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一本の電話その9「きずな」4

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 一昨日のアノ元気は何処絵やら。
その日のユーパスは牛乳を少し飲んだだけで、好物のソーセージニ埋め込んだ薬も、飲もうとしない。
盲導犬協会への支持を受けようと電話をしたり、前日戻ったばかりの子供たちに連絡をしたり、獣医との連絡とせわしなく動いているわたしの姿を、じっと目で追って泣いているとのTさんのことばに、後ろ髪を引かれながら途方に暮れていた。


 その姿を見ていたTさん、「だめだ柿崎さん、電話はおれがしてけるがら、おめはだまってユーパスノ傍さいれ」と子供たちとの連絡はTさんがしてくれた。
その後も ユーパスの体力がおちていっているのが気がかりで仕方がない。
その晩はユーパスノベッドの横に布団を敷き、一緒に添え寝した。が、
お腹が痛むのだろう夜中に何回もオシッコにいこうとする。
「ここでしてもいいよ 外は寒いからここでしなさい」といってもユーパスはじりきでオシッコ場まで言った。が最後には玄関の上がり壇ものもれなくなってそこにしゃがみこんでしまった。
何故かりっちゃんが玄関にカーペットを折りたたんで敷いていってくれていた。
そこへわたしも一緒にいたが、どれくらいの時間が経ったろう?気が付くとユーパスは、自分のベッドに入っていた。


 「明日になったらきっと元気になるからね、ゆーちゃんがんばれ」と唱えるように添え寝していたが、突然立ち上がったユーパス。がユーパスの前足は力なく崩れ、体ごとわたしの体の上にもろくも落ちてきた。
「いいよ ゆーちゃん かあさんだっこしててあげるからね 大丈夫だよ」
ユーパスの心臓の鼓動を感じながら、ドレくらいのじかんが経ったろう?
わたしの腕の中でユーパスは、「少し頭を持ち上げながら、大きな声を発した。
自然界での自然の動物が発するような、遠くまで鳴り響くような、美しいヨーデルのような声だった


  何かを告げていルような不安にかられ、Tさんに電話した。
真夜中というか未明にも関わらず、飛んできてくれたtさん。
早朝先生を呼んできてくれて、30分以上も心臓マッサージをしてくれた。
自発呼吸もママならない状態の中、わたしの声に反応しているユーパス。
「柿崎さんが呼べば、目を開けて、答えようとしているよ」とTさん。
最後の最後まで健気だったユーパス。
「いいよ ゆーちゃん そんなに頑張らなくていいよ、も ねんこしていいよ ありがとうね 愛してるよ …」
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by wappagamama | 2009-02-27 21:12

一本の電話その8「きずな」3



  獣医の言ってることに疑惑を感じ、強い口調でもの申した自分にビックリしながらも、獣医の次のことばを待った。 


 今までに見たこともないようなユーパスの様子に、何か大変な事になるのでは、という不安が頭をよぎった。
まんじりともしない夜が明けた早朝、心配して駆けつけてくれたTさんにさえも、ユーパスは出迎えようともしなかった。
ベッドの中で布施をしたままTさんを見上げて、力なく尻尾を振っているだけ。
排泄の回数も頻繁になり、食事や薬も飲もうとしない。
やがてりっちゃんも駆けつけてくれた。
りっちゃんは、 ユーパスを毛布に包み抱いて病院に連れて行こうと、準備してきてくれていた。
だがユーパスは、「さ ユーパス病院に行くよ」というわたしのことばに、よろめく体を支えながら自力で歩いた。


 病院では、前足に点滴を受けながら、尿道へカテーテルを入れ導尿。
処置中の 先生の仕草やことばに、わたしの耳はダンボの耳。
あわただしく動き回る先生を見かねたりっちゃんは、すぐさま先生の助手をはじめた。
みんなは落ち着いている様子で振舞ってはいるが、緊迫感がビンビン伝わってくる。
キットユーパスも、わたしと同じ気持だったのだと思う
相当苦しいはずなのに、治療代の上でなすがままになっていたユーパス。


 導尿していた先生の口から発せられることばで、大変な状況だとわかった。
出てくるものは血尿と血液の塊。
ユーパスを励ましながら抱きかかえていたわたしだったが、自分の血圧が下がっていくような、体から力が抜けていくような、しかも、激しい嘔吐に見舞われた。
そのときわたしの顔色に気付いたTさん、わたしを抱きかかえるようにしてトイレまで連れて行ってくれた。
その間、りっちゃんがユーパスを抱きかかえてくれていたが、だらしないかな私自身も、人の手を貸してもらわなければいけないほど、平常心を失っていた。


