走れ、走れーー。 12歩目。翼を広げたパラグライダーが、石川県・獅子吼高原の標高600㍍ の頂を飛び出した。全身で向かい風を受けとめた大平啓朗さん(?)が、宙に浮 いた 。 風と風がぶつかる。上昇気流をつかまえた。暖かい空気、冷たい空気が、上下 左右から。失明して6年。忘れかけていた風を切る感覚が、よみがえってきた。 首にぶら下げたデジタルカメラを手に、大きな風が来たらレンズを翼と空に向 け 、下から柔らかく暖かな風を感じたら足元へ。葉っぱと土のにおい。地上は近い かもしれない。思わずシャッターを切った。大地に広がる畑や山の上を自在に歩 いている、そんな写真になった。 視覚を失った大平さんはにおい、音、温度などを頼りに写真を撮る。作品は自 分で選び、ブログで発表し続ける。 ◇ 大学院生だった24歳の時、誤って薬品を飲んで倒れ、視力を失った。訓練施 設で点字やつえのつき方などを学ぶ。しかし、世間が考える障害者らしい生き方 より 、自分が選んだ道を進もうと決心した。仲間と離れず、好きだった写真を撮り続 けよう。 昨年6月、沖縄・波照間島から、旅を始めた。 「あれ、においがしねえ」。生まれ育った北海道の海は昆布やカニ、イカを連 想させる磯くささが鼻をつく。沖縄はかすかに潮の香がするくらいだった。波が 砂にしみこむ音を感じ、海と空、そして自分が使う白いつえを1枚に収めた。 北上を続けた。花、野焼き、男性の香水、海、バーベキュー……。目では見過 ごす情報が、鼻や耳から集まり、作品は増える。36都府県を巡り、55軒に泊 めてもらった。 失いかけた人とのきずなをにおいがつなぎとめ、大平さんにとって、においは 世界に開かれた窓になった。 ヒッチハイク用に準備したスケッチブックは寄せ書き帳になった。3冊目を開 くたびに「すっげー、くせえぞ」。 「字は見えなくても、きっと強烈だから思い出すよね」。新潟で宿泊した先の 女性がイカの沖漬けの汁で押した手形が、残っていた。 ◇ 香りを力にーー。そんな人たちが、スポーツの世界でも増えている。 プロゴルファーの諸見里しのぶさん。数々のアマチュアタイトルを奪い、十分 な技術を持ちながら、プロでは思うような結果が出せなかった。プレッシャーで 眠れず、最終日に崩れることが少なくなかった。「とにかく勝ちたい」。香水を ショットの前にかいでみたり、寝る前に枕元に好きなラベンダーの芳香を置いて みたり。 トレーナーに勧められ、試してみた。 昨年は一皮むけて、最終戦まで賞金女王を争った。「心のメリハリがつけられ るようになった」。一度手にした自信は、放さない。 ?年連続で花園出場を果たした仙台育英高校ラグビー部も2005年からアロ ママッサージをとり入れる。「風邪予防の効果が大きい」(丹野博太監督)とい うが 、マッサージを担当する神崎貴子さんは「疲れをとるのはもちろん、過度な緊張 感を和らげる効果がある」と話す。 聖泉大学の豊田一成教授(スポーツ心理学)はにおいを使ったメンタルトレー ニングを行う。かぐことで、集中力を高める脳波のアルファ波を強くできるとい う。 「嗅覚は感情に直接作用する。試合で自分の力を発揮しやすくさせる効果がある 」 ◇ > 温めた豚汁の湯気が、部屋を包み込んだ。その瞬間、異国の地は様変わりする 。 昨年?月、遠征先カナダ・カルガリーのホテルの一室。スピードスケート選手 の岡崎朋美さんは「我が家のご飯になるね」と笑みをこぼした。近くで買ってき た肉料理に、栄養士の石川三知さんが作った豚汁をあわせただけのメニュー。み そのにおいが気分を一変させた。 岡崎さんが最初に香りの力を感じたのは、1998年の長野五輪の直前だった 。 知人が使っていたレモングラスのアロマを譲り受けた。母国開催で周りは騒がし く 、緊張感が高まる。それでも、部屋でたくとさっぱりした空気になり、気持ちが 楽になった。銅メダルで、期待に応えた。 「最後の大会」と臨んだ?年のトリノ五輪。岡崎さんは再び、力を借りた。 練習で積み上げた力をそのまま出すことが、いかに難しいか。「いつもの自分 」を取り戻すため、試合や練習の前に、香水を手のひらに塗りつけ、深呼吸した 。「かぐことで『スイッチ』が入る。何かを考えたり、意識したりせず、自然に 落ち着く」。心拍数が下がり、集中力が高まるのを感じた。同競技で日本女子最 高の4位に入賞した。 世界を転戦する生活で、今もアロマをスーツケースにしのばす。遠征先のホテ ルで洗剤臭や消毒臭を感じる時、お気に入りを軽くふりまく。「家に戻ったみた いで 、落ち着く」という。 昨年?月?日の選考会。500㍍で2位に入り、バンクーバー五輪出場を決めた 。 シーズン序盤に体調を崩しながら、「チャンスを得られるのは幸せなこと」。自 身5回目の五輪はもう目の前だ。
by wappagamama
| 2010-01-07 10:38
|
お気に入りブログ
リンク
以前の記事
2018年 10月 2018年 03月 2018年 02月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||