気分一新! 『秋田弁D川柳』つくりは私の至福のとき

 最近時々ブログ記事に、文芸作品のようなものを投稿することがあるが、イエ 決して文芸作品などといえるようなしろものではないことは私自身よくわかっているつもり。特に最近、投稿回数が少なくなってきているので、ご愛読者様に飽きられてしまいそうな心配があるため苦肉の策として時折怪しげな作品を投稿させていただいている現状でぇす。 
 NHK秋田放送でやっている「昼前こまち」という番組がアります。その中の「秋田弁D川柳」というのがあります。今 私それにはまっています。
パソコンから投稿する方法も教えてもらいました。
まだ2回しか応募していません。ただ応募してしまうとやはり そのテレビ番組が気になります。
沢山の応募作品の中からそう簡単に選ばれるわけはナイト思ってはいても やはり気になるもんですね?
一週間に一回 しかもたった15分間…毎回見逃してしまうので、しつこくインターネットまで使って検索してます。
そんなことをやっているときが私の至福のときです。
世の中の不条理や大寒波の不安なども『秋田弁D川柳』をひねっているときだけは忘れられます。
その番組の選者の随想を見つけたので貼り付けにしておきます。(これは違反なのかな?…)



随想
川柳は楽し
 あゆかわのぼる
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 NHK秋田放送局の『ひるまえこまち』というテレビ番組で川柳の選者をしている。
 断っておくが私は、川柳作家ではないし、したがい所謂“柳人”といわれる粋さを持ってもいない。
 一応、詩人と自称しているが、世間がどう見ているか、これもまた、分からない。
 実はハイティーン(懐かしい言葉ダナァ。今も使われているのかしら)の一時期、熱に浮かされたように川柳を作っていた事があり、嘲笑われるのを覚悟で言えば、「県柳壇に天才少年現る!」と言われ、秋田市大町にあった古書店『松坂屋』の主人で柳壇の重鎮でもあった三島亮さんから殊の外可愛がられた。
 十七、十八、十九才の三年間、数えたわけではないが少なくとも五百句、もしかしたら千句ぐらい作って、せっせと当時の秋田魁新報の『さきがけ川柳』という投稿欄に送り続け、度々掲載され、推薦作家にもなった。
 なぜ、川柳を作り始めたのか定かでないし、川柳がどういう文学なのかも知らなかったし(今も知らない)、もちろん師はいないし結社に所属するわけでも雑誌を読むわけでもなく、ただひたすらに5・7・5と指を折って言葉を当て嵌めていた。
 詩は中学生の頃から作っていた。だから、なぜ川柳を突然作り出したか、いくら過去を掻き回しても分からない。それが二十歳を前にしてピタッとやめた。再び詩に戻ったのである。ピタッとやめた理由も分からない。よくこういう場合、壁に突き当たった、というような言い方をするが、壁に突き当たるような川柳との付き合いではなかったし、まだ少年の遊びみたいなものだから、周りから「あゆかわは詩から逃げた」などと指摘されたわけでもないはずだ。
 とにかくピタッとやめ、以降全く関心を示さず、五十年が過ぎた。
 そんなある、二年半ほど前の年明けごろの事、NHKから電話があり、
「新年度からバージョンアップするお昼前のワイド情報番組『ひるまえこまち』で、視聴者から寄せていただく秋田弁を織り込んだ川柳のコーナーを設けることにした。ついては選者を引き受けてほしい」
 と言う。私は一瞬息を止めた。
(オレが川柳?)
 秋田弁なら二十年くらいから関心を持って取り組んでおり、NHKのテレビやラジオの番組でも解説するなど紹介してきたが、川柳とは、またどうした事だ。
 私は、かつて熱に浮かされたように川柳を作っていた事など遥か記憶の彼方だったからびっくりした。
 しかし、こういう時、簡単に辞退する男ではない。二つ返事とはいかないまでも引き受けた。
 川柳ブームであった。新聞も雑誌も競って川柳を載せる。きっかけは保険会社が始めたサラリーマン川柳だったかもしれない。これらはほとんど遊びだが、本格川柳も結構盛んで、県内にも多くの結社があり、雑誌がある。
 短歌の“雅”、俳句の“わびさび”や季語も川柳にはない。一応“うがち”というらしいが何の事か分からなくても構わない。日常の茶飯の隙間に挟まった事柄、魚の小骨みたいなものを5・7・5に嵌め込めばいい。
 高を括って始めた。
 二つの不安はあった。一つは、作品が寄せられるか。もう一つは、結社で勉強している指導者や愛好家が、素人の選にどう反応するか。
 しかし、この二つ、全く杞憂。作品はどんどん寄せられ、一週間にほぼ五十句前後、多い時は百句を越す。そして、その中に、本格的に勉強しているらしい人の作品はほとんど見掛けない。これはペンネームで分かる。例えば“横手のアップルちゃん”とか、“男鹿の潮風”という類のペンネームが多く、間違っても所謂雅号らしいものは一、二。作品もほほえましくて楽しくて初々しいものばかり。おまけに秋田弁を織り込むわけだから、土臭くて日常生活がそのまま出て、切なくもなるが元気を貰って選ぶのが楽しい。
 しかも尚、寄せられる作品の作者のほとんどがお年を召した方々。卒寿を過ぎた人もいる。かてて加えて、数人の、本格的に勉強している人以外は川柳というものを全く知らず、この番組を見て初めて知り、私が「身の回りで発見した事を5・7・5と指を折って表現してみてください」と言うからやって見た、という。
 中には作品だけでなく、封書入り、便箋数枚の告白文まで届く。例えば、
「夫の介護をしていて、今まで何度も二人でいっそ死んでしまおうと思ったが、テレビで川柳を知って今は人生の励みにしている」とか、「夫を亡くして鬱病になり、薬を飲み、外に出ず、テレビも見ず、毎日下ばかり見て塞ぎ込んでいたが、ある日たまたま見たテレビで川柳を知って、作って投稿し始めたら、毎週テレビを見る楽しみが出来、ついにゲートボールも始めた」。
 傘寿を迎えた女性は、「私が川柳を始めたら嫁もやるようになり、二人は家庭内ライバル。どちらかの作品が入選の知らせを受けると、近所のバアサンやカアサンたちが我が家に集まってテレビの前でがっこと茶っこを楽しむようになった」など、思わぬ効果が表れ始め、何か人助けをしているような面映ゆさ。
 テレビカメラの前では取っておきの共通語で話しているつもりなのに、「あなたが秋田弁で話をすると、忘れかけていた方言を思い出し、自然に顔が緩んでくる」とからかわれる。
 ここには文学的な難しい話は全く入ってこない。笑い転げ、時には涙し、あるいは腹の立った事を5・7・5にして表す。
 毎週火曜日、放送が終わると、寄せられた次回用の作品を持ち帰り、木曜日までの三日間は川柳浸り。大変だけれどもそれぞれの作品から作者の様子を思い描き、丁寧に読み、優れた作品、心の籠った作品を選び、充実した時間を過ごす。
 再度はっきり言っておくが、青春の一時、訳も分からず川柳を作り続けた素人。選をする能力があるとも思えず。もちろん今は、作れもしない。
 しかし、川柳は楽し。秋田弁。これもまた楽し。
 作る人も読む人も元気に、幸せになれる。
 川柳は、楽し。
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by wappagamama | 2014-12-13 14:59
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