処置後は治療台からりっちゃんに下ろしてもらったが、駐車場までは自力で歩いたユーパス。
よろめきながらも、リード歩行しているわたしを気遣っているのが良く分かる。
Tさんもりっちゃんもことば少なめに「ユーパスえらいな?偉い 偉い」と声を詰まらせていた。


 このときわたしは、改めてTさんとりっちゃんの連携プレーの素晴らしさに、ただただ感謝するしかなかった。
だが このふたりの連携プレート、チームプレーのすばらしさは、この後も次々と続いた。
    つづく
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by wappagamama | 2009-02-27 17:19

一本の電話その7「きずな」2

V

 鳥海山登山のグループ・学校での子供たちとのふれあい・地域の社会福祉活動の出会い・そんな繋がりの中から少しずつ増えていった患者さんたち。 
一人の人との出会いが、重複して繋がりが出来、一人の人との関係が、いくつものかかわりが出来てきた。
人の輪が広がり、付き合いも 濃密になり、みんなを幸せの渦に巻き込んでいったのは、勿論ユーパス。


 そんなユーパスとの生活をエンジョイしていたある日の事、ユーパスは突然病に倒れてしまった。
あれは、わたしの夫の三回忌で、息子と娘夫妻が帰郷していたときの事。
ユーパスの大好きなおにいちゃんとお姉ちゃんたちに一杯一杯遊んでもらった翌日の事。 
最終便のおにいちゃんが新潟に戻るとき「ジャーネ ユーパス バイバイ」といつものようにお別れをした。 
わたしはといえば、仕事を詩ながらその様子に聞き耳を立てていた。
子供たちが戻っていくのをぼんやり見送るのが嫌いなので、いつもあえて患者さんの予約を入れるようにしている。
たまたまその日は夕方まで仕事は続いた。
仕事をしている間中、ユーパスはさみしそうに、クーン クーンとズーット泣いていた。
おかしいなー? と思いながらも手が離せないわたしは、待っている患者さんにユーパスノ表情を教えてもらったら、私の方をジーっと見つめて泣いているとのこと。
お兄ちゃんたちが帰ったのでさみしくってなのかなと思いなだめていたが、どうも気になる。


 夕方やっと仕事が終わり、ユーパスのオシッコタイム。
所定のオシッコ場で排尿。
その後 間もなくして、除雪をしてくれているおじさんが声をかけてくれた。
「柿崎さん、雪さ血がにじんでるど?」
何の事かなと意味がわかるまで一瞬時間がかかったが、まさか? 血尿? 血便? そんなことあるかなー?
そういえば排尿時間がいつもより少し長かったような気がする。それがユーパスのものだとしたらと、青ざめた。


 すぐさまかかりつけ獣医にでんわ。
営業時間終了のガイダンスがむなしく響くだけ。
子供たちが全員戻っていってしまって誰も居ない今、頭に浮かんだのはTさん。
スグに駆けつけてきてくれ、Tさんの愛猫のかかりつけの獣医に。
診断の結果、直腸に腫瘍が出来ているとのこと。
今までになんの症状も無かったのはおかしいと、先生はしきりと首をかしげている。
注射と薬をもらって一週間後、マタ来院するようにとのこと。
「エッ!? 薬だけで一週間もこのままにしていていいんですか!?」と思わず疑惑の声を上げたわたし。   つづく
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by wappagamama | 2009-02-25 17:23

一本の電話その6「きずな」


Tさんが我が家の患者さんになって最初に紹介してくれたのがりっちゃん。
りっちゃんはTさんとは親子のような親しい関係で、忙しいTさんにとっては色んな意味でなくてはならない人、りっちゃんにとってもTさんは大切な人のようだ。


 鳥海山登山も、提案と計画と支持を出してくれたのがTさん。
そのTさんの考えにきょうめいして、Tさん以上に鳥海山登山にのりのりになって、準備をしてくれたのがそのりっちゃん。
ふたりは登山仲間ということもあって、たちまち意気投合し、第1回鳥海山登山が大成功に終わったのだった。


