに表すことさえ出来ない。
といったら 「なんて大げさな…」 という人もいるかもしれないが…。
私自身も仕事が出来なくなってはじめて知ったことである。

 長い苦労の末にやっとたどり着いた、現在の生活。
長い人生の中で、現在の生活ほど幸せな時期は無かった。
生活をしてゆくために、食べてゆくために始めたこの仕事。
でも 気が付いたら、それがわたしの生きがいになっていた。
そして、生意気ながらそれが、他人様のお役に立っていることも喜びを感じていた。

 自分が勉強してきた「経絡治療」の神秘が、わたしの知らない力によって、何かの見えない力によって、鍼 先から患者さんの、体に作用しているように思えて仕方がなく思えることがよくある。
どうしてわたしがこんなことできるの?と思えるような、不思議な事がしょっちゅう起きている。

私自身の技術は、それほど大したことはナ位と思っているが、一旦患者さんを目の前にすると、わたしの持った「金鍼・銀鍼」が何か命でも吹き込まれていくような、不思議な感覚に襲われる。
こんなことを書いたら、「マヤカシか神がかりか」とはんかくさいと思われるかもしれないが、でもこれほんと…。

 今回、わたしも川原先生の治療を受けて、川原先生の経絡治療の技術は本当に尊敬2値する。

 先生の治療を見たり聞いたり触ったりしているうちに、その不思議さが分かってきた。
キチントした理由があり、基本的な体の仕組みと経絡の仕組みの上で作用している事。
そして、それは、「金鍼・銀鍼」を使用して「保法・瀉法」を基準とした手法を組み立てての治療法なのである。
川原先生との会話の中で、「ほんとに 経絡治療は不思議な治療法だ」と施術を施しているご本人でさえ判らない事があるようだ。
だから、わたしがわからないのは無理も無い子と。


 その不思議な力によって、わたしの体調不良は治った。
そして、ストレスに押しつぶされそうになっていた、うつ病予備軍の状態も治った。

それも 選挙戦がはじまる直前に…。
ギリギリセーフ!… 

「もう 元気になったから大丈夫だよ」といっても、京野さんたちはまだまだ半信半疑のようだった。
マタ倒れられたら大変と、いう思いがあったようで、選挙に突入するまではかなり遠慮していたようだった。

それでも、京のさんに倒れられたら、モット大変だと思ったわたしは、川原先生の
治療を受けてもらう事をお勧めした。

 そして、河原先生からの施術を数回受けた、京野さんの体の状態は、過酷な活動をこなしている割には、とても健康的だった。
むしろ、気迫に満ちた精神力が神々しく感じられた。

その後、選挙戦に突入した。
「一日の活動終了後の夜出もかまわないので、いつでも電話ください」とわたしの受け入れ態勢は整った。

 体力の調整をしながら、長い選挙戦にむかって、ご本人なりのメンテナンスを行なって入るようだが、過酷な活動を乗り切るためのお役に立てるとしたら、治療家としては、この上ない喜びである。
という思いがあるわたしだからこそ、今回の京のさんの当選は我がことの様にうれしい!

「京野 公子を何が何でも 国政に送り出そう!」という 、周囲の人たちの強い思いがひとつになった。
「当選確実」が決まったころから、わたしの携帯が鳴った。
おめでとうの電話だったり、メールだったり、それは 翌日早朝も続いた。

そして、わたしの指は、河原先生の番号にプッシュしていた。わたしの声を聞くなり河原さんは「や や えがった、えがった おめでど 柿崎さんもがんばったがら」と満面の笑顔。
歴史的な瞬間に、こんなわたしでも、一端のお役に立てたのだろうかと思うのは生意気だろうか…
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by wappagamama | 2009-09-01 14:57