 第2回目からは忙しいTさんを置いてけぼりにし、りっちゃんが率先して計画をたててくれ、2回3回と鳥海山登山は毎年続いた。
そして4回目、りっちゃんからの提案。
「柿崎さん 今年はスノーモービルでのぼらにゃが?」
話を聞くと、りっちゃんはどうしても、わたしとユーパスを頂上まで登らせたいと思っているようだ。
しかも、柿崎妙子を鳥海山の天辺に立たせるプロジェクトチームまで立ち上げているとのこと。
そこに出てきたのがスノーモービル。
となると とてつもなく大かかりなことにナル。
躊躇したのはわたし。
りっちゃんはスッカリその気に成って、もう すでに方々へ手を回しているらしい。
りっちゃんの気持は物凄くありがたいけど…。
話が先へ進まないうちに、ここらでチョットストップをかけなきゃ…。


 「りっちゃんあのよな? おめのきもじは涙が出るほどうれしっけど 天辺までなんか無理だよ。おらはいいけどサポートするほうが大変だから、天辺まで登らなくっても今までに充分満足しているよ」
りっちゃん「うだって? 長年の柿崎さんの夢をなんとしてでも叶えでけでぁふってだ!」と思い込んだら止まらないのがりっちゃん。
「おらは天辺さ登ることだけが、夢でにゃ灘よ、途中まででも登ぼれたってこと、高山植物や色んな木々を触らせてもらって、ゴッツイ岩道汗かき汗かき自分の足で登っただけで、充分満足している名だよ」
りっちゃん「ほんとだが? おらどさわりどって遠慮してるなでねが?」とちょっこらそっと信用してくれないりっちゃん。
こうなるとちょっとやそっとではその頑固さは止まらないりっちゃん。笑い


 こうやってTさんとその周辺の人たちと、そのりっちゃんの周辺の人たちとの友達の我がドンドン広がっていった。
登山するたびに新しい友達が増えた。
最初の頃は、わたしをサポートしてくれる人を重視して、同行者を選んでいたらしいりっちゃん。
だが 次回からはみんなで楽しもうという目的で声をかけていた。
そして、みんなで楽しもうという意味には奥があった。
病気で体を壊した後精神的に立ち直れず、欝状態になった人や、裕福なお宅の奥様でありながらも、なんとなく目的を見失っている人などに、柿崎さんとユーパスと一緒に楽しもうという目論見があったりっちゃん。


 社交的でおちゃめなユーパスは、みんなのアイドルだった
やぶに入り竹の子採りをし、竹の子の皮をむいている人の方へシッポを振って小走りで周り、みんなからむきたての竹の子をもらい美味しそうに食べたユーパス。
お昼にはガスコンロで作ってみんなで食べた竹の子汁。
心地よい汗を流して楽しんだ鳥海山での、数々の思い出。


 Tさんとりっちゃんのお陰で、ユーパスノ周りにはみんなのきずながドンドン広がっていった。
みんなの心にはユーパスの思い出が一杯残った。     
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by wappagamama | 2009-02-24 12:10

秋田駅での大失敗その2


 捻挫をしたらしい左足関節には氷で冷却し、円皮鍼(えんぴしん)で即座に手当てを施してもらったお陰で、痛みや腫れがひどくなく落ち着いた。
しばらく横になり安静にしていたが、体を動かすと足関節以外の色んなところが痛い。
転んだときの様子をもう一度思い返してみた。


 左足首捻挫で、体が左下方に2・3段転げ落ちた。
その時に左の大腿外側と殿部、仙骨を打ったらしい。
更に起き上がろうとして失敗し今度は右膝をウッチ付けた様だ。



車中で1時間ほど眠った後で冷静になって考えてみれば、階段で転倒している間に2回ほどエルモの体に触れている。
転倒前は右手にリードを持っていたのに、転んでいる間と止まったときには、エルモはわたしの左側のしたにいた。
 転がりながら一瞬思ったことは、「あ 救急車?、エルモかあさんにつぶされるよどけっ」
ほんの数秒の間にいろんなことが駆け巡り、自分の転倒する姿がスローモーションとしてスクリーンかされた。
後日「救急車」と「エルモどけ」のふたつのことばの重要性を発見して驚いた。


 ある患者さんの治療中、上記に記載した事を話していた。
患者さんに心配をかけまいとする意識が働き、転倒の様子はさも無かった不利をして話したが、それでも「あやーしっかだにゃ 医者さ言ったが? レントゲン影で鯉 こったごどして仕事してらってえのが?」などと心配語をずらっと並べた。
  そして救急車とエルモの話をしたら、何を思ったのか、その患者さん背中に鍼と灸をしているのにむっくりと頭を上げて、いつもエルモが座っている椅子の方を見ながらこういった「うだながー エルモ すごい! かあさんどご守ったのがー? 偉いなーえるもお利口さんだなー!」と当然のようにエルモを絶賛している。
熱のこもったその患者さんのことばを聞いていて「そうだよなー? そうゆうことでいいんだよなー? さすがTさん良く分かってくれている」とわたしのまぶたは熱くなった。
そのTさんとは、全然か今での記事「一本の電話」の主人公のTさんである。


 ただ誰にでもこんな事を話してもみんなが同じように反応するとは限らない。
「まだ まだ まだ おめも幸せな人だな」とか、
「リードで引っ張られだんだべ」とか、
エルモいい迷惑だったなー」などとおちょくられておわりってことも珍しくない。
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by wappagamama | 2009-02-19 15:42

秋田駅での大失敗


 その日は 落雷で ポイントが故障し、大曲駅で電車がストップしていた。
わたしたちが乗る予定の、秋田発20時47分の電車も30分遅れで出発するとのこと。
とすれば、出発までまだまだ時間があると、ロッテリアに入ったり、トイレに行ったりと、軽食用とお土産用のハンバーガーを仕入れて、のんびりと時間を過ごして
いた。
一回りしてきて、ヤレヤレと待合室の椅子に腰を下ろそうとしたまさにその瞬間。
「湯沢行きが間もなく出発します」とアナウンスが入った。
「なえでが! いぎなりゆうなよ? もっとはやぐいえよ! 30分遅れるってのは嘘かよ?」とブツクサ文句をいいながら行動開始した。


あわてたのは湯沢行き3人組!
忘れ物の確認もする暇もなく、前の人のリュックニつかまりながら改札に入りホームまで障害物競走!


 ホームへ降りる階段、後ろから数人の人が駆け下りて行く。
きっとその人たちもあわてていたのだと思う。
でも目の不自由なものが3人で連なって、駆け下りて行くことになると、その晴眼者たちよりは当然スピードは落ちる。
下り階段の場合、前の人のリュックにつかまっていると、自分の姿勢が前かがみになるので不安定。
コワイコワイと思いながら半分ほど下ったとき、前の人のリュックを話してエルモの誘導に変えようと思った瞬間!左足関節がギグッ・グラッとたあいもなくねじれた。
次の瞬間2・3段足を踏み外し、なおも左側に転げ落ちた。
ぱんぱんに荷物の入ったリュックがクッションになったのか、足関節以外はそんなに痛くない。その間ほんの数秒。
前方を駆けていった同行者ふたりは、何が起きたのか理解が出来ないらしい。
「アーァッ」というわたしの悲鳴で転んだらしい事は判ったのかもしれないが、それでもとにかく急げ急げ早く早くとせかせるばかり。
がわたしは腰が立たない。
足に力が入らない。
なんとしてでも電車に乗らなきゃ?あと数メートルで乗降口。
階段はお知りと手で下りて、ホームは足を引きずって何とか乗車。
とたんに電車は出発。


 ふたりの連は、「大丈夫だが?」とことばをかけてはくれているが、それより何よりギリギリセーフで乗り込めたことに安堵の奇声を挙げていた。
 そのときわたしといえば、電車の椅子に横になり今さっき起きた出来事が恐怖で軽いショックを感じていた。
勿論ふたりの会話にも付いてゆけないでただ横に成って自分を落ち着かせていた。


 そんなわたしの様子に心配したのはエルモ。
オロオロしていたらしく、つれの人に「エルモ座れ 座れ しんぴゃするな」と繰り返し言われていたが、エルモは全くゆうことを聞いていなかった。
エルモを傍に呼んで「大丈夫だよ」と声をかけながら頭を撫でているうちに少し眠ったらしく、少しは気分が落ち着いた。


エルモの方がずっとやさしいよと思っていたけど転んだときの状況が始めて判った二人は、アノ手この手とかいがいしく手当てを施してくれた。 
ロッテリアで買ってきたジュースに入っている氷を袋に入れて足関節を冷やしてくれたり、いつも持ち歩いているというNさんリュックから円皮鍼を取り出してわたしの足に施してくれたり、直後の処置が候をなしたらしく大事に至らなかったのがほんとうにさいわいだった。  次回へ続く
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by wappagamama | 2009-02-18 21:19

一本の電話その5「夢の鳥海山」



 Tさんとの出会いから、ドレくらいの日数が経ったろう?  
患者と施術者としてたった1時間ほどのその時間は、わたしを未知の世界へといざなってくれる。
わたしにとってはれっきとした仕事なのに、こんなに楽しくっていいのだろうかと思うほど、その治療時間が短く感じていた。


 ある日 治療中に突然tさんがこういった。
「柿崎さん、鳥海山さ登り丁稚毛者?」
「アレッ? おれ そんたごどしゃべったっけが?」と言いながらも、言った覚えはないなー?と首をかしげた。 
Tさん「ううん? うでにゃ? チョット聞いだっけがらだ?」
おかしいなー?誰から聞いたんだろう? 学校の講話では「わたしの夢は鳥海山に登る事」などと話しはしているが…。
いくら顔の広いTさんでも、わたしが学校でそんなことを話しているなどとは知るはずがない。


 ろくに運動もしていないのに、いきなり素人が鳥海山なんかに登れるのだろうか?
ウォーキングでもして、足腰を鍛えていなければいけないのでは? 
靴屋着ていくものもないし。
何よりユーパスも一緒でいいのだろうか?
などと不安剤量だけをズラズラだらだら並べていたら、
Tさん「そんたごどなえもしんぴゃするごどにゃ? 柿崎さんがいぎでぁが いぎでぐにゃが気持を聞いでるなだ? 柿崎さんがホントに登りでぁなだば、登ろ!」
なんとまぁ 簡単な話しだろう?


 あっけに取られて数日、トレッキングシューズ、登山用のズボン、それにポケットが一杯付いた登山用のベスト、それにオリンピック選手用のジャンパー。
さすが やっぱり それ専用のものがあるんだ。
汗をかいてもさらっと乾く素材。
膝をぶっつけても怪我をしないようにサポートが付いているズボン。
残雪のための防水防寒ジャンパーなどなど。
初心者の登山用シューズから、早速試着。ピッタシ。


 鳥海山の雪解け具合・お天気具合・わたしの仕事具合・同行者の都合などをすべて考慮して、日程が決まった。
視力がまだあった若いころの夢だった「鳥海山登山」
ぼやけていく視力で眺めた鳥海山。
柳田橋を通過するバスの中から眺めた、夕日に沈む鳥海山。
いずれこの景色も見えなくなってしまうことを思い、涙でむせんだ鳥海山。
せめて せめて視力のあるうちに一度登ってみたいと願った鳥海山。
あれから半世紀が過ぎた今、こんなにも簡単に・こんなにもあっさりとその夢が叶おうとしている。  次回へつづく


 
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by wappagamama | 2009-02-13 14:28

一本の電話その4「雨にも負けず…」


Tさんのことを思うとき、何故か頭に浮かぶ一片の詩。
それは誰もが一度は口にしたことがある、懐かしい詩。
その詩のように自分もそうありたいと思うことはあっても、現実はほど遠い。

ところが、自分には不可能な事を、そのTさんはその詩の如く、地で行っているといっても過言ではない。
わたしがそのTさんに魅力を感じるのはその辺にあるのかもしれない。


最近 この詩にメロディーが付いて、ときどきラジオで流れている。



雨ニモマケズ  宮沢賢治

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテ瞋(イカ)ラズ
イツモシズカニワラッテヰ(イ)ル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱(カヤ)ブキノ小屋ニヰ(イ)テ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコワガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイウモノニ
ワタシハナリタイ
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by wappagamama | 2009-02-12 22:46

一本の電話その3「新患として来院したTさん」


 きっとまた何かのご縁があるだろうと思っていたわたしの予感は、思いもよらない早い時期に実現した。

 それは最初の出会いからほんの数日後の事だった。
何の前触れも無くいきなり玄関に現れたそのTさんは、こういった。
「あのんしよ? 右の親指がいでふって不自由してルナで、これ なんとがならにゃんしべが?」とのことだった。
確か車のドアに挟んだとか?…
「何とかなるがならにゃがは やってみにゃばわがらにゃんしども?」と言うか言わないうちに「まずなえでもえがらやってたえ?」全くの初診でその治療技術のよしあしもわからないのに、恐ろしく度胸のいい人棚と思った。が あれよこれよと思っているうちに次の瞬間にはわたしの患者と成っていた。


 聞けば鍼・マッサージはすでに経験済みとのこと。
合わせて度胸のよさ も考慮して、いきなり鍼灸治療を開始した。
本来ならば、経絡治療を基本にして、全身調整をした後で、部分的に標治法で局所付近に鍼灸を施すのがベストではあるが、聞いているとどうも、その痛みを取り合えず早く取り去って欲しいとの思いが強いようだ。


病院に行く暇も無く、数日放って置いたらしいが、どうも ちんたら ちんたら治療に通っている時間も無い様だ。
腫れあがったその母指球の痛みで、仕事にも差し支えているようだ。
もうすでにまな板の上の鯉状態に成っているそのTさん。
 必ず数日後に来院する事を約束して第一回目の治療は終了した。
治療後は母指球の痛みも半減、腫れあがっていた右腕も腫れが引けて軽くなったと喜んでお帰りになった。


  数日後 約束どおり再び来院。
「えがったんし~! いでぐにゃぐなったんし! 鍼灸ってたまげだんしな~! こったに効くおだんしぎゃ! 一発で効ぐどはおもわにゃがった、たまげだ」と絶賛してくれている。
鍼灸の効果を体験したそのTさんは、さらに治療を施してきちんと治そうと思ったと、それから数回通ってきてくれた。


 それがきっかけとなり、ちょっと体調が良くないとはいって、来院してくれるようになった。
活動的なそのTさんの周りにはいつも多勢の人がいる。
誰か具合が悪い人がいたら、自分の経験を話し、「嘘こがれだど思って言って見れ」「なえもそったごどで苦しんでる五度にゃ度?」と…。
社会的にも・人間的にも信用のある人のことばは本当に素晴らしい。


「西の方に 腰が痛イという人あれば、先ずだまされだど思って行って見れ」。
「東に 眠れないという人あれば、苦しんでいるごどにゃガラ、だまされだど思ってまず行って見れ」
南に頭が痛いというひとあれば、そんたごどで何年も苦しんでる五度にゃガラ まず 行って見れ」とそれは昔どこぞの偉い人が言っていた人と重なる。

 

 飾る事も無く・欲を張る事も無く・贅沢をすることも無く、唯一の趣味は登山と読書。
自然と戯れているとき、Tさんの細胞が蘇生するらしい。
すごいスピードで濫読するその脳細胞の吸収力と処理能力の豊かさは半端ではない。
しかも、自らの情報をわたしのようなものに伝えるときのTさんがこれまたすばらしい。 次回へつづく
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by wappagamama | 2009-02-12 17:07

一本の電話その2[Tさんとの出会い」


 このTさんがわたしにとって、どれほど大切な人であるか、前回の記事だけで充分伝わっているとは思うが、思い返せば今までにも忘れられない、貴重な思い出が数限りなくある。 


 Tさんとの出会いは8年ほど前の事だったろうか?
居宅介護のヘルパーさんの同行者としてきたのが最初だった。
その頃は研修生という形で同行者が頻繁に会った。
そのときもそのパターンだと思っていたら、自己紹介で名前を聞いてビックリ。
それもそのはず、湯沢市ではちょっとは名の知れた市議会議員なのである。
その活動とスタイルはこのわたしでさえも噂は聞いていた。
というより政治の事は何もわからない私ではあるが、その議員さんのことはチョット興味があった。
いきなり我が家にやってきて「何をやればいんしぎゃ? なんたごどでもえんしがらユッテたえ?」とのこと。
 とはいわれても、やってもらうことはだいたい予定してあるので、わたしもチョット困った。


 市民の立場で・市民の目線で・自分流のやり方でしっかりとした考えを持って活動されているというところがわたしの興味を引いていた。
何かの考えを持ってこのように、居宅介護の現場に入ってこられたのだろうと思ったわたしは、わたしもそれなりにチャンスだと思い、視覚に障害があるものがどんなことで困っているか知ってもらおうと、郵便物の内容確認をしていただいた。


 郵便物の読み方、内容の把握、その郵便物の内容に対しての、反応の仕方・処理の仕方、そのいずれを取っても、すばらしく俊敏で、なおかつ判りやすい。
わたしは思わず、うっとりして聞きほれてしまって、ため息賀でそうになった。
その行動とことばには無駄がない。更にわたしが必要としている事には、こちらから頼まなくともきちんと伝えてくれる。
今まで数多くの人たちにサポートをしてもらい、数多くの人たちの助けを頂いて生きてきたが、このときのこのTさんのそのサポート振りには、サスガのわたしも感動してしまった。


  その時はタッタそれだけのお付き合いではあったが、何故かわたしにとっては運命的な出会いだったように思う。
いつかきっとまた 深いご縁があるような予感がしていた。

それから数日後の事…?    次回へ続
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by wappagamama | 2009-02-10 23:22